7話 交易都市エッガ3
エッガ内部。
都市と隣接した塩山坑道にて、人々がひしめき合っていた。
坑道の入り口は封鎖され、外気はほとんど流れ込まない。
湿った空気。
塩の匂いと、汗と、血の臭いが混ざっている。
薄暗い灯りの下、親が子どもの泣き声を押し殺している。
穴倉の一つにて、所属を示す装備すらバラバラの傭兵達が、粗末な机を囲んでいた。
——レジスタンスだ。
「どうする。もう持ち込んだ水も食糧も尽きるぞ」
「戦おう」
「馬鹿言うな。あんな虫に捕まって、どうされるかは分かるだろう。自決すべきだ」
「ふざけるな! ここまで生き延びておいて——」
光明のない状況に、限界であった疲労を支える精神が削られる。
話せば話す程に、どんどん声が荒れてゆく。
「今もこの坑道を守るため、命を懸けて虫を押しとどめている者達がいるのだぞ」
「……だからこそだ。あいつらに捕まるくらいなら、自分で終わらせる」
「どちらにしろ、道の狭い坑道だからここまで粘れているのだ。こちらから大規模に出たところで、物量で押しつぶされるのがオチだぞ」
誰もが分かっている。
ここは持ちこたえているだけだ。
奥では負傷者が呻き、包帯も足りず、止血すらままならない者もいる。
「正規軍は何をしているんだ……」
誰かが吐き捨てた。
「……期待するな。もうとっくに壊滅している」
「いや、まだだ。各地で抵抗は続いていると——」
「噂だ」
重苦しい沈黙。
「暗殺に向かった別動隊を信じるしかあるまい」
その一言に、誰も反論しなかった。
それしか、希望がないからだ。
「……今頃、地上はどうなってる」
誰かが呟いた。
誰も答えない。
——その時。
「大変です! 妙な連中が!」
大急ぎで駆けこんできた衛士の声が坑道に響いた。
*
都市坑道内部。塩山坑道の深い深い別区画。
軍務にあたっていたレジスタンスの小隊に、報告がもたらされる。
「妙な連中?」
「ついに魔族が穴を掘ってきおったか!?」
「は、はい。巨大な……いや、人の形はしていますが……それと、子どもが一人」
「……は?」
「おい、魔族の太守は子供の姿だと聞くぞ」
「もうせめて来おったか!?」
ざわめきが広がる。
武器を構える者、後退する者、判断が割れる。
そこに声が響き渡る。
「魔王軍の太守は都市を得て半月ほど、都市の構造をまったく理解していない」
衛士の背後より、可憐な装飾をした少女現れ、部屋の中央へ歩み寄りながら滔々と告げる。
「なッ、いつの間に……」
「何者だ!」
「子供が入ってくるでない!」
「現にお主らの暗躍を許しているのだろう?」
口々に非難の声をあげる中、
疑心と恐怖が一気に膨れ上がり、誰もが引き金を引く寸前のような緊張に包まれる。
「神の御加護もなくここまでよく耐えたな民兵よ。しかりて。このままでは死に絶えるのは畢竟。助けにきたぞ」
「偉そうに!」
怒号が飛ぶ。
疲労と飢えと絶望が、言葉を鋭くさせていた。理屈ではなく、感情が場を支配している。
「ふざけるな!」
「戦う力のない女子供は坑道の奥で縮こまっておらんか!」
「ここまで戦ってきた我らを愚弄するか」
叫び声が聞こえてくる。
その喧騒に混じって、ずるずると何かを引きずる音が近づいてきた。
「待って、ぜぇっ、くれぇぇえ……」
ずい、と巨人が匍匐前進をして身を乗り出してきた。
「ぎゃぁああああ!?」
「やっぱり魔族じゃないか!」
悲鳴と共に刃が向けられる。
巨人は息を切らしながら返す。
「ちょ、ちょっと待って! 敵じゃないって! ねぇ皇帝説明してよ」
「ははは」
*
「落ち着いたようで何より」
一通りの説明を終え、
皇帝が平然と続ける。
先ほどまでの喧騒が嘘のように、場には奇妙な静けさが戻っていた。
「……皇帝、だと?」
「皇帝陛下?」
「本物か?語りではあるまいな」
