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7話 交易都市エッガ3

エッガ内部。

都市と隣接した塩山坑道にて、人々がひしめき合っていた。

坑道の入り口は封鎖され、外気はほとんど流れ込まない。


湿った空気。

塩の匂いと、汗と、血の臭いが混ざっている。


薄暗い灯りの下、親が子どもの泣き声を押し殺している。

穴倉の一つにて、所属を示す装備すらバラバラの傭兵達が、粗末な机を囲んでいた。

——レジスタンスだ。


「どうする。もう持ち込んだ水も食糧も尽きるぞ」

「戦おう」

「馬鹿言うな。あんな虫に捕まって、どうされるかは分かるだろう。自決すべきだ」

「ふざけるな! ここまで生き延びておいて——」


光明のない状況に、限界であった疲労を支える精神が削られる。

話せば話す程に、どんどん声が荒れてゆく。


「今もこの坑道を守るため、命を懸けて虫を押しとどめている者達がいるのだぞ」

「……だからこそだ。あいつらに捕まるくらいなら、自分で終わらせる」

「どちらにしろ、道の狭い坑道だからここまで粘れているのだ。こちらから大規模に出たところで、物量で押しつぶされるのがオチだぞ」


誰もが分かっている。

ここは持ちこたえているだけだ。

奥では負傷者が呻き、包帯も足りず、止血すらままならない者もいる。


「正規軍は何をしているんだ……」


誰かが吐き捨てた。


「……期待するな。もうとっくに壊滅している」

「いや、まだだ。各地で抵抗は続いていると——」

「噂だ」


重苦しい沈黙。


「暗殺に向かった別動隊を信じるしかあるまい」


その一言に、誰も反論しなかった。

それしか、希望がないからだ。


「……今頃、地上はどうなってる」


誰かが呟いた。

誰も答えない。

——その時。


「大変です! 妙な連中が!」


大急ぎで駆けこんできた衛士の声が坑道に響いた。



都市坑道内部。塩山坑道の深い深い別区画。

軍務にあたっていたレジスタンスの小隊に、報告がもたらされる。


「妙な連中?」

「ついに魔族が穴を掘ってきおったか!?」

「は、はい。巨大な……いや、人の形はしていますが……それと、子どもが一人」

「……は?」

「おい、魔族の太守は子供の姿だと聞くぞ」

「もうせめて来おったか!?」


ざわめきが広がる。

武器を構える者、後退する者、判断が割れる。

そこに声が響き渡る。


「魔王軍の太守は都市を得て半月ほど、都市の構造をまったく理解していない」


衛士の背後より、可憐な装飾をした少女現れ、部屋の中央へ歩み寄りながら滔々と告げる。


「なッ、いつの間に……」

「何者だ!」

「子供が入ってくるでない!」

「現にお主らの暗躍を許しているのだろう?」


口々に非難の声をあげる中、

疑心と恐怖が一気に膨れ上がり、誰もが引き金を引く寸前のような緊張に包まれる。


「神の御加護もなくここまでよく耐えたな民兵よ。しかりて。このままでは死に絶えるのは畢竟。助けにきたぞ」

「偉そうに!」


怒号が飛ぶ。

疲労と飢えと絶望が、言葉を鋭くさせていた。理屈ではなく、感情が場を支配している。


「ふざけるな!」

「戦う力のない女子供は坑道の奥で縮こまっておらんか!」

「ここまで戦ってきた我らを愚弄するか」


叫び声が聞こえてくる。

その喧騒に混じって、ずるずると何かを引きずる音が近づいてきた。


「待って、ぜぇっ、くれぇぇえ……」


ずい、と巨人が匍匐前進をして身を乗り出してきた。


「ぎゃぁああああ!?」

「やっぱり魔族じゃないか!」


悲鳴と共に刃が向けられる。

巨人は息を切らしながら返す。


「ちょ、ちょっと待って! 敵じゃないって! ねぇ皇帝説明してよ」

「ははは」



「落ち着いたようで何より」


一通りの説明を終え、

皇帝が平然と続ける。

先ほどまでの喧騒が嘘のように、場には奇妙な静けさが戻っていた。


「……皇帝、だと?」

「皇帝陛下?」

