5話 交易都市エッガ1
交易都市エッガの奪還に向け、街道を進む。
ボクは長距離走の要領で、ひたすら地面を蹴っていた。
「お主は速いな! 全ての馬車がこう速ければ良いのだが!」
肩の上で、少女——皇帝が満足げに言う。
完全に人を馬扱いだ。
「しかしお主、名は何という?」
「……トオルだよ。佐々木トオル」
風がびゅうびゅうと鳴る。
皇帝は耳に手を当てた。
「なに? トロール? おお、土妖精であったか!」
勝手に納得された。
訂正しようと口を開くが、
「おおっ、もう見えてきたぞ!」
先を取られる。
「やるではないか勇者よ。早馬でも半日はかかる距離というのに」
視線の先。
塩山に隣接し天然の要塞を湛えた交易都市、エッガが見えていた。
遠目には堅牢な都市だが、近づくにつれ異様さが露わになる。
外壁はところどころ崩れ、塩山を黒い染みのようなものが覆っている。
羽虫が飛んでいる。
いや、違う。あれはすべて——巨大な虫だ。
「……うぇええ、きもちわる」
思わず呟く。
「おい、身を隠せ。見つかるぞ」
直接都市へは向かわず、皇帝の指示で近くの森へ入り身を隠した。時折り野犬や獣の気配は感じるが、どれも警戒して距離を取っており、近づこうとしない。
しばらく進むと、洞穴が現れる。
「ここに入れ」
体を押し込むようにしながら中へ入る。
暗い通路を抜けると、視界が開けた。
奥まった渓谷。その中心に、古城がそびえている。
周囲には無数の天幕。
大規模な野営地だった。
——次の瞬間。
ヒュン、と風を切る音。
矢が頬のすぐ横を掠めた。
「止まれ! 魔王軍のものか!」
武装した兵士たちが現れる。
どの顔も血走り、極度に緊張している。
「まってくれ! ボクらは敵じゃ——」
言い終わる前に、頬をコツンと叩かれた。
肩の上の皇帝だ。
耳元で、小さく囁かれる。
「腹から声を出せ」
無茶言うな。
それでも反射的に叫んでいた。
「控えよ! 皇帝陛下の御前であるぞ!」
場が凍った。
兵たちが一歩引き、ざわめきが広がる。
「我が親愛なる兵たちよ!」
皇帝が声を張る。
「余こそは皇帝ヘリオガバルスである! 勇者と共にエッガ救助に参った! 責任者のもとへ案内せよ!」
「……勇者?」
「あれが……?」
疑いの視線が突き刺さり、大変居心地が悪い。
やがて、一人の兵が前に出た。
「……失礼いたしました。陛下、こちらへ。将軍殿のもとへご案内いたします」
そのまま進もうとすると、別の兵に行く手を遮られた。
「貴殿はこちらで——」
「よい」
皇帝が即座に遮る。
「お主も来い。帝国を救う足掛かりだ」
屈むように手招きされる。
近づくと、いきなり耳を引っ張られた。
「痛っ!」
「くれぐれも余から離れるなよ」
小声で釘を刺される。
奇異な視線を浴びながら、天幕の間を進む。
兵たちの視線は、ボクの体を値踏みするようだった。
やがて、一際大きな天幕へ通される。
中に入ると、豪奢な鎧をまとった老将軍が立ち上がった。
「ようこそ、お越しくださりました!皇帝陛下!」
大仰に頭を下げ、歓待する。
その視線が、こちらに向く。
「して……、そちらの者は。魔族ですかな?」
「なに、トロールだ。気にするな」
「おい」
皇帝は調子良くへらへらと即答したが、一泊置いて次いで襟を正した。
「太陽神より遣わされた、我が忠実な勇者殿だ。帝国を救ってくれるぞ」
「ほぉ……それは結構ですな。陛下は信心深くあられる」
どこか含みのある声だった。
「至急、指揮官たちを集めよ。軍議を開く」
皇帝が言い放つ。
やがて、将官たちが次々と天幕へ入ってくる。
重い鎧、老練な顔つき——明らかに歴戦の兵たちだ。
「陛下、ご無事でしたか!」
「首都は!? 徹底抗戦と聞きましたが——」
「親衛隊はどちらに?」
「いや、それよりその巨人は——」
矢継ぎ早の問い。
皇帝は、あっさりと言った。
「親衛隊は裏切った」
「なっ!?」
「それは……やはり……」
場が凍りつき、驚く者、苦悩する者、納得する者、含みを持つ者、思案する者、各々が様々な面持ちで受け取っている。
「おかげで首都は陥落した。余も危うく首をはねられるところでな、秘密の抜け穴を通って命からがら逃げてきたのだ」
誰もが沈痛な面持ちで言葉を返せない。
皇帝は椅子に腰掛け、足を組んだ。
「……現状を報告せよ」
その一言で、場は完全に支配された。




