3話 火事場の馬鹿力2
走る。走る。
急な坂道や切り立った岩盤を、息を切らして走り抜ける。
「ヒャハハハッ! 病毒が綺麗になるぞ! 燃えろ燃えろ灰にな——ビギャッ?!!」
燃え盛る村目掛けて、勢いよく跳び込んだ。
辺りを見回して、息を呑んだ。
煙と小ささのせいで、遠くからは見えなかったけれど、家屋の中に大勢の人がいる。
さらに家屋の一階部分が板で出入りできないように閉ざされている。
入り口が塞がれている。中からは出られない。
——なら、外から壊すしかない。
そう判断して、畜舎の看板を柱ごと引き抜くと、燃え盛る家屋に突き刺し、無理やり出入り口をこじ開けた。
しかし小さな人々は、怯えたまま動かない。
当然だ。
いきなり現れた“巨大な何か”に、助けられていると理解できるはずがない。
「逃げてッ! 早く出るんだ!!
声を荒げ、何度も方々に呼びかけることで、漸くゾロゾロと家屋から飛び出して来た。
家屋に柱や、あたりの材木を突き刺し、どんどんと逃げ道をこじ開けていく。
「ぐずぐずするなッ!! 逃げろ! 動かない人も連れて行くんだ!」
煙を吸いながらも呼びかけるが、なかなか動かない者たちもいる。それに、少ないが2階部分のある家屋もあり、そこに閉じ込められている人も見受けられた。
このままでは焼け死ぬだろう。
そこでふかふかした畜舎や裸周りの砂を掬い、燃え盛る家の中へぶち込んだ。
時には脚で砂を蹴り込み、火の手が強い家から順にどんどんと砂を掛け、火を消していく。
また、燃え広がり逃げ口のなさそうな家は解体して、無理やり逃げ口をこじ開ける。
ここに来てようやく、家屋に火をつけ、家から逃げ出した人々に襲い掛かろうとしている虫がいることに気付く。
まとまっているところに向かい、
思い切り地面を蹴り、砂を撒き散らすと散り散りになって逃げていく。
まだしつこく火をつけている虫は、家屋から剥がした燃える木材で叩き潰す。
そんな作業を、村を横断しながら繰り返す。
最終的に完全に火の手が収まったのは2時間も先のことであった。
*
燃やされていなかった畜舎へと村中の皆が集まり、手当てを行い、砂と煤だらけの身体をはたき合っている。
私も弟を連れて座り込んでいた。
皆、先ほどまでの危機と、現実離れした巨人の出現に何をどう考えればいいのか、頭が回っていない様子だ。
「はぁ…はぁ…はぁ…」
その巨人はというと、先ほどまで村中を走り回り、逃げられていないものはいないか、閉じ込められたものがいないか探し回っていた。
今は息を切らし、牧草畑で横になっている。
——大きい…。
私たちの4倍はある。
何者なのだろう。
なぜ私たちを助けてくれたのだろうか。
あの巨人にどんな対応をすればいいか、村長を筆頭に村の大人達も決めあぐねている。
そんな誰もが当惑し沈黙した場に、弟の声はそれはよく響いた。
「あー! 虫しゃん踏んでるーー!