「本物か?語りではあるまいな」

「ああ、本人だ。首都の酒場で見たことがる」


ざわめきが広がる。

疑念と希望が入り混じり、誰もが判断を保留している。


「陛下、正規軍はどこにおるのですか」


そんな中で、縋るような声をあげるものが。

その声には、すでに答えを信じたいという願いが滲んでいた。


「軍は表に布陣しておる。余が直々にエッガを助けに来たのだよ」

「そしてこちらは、我らを助けるため太陽神様が遣わされたトロールの勇者である!」


「おお、軍が!」

「勇者とは」

「陛下直々に」


一気に空気が変わる。

絶望が、形だけでも希望に塗り替えられる。

人は、信じたいものを掴む。


「我らには神の御加護がある。まず勝てよう。お前たちは逃げてよいが、魔族を殺す下準備だけ協力してくれたまえ」


その言葉に、迷いが揺らぐ。

生き延びるための選択として、誰もが納得しようとしていた。


「では、余に従ってもらうぞ」

「……もちろんです」


誰かが頷いた。

それが連鎖する。

疑念は残ったまま、それでも人々は動き始めた。



「ねぇ。軍が布陣してるって嘘だよね」

「方便くらい吞み込めよ。それに完全に嘘ではないしな」


民兵の代表たちに背を向けながら、皇帝は軽く言い放つ。その声音には、罪悪感の欠片もない。


「それよりも、くすねてきた硫黄と石灰はあるな?」

「……あるよ」


袋を軽く叩くと、中で粉が鈍く鳴る。

駐屯地の皆さんごめんなさい。盗ませてもらいました。

いや、最高権力者がいいといっているのだから、いいのかもしれないけど。


「よし、正念場だ! クソ魔族共を皆殺しにするぞ!」

「「「オオオォォォォ!!!」」」


民兵さんたちは、坑道が崩れかねないほどの声を響かせ、活気湧いている。

それを横目に皇帝が笑う。光明が見え、皆が笑みを浮かべている。

皇帝の目だけが、まったく笑っていなかった。



都市エッガを臨める森の中。

森の浅い場所に身を隠し正規軍が布陣している。

夜陰の中、兵たちは息を潜め、都市の様子を窺っていた。


「将軍、陛下が残していかれた書置きに従ってきましたが、本当に陛下は内部に潜入されたのでしょうか。あのような巨人だけをお傍に付けて……」

「よい、陛下は元来奔放な方だ。我々はご下命を信じるしかあるまい。少なくとも陛下を回収するために動かねばな」


兵たちの間には、不透明な現状への不安と、都市と人々を助けられるという期待が入り混じっている。

どの道命令に従うしかないが、その真意を測りかねていた。

若い兵が、エッガを眺めながら老将軍に話しかける。


「しかし、まさか陛下にこんな民草を思う心と剛毅があったとは。民を単身救出に向かうなど。不敬な話ですが、正直見直しました」

「言うなッ」

「え」


老将軍は低く吐き捨てる。

次いで、辺りをはばかりながら続けた。


「狭く入り組んだ出口を除き坑道は閉じている。そもそも爆薬を使うことが想定された坑道ではなく、風の流れも制限されている。毒煙は逃げ場を失い、奥へ奥へと溜まるだろう。第一、都市のどこに生き残りが潜んでいるかもわからん」

「ちょっと待ってください、それって——」

「魔族だけが都合よく死ぬと思うか」

「……」


言葉が詰まる。

その想像に至った瞬間、若い士官の顔から血の気が引いた。


「安心せよ。表向きは“救出作戦”だ」


さらりと言う。

まるで他人事のように。


「一応、内部に潜んでいる者たちは、別働で逃がす手筈になっておる」

「……ほんとう、なのですか?」

「さあな」


即答だった。

その無責任さに、誰もそれ以上踏み込めなくなる。


「だが、我々はそのように思っていればよい。ただ陛下の放蕩狂いのオツムに、何かお考えがあることを祈るばかりだ」


老将軍は顔を苦々しく顰める。

その視線は、各所から黒煙が昇り始めた都市へと向けられていた。

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