54.フワゾンとはなんでしょう?
結局集合時間前に全員集まってしまった。応接室のローテーブルにフワリン考案の新作料理を並べ、フラッペという飲み物を作った。絞った果実にミルクと細かく砕いた氷を混ぜたもので、作るのに氷を大量に砕かなければならなかったからストレス解消になった。多分フワリンが私が鬱憤を晴らせるように教えてくれたのだと思う。実際ハンマーで氷を砕くのはなんとも言えない爽快感があった。
「この寒い日に、なんだってこんな冷たいもの出してんだよ。アンネマリーが風邪ひいたらどうすんだ」
そう言いつつ美味しそうに飲んでいる。相も変わらず悪態をつくウィズレッドくんを、いつものように無視して王子に話しかける。
「……お疲れのようですね」
軽装と言うより乱れた服を着た王子の顔色は明らかに悪い。多分睡眠不足なのだろう。目の下が紫だ。
「ああ、このフラッペというのはいいね。冷たいから頭がさえる」
王子の膝の上でタヌキのエルがもの欲しそうに見ているけれど、王子は気がつかずに自分だけ飲んでいる。仕方がないのでフワリンにお願いしてお皿にフラッペを出してやる。喜んで王子の膝から飛び降りたエルはフラッペを飲み始めた。
「ああ、すまないね。感謝する。……私はファルマ侯爵とミスティアについて調べていたのだけど、ミスティアが錯乱していてね……かわいそうで、つい時間を割いてあげていたら寝不足だよ」
姉が両手で口を押さえる。姉はミスティアのことを命令でお友達になっただけだと言っていたけど、小さいころからずっと一緒だったんだ。そんな話を聞かされたら心配にもなる。……あれ? そういえばミスティア様って。
「あの、毒味をしたのはミスティア様ですよね……それでファルマ侯爵は、ジュースに毒が入っていることを知っていた。シノア様が死なない毒とすり替えたけど、それが失敗していたら……」
話しながら怖ろしい可能性に気がついた。顔から血の気が引いていくのがわかる。一部始終を見ていたのに、どうして気がつかなかったんだろう。
「侯爵は実の娘も殺そうとしたってことか!?」
モニークは机を叩いて立ち上がった。感情的になって力加減ができなかったのだろう、テーブルにひびが入ったけど今はそんな場合じゃない。
姉が青ざめて、隣に座っていたウィズレッドくんの肩に倒れこむ。眩暈をおこしただけだったのか、すぐにウィズレッドくんに支えられて口をわななかせ呟く。
姉もきっと、あまり事件のことを考えないようにして過ごしていたのだろう。私だって思い出すだけで感情がぐちゃぐちゃになりそうになった。だから気がつくのが遅れた。
「そんな、どうして……」
「品評会で毒を盛ろうにも、毒味役が必要だ。必ず出品者かその血縁が毒味をするのがルール。まさか自分の娘に遅効性の毒を飲ませてまで、大勢の人間がいる前で毒殺を試みるはずがない。そんな心理を逆手にとった」
王子の言葉には温度がない。彼も怒っているのだと思う。父が自分を殺そうとしていた。それを知ったミスティア様は……。
「メレディス様! ミスティアに会わせてください! 私最低だわ。こんな簡単なことに気がつかなかっただなんて……」
姉の叫びに、王子は片手をあげて制した。
「まだ会わせる訳にはいかない。ミスティアの無罪が確定するまで待ってくれ。それまでは私が見ているから」
自分の子に毒を飲ませたのはフィストリア公爵も同じだ。しかしアンネマリーには聖女の能力を移していたから、毒は効かないと思っていてのことだった。実際には能力を移しただけの人間には、毒が効く。父は知らなかったと供述しているのだそうだ。だから姉は少なくとも父が自分を殺す意思はなかったのだと思っている。しかし、ファルマ侯爵は違う。彼は娘を殺すつもりだった。
