55.作れるのですか?
フワリンが口から吐き出したのは、卵だった。晴れの日の空のように青いその卵は、手のひらに収まるほど小さい。
「なんか綺麗だな。食べられるのか?」
姉の手の上に乗せられたそれを、ウィズレッドくんが指先でつつく。すると、卵に小さなひびが入った。
「そんなに強くつついてないぞ!」
慌てて卵から手を離し、両手を小さくあげたウィズレッドくんだったが、ひびが広がってゆく様を見て蒼白になった。一方姉は、静かに卵を見つめている。何かを期待したように瞳がきらめいたのを確かに見た。
やがてひびが全体に広がると、ピィと鳴く声が聞こえた。これは鳥の卵であったようだ。ひび割れた殻を押しのけて顔を出したのは小さな鳥のひな。その瞳は七色に輝く宝石眼。卵と同じ青色の小鳥は、まっすぐに姉を見つめた。
「ピィ!」
姉に向かって小さく鳴いたそのひなを見る目は、みるみるうちに潤んでいく。ただ黙って涙を零すその姿は、痛々しくもあった。フワリンが「お前の使い魔だ」と伝えたら、とうとう姉はしゃくりあげて泣いた。小鳥は心配そうに姉の頬に体をすり寄せる。
姉は使い魔を召喚できなかった。ソレイル神は、姉を見守っていたのだろう。すべてが終わった後、助けてあげられるように。
「宝石眼ということは、この鳥は聖女と同等の力を持つと考えてもいいのかな?」
王子がフワリンに問うと「へぷぃ」と鳴く。これで聖女ではなくなった姉も、使い魔の能力で聖女と同等に扱われるだろう。ソレイル神の采配に胸が温かくなる。
「私、本当はずっと羨ましかった。みんないつも使い魔と一緒で……私だけひとりぼっちって、思っていたの……」
小さくしゃくりあげながら、姉は言う。
「お姉様、名前をつけてあげないのですか?」
「……名前。そうね……。スカイ。スカイにするわ」
単純な名前だけど、空色のこの小鳥にはよく似合う。ぴったりでいい名前だ。
「もしかしてフワリン、召喚された時からずっと、卵を持っていたの?」
フワリンが当たり前だというように「へぷ」と鳴くので、フワリンに空間魔法が与えられたのはこのためだったのかなとも思う。ソレイル神に姉の祈りは確かに届いていたのだろう。
「なんだかソレイル神の手の中で転がされたような心地だよ。私もこれからは祈りの頻度を上げようかな」
王子がおどけて言うのが面白くて、笑ってしまう。
「ソレイル神は清らかな乙女を好みますから、殿下の祈りは届かないのでは?」
「お前だって聖人だが、乙女ではないだろうが」
兄と王子は仲が良いようだ。軽口を叩きあって笑っている。ウィズレッドくんは姉の涙を必死に拭って、なぐさめていた。
私たちいつもの四人は顔を見合わせる。なんだか可笑しくなって、わけもなく笑った。日常が帰ってきた。やっとそう思う。
「へぷへっぷ! へぷへぷ!」
笑っていると、フワリンが何かをうったえてくる。姉の周りをぐるぐる回ったフワリンは「もう一つプレゼントがあるんだ」と伝えてきた。
「まぁ……。これ以上もらえないわ」
姉は遠慮しているけどフワリンが左右に揺れる。「これはこの国の民のために必要なものだ」と頭に響いた。それは姉へのプレゼントなのだろうか。プレゼントと銘打って何かしらさせようとしているのでは……?
「へっぷへぷへぷ」
そう言ってフワリンは厨房に飛んでいった。仕方がないので全員で追いかけると、フワリンは口からリンゴや空き瓶を吐き出した。瓶を消毒するように言われたので、以前フワリンに教わった通りにお湯に瓶を入れる。多分必要なんだろうなと思ったので、姉に丁寧にやり方を教えた。王子も瓶をゆでた事などあるはずもない。それ以前に料理になじみがないだろう。お城には優秀なシェフがいるのだから。だからとても楽しそうに私たちの作業を見ている。
次にリンゴを切るように言われたので種を取ろうとすると、そのままでいいと言われて困惑した。
「種は食べられないよ? いいの?」
こちらの不安を意に介さずに「へっぷ」と鳴いたフワリンの言う通り、瓶にリンゴを入れた。そこに水と砂糖を少し足して、よく振る。
「おかしな料理ね……」
姉も困惑しているようで、思わず同時にフワリンを見た。フワリンはテレパシーを使いすぎて疲れている様子だったけど、口から私たちが今作ったのと同じ瓶を取り出した。「これは四日前に仕込んだものだ。28度の部屋で毎日振ってふたを開けるとこうなる」久しぶりの長台詞にパチパチと拍手をする。フワリンは疲れて調理台の上に乗ってくつろぎはじめた。
「すっごーい! お酒みたいになってるね」
キャンディは瓶に興味津々で、あらゆる方向から中身を確かめている。
「フワリン、これ何に使うの?」
聞いたところでフワリンは答えてくれない。水と強力粉を出して、さっさとやれと言わんばかりに私を見る。フワリンは料理の時だけは容赦ないのだ。
怪しげな瓶の中身に水と強力粉、混ぜては放置してを繰り返すうちに私は気がついてしまった。
「これって、フワリンパン?」
フワリンの菌類生成で作ったパンと、同じようなことが起こっている。キャンディなんてぶつぶつ分析しながら調理台に身を乗り出している。
「ねえ、フワリン。あの柔らかいパンはフワリンの能力がないと作れないんじゃなかったの?」
私が腰に手を当てて強く問うと、フワリンは言った。「誰がそうだと言った?」……確かに、言ってない。私が勝手に勘違いしただけだ。
「もー、フワリンの馬鹿!」
わしっと真っ白な毛玉を掴んで持ち上げると、フワリンは明後日の方向を見ながら口笛を吹いている。王子に嘘をついたことにならないかなと不安になりながら視線を向けると、王子は苦笑いしていた。怒ってはいないようで良かった。
「プレゼントって、このレシピ? あの美味しいパンを、みんなに食べさせてもいいの?」
姉が期待に満ちた目をしている。そういえば、ガーデンの子供たちに食べさせたいって言ってたっけ。フワリンが首を縦に振ったから、姉は大はしゃぎだ。
「私もっとおいしく作れるように頑張るわ! フワリン、教えてくれる?」
……ああもう、姉はきっと心配いらない。あんなに弾けるような笑顔を見たのは初めてだ。ソレイル神に感謝しないと。きっと姉の幸せを一番に考えての采配だと思うから。