「ああ、本人だ。首都の酒場で見たことがる」
ざわめきが広がる。
疑念と希望が入り混じり、誰もが判断を保留している。
「陛下、正規軍はどこにおるのですか」
そんな中で、縋るような声をあげるものが。
その声には、すでに答えを信じたいという願いが滲んでいた。
「軍は表に布陣しておる。余が直々にエッガを助けに来たのだよ」
「そしてこちらは、我らを助けるため太陽神様が遣わされたトロールの勇者である!」
「おお、軍が!」
「勇者とは」
「陛下直々に」
一気に空気が変わる。
絶望が、形だけでも希望に塗り替えられる。
人は、信じたいものを掴む。
「我らには神の御加護がある。まず勝てよう。お前たちは逃げてよいが、魔族を殺す下準備だけ協力してくれたまえ」
その言葉に、迷いが揺らぐ。
生き延びるための選択として、誰もが納得しようとしていた。
「では、余に従ってもらうぞ」
「……もちろんです」
誰かが頷いた。
それが連鎖する。
疑念は残ったまま、それでも人々は動き始めた。
*
「ねぇ。軍が布陣してるって嘘だよね」
「方便くらい吞み込めよ。それに完全に嘘ではないしな」
民兵の代表たちに背を向けながら、皇帝は軽く言い放つ。その声音には、罪悪感の欠片もない。
「それよりも、くすねてきた硫黄と石灰はあるな?」
「……あるよ」
袋を軽く叩くと、中で粉が鈍く鳴る。
駐屯地の皆さんごめんなさい。盗ませてもらいました。
いや、最高権力者がいいといっているのだから、いいのかもしれないけど。
「よし、正念場だ! クソ魔族共を皆殺しにするぞ!」
「「「オオオォォォォ!!!」」」
民兵さんたちは、坑道が崩れかねないほどの声を響かせ、活気湧いている。
それを横目に皇帝が笑う。光明が見え、皆が笑みを浮かべている。
皇帝の目だけが、まったく笑っていなかった。
*
都市エッガを臨める森の中。
森の浅い場所に身を隠し正規軍が布陣している。
夜陰の中、兵たちは息を潜め、都市の様子を窺っていた。
「将軍、陛下が残していかれた書置きに従ってきましたが、本当に陛下は内部に潜入されたのでしょうか。あのような巨人だけをお傍に付けて……」
「よい、陛下は元来奔放な方だ。我々はご下命を信じるしかあるまい。少なくとも陛下を回収するために動かねばな」
兵たちの間には、不透明な現状への不安と、都市と人々を助けられるという期待が入り混じっている。
どの道命令に従うしかないが、その真意を測りかねていた。
若い兵が、エッガを眺めながら老将軍に話しかける。
「しかし、まさか陛下にこんな民草を思う心と剛毅があったとは。民を単身救出に向かうなど。不敬な話ですが、正直見直しました」
「言うなッ」
「え」
老将軍は低く吐き捨てる。
次いで、辺りをはばかりながら続けた。
「狭く入り組んだ出口を除き坑道は閉じている。そもそも爆薬を使うことが想定された坑道ではなく、風の流れも制限されている。毒煙は逃げ場を失い、奥へ奥へと溜まるだろう。第一、都市のどこに生き残りが潜んでいるかもわからん」
「ちょっと待ってください、それって——」
「魔族だけが都合よく死ぬと思うか」
「……」
言葉が詰まる。
その想像に至った瞬間、若い士官の顔から血の気が引いた。
「安心せよ。表向きは“救出作戦”だ」
さらりと言う。
まるで他人事のように。
「一応、内部に潜んでいる者たちは、別働で逃がす手筈になっておる」
「……ほんとう、なのですか?」
「さあな」
即答だった。
その無責任さに、誰もそれ以上踏み込めなくなる。
「だが、我々はそのように思っていればよい。ただ陛下の放蕩狂いのオツムに、何かお考えがあることを祈るばかりだ」
老将軍は顔を苦々しく顰める。
その視線は、各所から黒煙が昇り始めた都市へと向けられていた。