「ミスティアは言ったわ。貴族令嬢は心を殺し家のために尽くすもの……私はその考えに馴染めなくて……ミスティアが苦手だった。でも、不幸になってほしいとは思わないわ」
前に会った時は人形のようだと思ったミスティア様にもきっと、家族と色々あったのだろう。その末路がこれだ。小さいころから側に居た姉は、悔いているのだ。自分がもっと親密な関係を築いていればと。
「ミスティアのことは、しばらくそっとしておいた方がいい。誰が何を言っても、精神的に落ち着くまでは傷口が広がるだけだ」
王子が話を締めくくる。実際に会った王子が言うのだから、今はそっとしておくべきだ。
「それよりも、二週間後に学校が再開することになった。貴族たちはまだ混乱してるけど、子供たちは早く日常に戻るのがいいだろうという判断だ。平民の子たちには長い休みになってしまったな。クリスタは、シリア・ミューズと名前を改めるんだね?」
正直まだシリアと呼ばれるのには慣れない。でも、慣れたいとは思えるようになった。学校を卒業したら国を出るのか、そもそも卒業まで居られるのかはわからない。わからないけど、今はまだ将来について考えたくない。
「アンネマリーは、退学して神官となって神殿で暮らすんだね? 本当にいいのかい?」
姉がどうなるのかは初耳だった。神官になるのか。姉は偽物の聖女だったけれど、謀ったのは父だから、姉は許されたんだ。それで心配した神殿が引き取ってくれたのかもしれない。何にせよ、今まで姉が聖女として真面目に頑張ったからだろう。とりあえず好奇の目が届かない、落ち着ける場所でよかった。
「はい。私が学校へ通っていたら、みんな困惑するでしょうし……フィストリアは取り潰しですから、私は平民の……ただのアンネマリーになります」
それでも王族の血筋だから、平民だけど自由は無い。王族の血が目の届かないところで増えられても困ってしまうから、いずれ婚姻で貴族に戻されるだろう。その相手はやっぱりウィズレッドくんかなと思う。
「そういえば、私は聖女として過ごさなくていいんですか?」
そう言うと、王子が苦笑する。隣にいた兄が困った顔で、私に説明してくれた。
「シリアはミューズ王国の聖女だからね。この国で聖女として活動する必要はないよ。まあ、毎日の祈りは捧げた方がいいから、落ち着いたら僕が教えるよ」
そうか、そうなるのか。私はまだミューズ王国の人間だという自覚が全くない。そうなると、この国はただ一人の聖女を失ったことになるのか。ふと王子を見ると、あきらめたように笑っている。なんだか申し訳ない。
その後も話を聞くと、結局フィストリア公爵本人と、ファルマ侯爵本人が処刑と爵位の取り潰し。関わりの深かった貴族は今後社交界で生きづらくなる。そのくらいの罰になったようだ。刑が甘いのは、十年以上前の王位継承争いで貴族の数が減ったから。代々受け継がれる魔力を絶やすわけにもいかないからそうせざるを得ないと、王子はため息をついていた。
ちなみにネオライト王国はアール王国に多額の賠償金を払ったそうだ。その費用は、もちろん誘拐犯であるフィストリア公爵家の資産から出される。
みんなの疑問を解消して一息つくと、突然何の脈絡もなくフワリンが大声で叫んだ。「あ、忘れてた!」という音が頭に直接響いて、みんな頭を押さえている。苦手なのか、フワリンはテレパシーのボリューム調整が甘い。これじゃあ頭が割れちゃうよ。
「何を忘れてたの? フワリン」
フワリンはとたんに気持ち悪く「へっぷっぷっぷぅ……」と笑いだした。部屋の空気がなんだかおかしな方向に静まりかえった。
次に頭に響いた言葉は、本当に意味がわからなかった。
「ちわー! フワゾンです! ソレイル神から、アンネマリーにお届け物です!」
またの頭が割れそうな大音声にみんなで悶絶して、理解するのに時間がかかった。姉にソレイル神からお届け物? というかフワゾンって何?