巨人が身を起こし、靴を見た。
*
火を消し回るため、気を張り詰めて走りっぱなしだった。
足元に、違和感。
——そういえば何か踏んだ気がする
「ギャッ!!」
靴にへばりつくようにして、大きな黒々とした節足動物が死んでいる。
ガガンボのような、またカマキリのような、どこかゴキブリも合わせたような外見だ。
「あばばばば、ほんとうは虫無理なんだよ!でかい!キモい!?」
どうにかもう片方の靴で取ろうと地団駄を踏むが、靴と粘りよくくっついており上手く取れない。腰を抜かした。
脚を伸ばしてせめて、胴体から遠ざけると共に落とさんと脚を振りどうにか足掻くがどうにもならない。
ベソを掻いてへたり込んでいると、村人たちがピッチフォークを使い、虫の死骸を取ってくれた。
「ハァハァ、ありがとうございます…」
生暖かい目を感じる。
気まずいので身を起こしあらぬ方を眺めていると、ふと、少し離れた小高い丘の上より、遠巻きに虫の一団がこちらを見ていることに気付く。
「……ヒッ!」
しばらく眺めているとサッと消えていった。やはりゴキブリなのかもしれない。
「なんなんだよここはもう… なんで他は小さいのに虫ばかり大きいんだよぉ…」
へたり込み、身震いする。
とても嫌な気分になってしまった。
大自然で少しばかり癒された気持ちは吹き飛んだ。今すぐにでも帰りたい。
「あ、あのっ! 助けてくれてありがとうございました!」
声をかけられたが、普段の調子で振り返っても誰もいない。
目線を落とすとチョコンと女の子が立っていた。
芝生に伏せて目線を合わせる。
「え? ああ、うん。何とかなって本当に良かったよ。怪我はない?」
「はい。村の皆んなも怪我人はいても、死んでしまった人はいないようです。……でもあのままだったら皆んな死んでました。本当にありがとうございます!」
「あはは、照れちゃうね。でも困った時はお互い様だからさ。兎に角皆んなの命が助かってよかったよ!」
そう、本当によかった。
皆んな疲れ果てているが、生きた目と笑顔を見せてくれているのだから。
もしも先刻、偶々この村の異常を見つけられていなければ、きっと廃墟となった跡地と無惨な村人たちを見つけることになっただろう。
もしそうなっていたらと思うと、ぞっとしない。
「私たちからも感謝を」
村長らしき人が、手当をされ包帯だらけの身体を支えられながら近づいてきた。
「おかげで皆命拾いいたしました。 なにかお礼をさせて頂きたいのですが、食糧は備蓄も焼け、家畜も奪われてしまい…我々の分すらなにも…」
改めて村人たちを見ると、建物から焼け出され皆すすに塗れており、着の身着のまま逃げ出してきた様子だ。
家屋も殆どが燃えてしまっている。
残った建物で雨風は凌げても、食糧はどうにもならないだろう。きっとこのままだと飢えて死ぬ。
子供たちは兎も角、大人は皆不安そうな顔だ。
何かできるといいのだけど、大人数の食料なんてどうにもアテが……。
「あっ」
*
どんちゃん騒ぎだ。
大鍋からスープをよそい、皆んな笑顔で頬張っている。腹が満たされてようやく村人達の顔にも安らぎが戻ってきた。
お調子者がハープを奏で、元気な村人たちが焚き火を囲んで務めて明るく歌っている。
その端で、ボクは座りながら村長と話していた。
「何から何まで申し訳ない…」
「足りないかもしれないけど、足しにはなると思うから」
ボクは、業務用スーパーでドカ買いした食糧を村に持ってきていた。
過剰に買ってしまったとはいえ、1人で購入した分だけなので、村人達に行き渡るか心配だ。
「とんでもない、こらだけ巨大な食糧。焼け残った食糧と合わせて、これだけあれば当分はやり過ごせます。ほんとうに何と感謝をしたらいいやら」
「もう、お礼はいいですってば」
要所要所で、村人に散々お礼を言われ、疲れてしまった。
身体に合わせ、大鍋を皿にしてよそってくれたスープを啜る。
素朴な味だが、暖かい。肉体的にも精神的にも疲れた身体に沁みいってきた。
一心地ついたところで、歌に耳を傾け、盛り上がる村人達を眺めながら思案する。
先ほどこのままだと村人が飢えて死ぬと言ったが、それはボクも人ごとじゃない。
元の世界には帰りたいが、まずボクはこの世界のことを何も知らない。それに、どうにか食糧を手に入れなければならない。
「おい!」
狩や山菜が手取り早いのかもしれない、村人から教えてもらえれば、案外取れるかも。しかし、狩はやったことがないし、この世界の物は軒並み小さい。お腹を長期的に満たすには不確定だ。
「おい、お前!」
交易商を頼るにも、今は戦争状態らしくろくにやってこないらしい。
他所から支援を頼む手もあるが、村人から聞いた話によると、この辺りの地域は魔族に占拠されてしまっているようで、それも厳しい。
「おい! こっちを見ろ!」
村の食糧に関しては、お金は焼け残っているようだし、ボクの足で遠出の街まで行って交易などはどうだろうか。
色々不安は残るが、村長さんたちに聞いてみよう。
「おいってば! 聞け!」
やはり、明日にでも動物を捕まえられるかチャレンジするのが安牌か。
「聞くのだ! 勇者よ!!」
なにやら側から怒鳴り声が聞こえてくる。
「ん?」
「余を放置して何をしている!」
振り向くと、不遜な態度を取る少女——祭壇で最初に見かけた少女が仁王立ちしていた。




