4話 皇帝
声をかけてきたのは、祭壇に放置してしまっていた少女だった。
バタバタしていて、すっかり忘れていた。
「倒れていたのに、ごめんね。体調は大丈夫?」
「う、うむ? 分かればよい。余はいつも元気に満ちておる!」
ごほん、と咳き込みながら、胸に手を当てる。
どう見ても元気ではない。
それでも少女は構わず、居丈高に名乗りを上げた。
「余こそは、太陽神エラガバルスの神託に従い、汝を召喚した――皇帝ヘリオガバルスである!」
「詳しい説明を」
即答した。
ずい、と顔を寄せる。
少女――皇帝の目を覗き込む。
自信に満ちた、ふてぶてしい顔。
どうやら、この少女がボクをこの小人の世界に呼んだ張本人らしい。
「我が神聖マーロ帝国は、魔族の侵略を受け、滅びの瀬戸際にある!」
皇帝は高らかに言い放つ。
「世界最大の帝国が滅ぶのだ。このままでは女子供に至るまで、人類は殺し尽くされるであろう!」
一拍。
「しかし、もはや帝国に現状を変える戦力はない。よって――太陽神の神官たる余が、古の祭儀を復活させ、勇者召喚を為したのだ!」
「勝手だな」
思わず口から出た。
「なんでボクなのさ。そりゃ気の毒だけど、流石に勝手だよ。帰らせてくれ」
皇帝は、余裕を崩さない。
わずかに口元を歪めるだけだ。
「……では問おう」
いい笑顔で一歩、踏み込んでくる。
「どうやったら帰れるのだ?」
言葉に詰まる。
「神の御業は余にも計り知れん。お主は帰り方を知らんのだろう?」
あっさりと言い切った。
「さぁ勇者よ、太陽神の使徒よ。この国を救うのだ! 使命を果たせば、きっと故郷にも帰れるであろう」
「ええぇぇ……」
雑すぎる。
流石に、付いて行けない――そう思った、その時。
「見過ごしてもよいぞ」
皇帝の声が、少しだけ低くなる。
「陵辱の限りが尽くされ、お前が救ったこの村も――今度こそ焼かれる。今後お前が出会う人間はアンデッドのみになるであろう」
流石に何か言い返そうと口を開きかけて。
皇帝は人差し指を口に当て、ふっと笑った。
「……第一に、飯のあてはあるのか?」
言葉に詰まった。
辛い言葉の連続に一瞬、思考が止まる。
「その巨体で、この小さな村に寄生するつもりなら――誰にとっても辛い結果になるだろうよ」
――気づけば、村の外に連れ出されていた。
「勇者さま! いってらっしゃいませー!!」
「どうか救ってくれー!」
「ましぇー!」
村人たちの歓声に背を押されながら、ボクは小声で隣に問いかける。
「それで皇帝、これからどうするんだよ」
皇帝は、当然のように答えた。
「まずは最寄りの交易都市エッガを解放するのだ」
にやりと笑う。
「その巨体を賄うための食糧を得るぞ!」
……合理的ではある。
こうしてボクは、半ば強制的に帝国救済の旅に巻き込まれたのだった。
*
遥か遠方。城塞都市エッガにて。
魔法のレンズ越しに、それは観測されていた。
「……なんだ、あれは」
「不明です。あのような巨大個体、記録にありません」
沈黙。
麾下の虫人達の視界を乗っ取りながら、魔王軍太守――エルフの少年が傍の者に語り掛ける。
虫人達の女王は跪いて相槌を打つ。
「……新種の魔族か帝国の魔導兵器か……或るいは……何か対処を……」
「おそれながら、魔王様の予言にもありませんでした。取るに足らない下等種の突然変異かと」
ぶつぶつと何か言いかけながら、口を閉ざす。
そんな少年の様子を不審に思いながらも、虫の女王は進言する。
「いずれにせよ魔王様の予言にないということは、精々が近隣に現れれば対症療法的に処理すればいいだけの、放置して構わない程度の存在でしょう。魔王様をお疑いになるのは不敬なことでございます。げに急ぎ、お心を煩わす程のことではないかと」
「うむ……そうだな」
少年は首肯しながらも、甲高い声を落とし小さく呟く。
「……一応、今度お会いする時にご報告するか」
レンズの向こうでは、六メートルの影が影を置き去りにするように爆速で走り抜け、直に視界から消えた。




