53.幸せになれますか?
「……一緒に行かないと、どうなるんですか?」
仮にこの国に残ったとしても、フィストリアが取り潰しになるなら私には居場所がなくなる。キャンディのお父さんにレシピを買い取ってもらえるから、一人で生活することはできるけど、反逆者の子供……ということになるのだろうか。今回の件、貴族たちにはどう伝えられるのだろう。どちらにせよ、好奇の目にはさらされると思う。
「……この国に残るという選択肢もある。いきなりついて来いと言われても困るだろう。ただシリアはミューズ家の子だ。この国の王にもお願いして、シリアの選択次第でこちらに長期滞在できるようにしてある。……いくら時間がかかってもいい、家族としてやり直したいんだ」
シリアと呼ばれることに、まったく慣れない。一緒にいたら、いつか慣れるのだろうか。わからないから怖い。
「学校、辞めたくないです。友達と離れたくない」
やっと絞り出した言葉がそれだった。私はこれ以上何かを失いたくない。私は学校で友達を作ることをずっと楽しみにしていて、今のグループのみんなは初めての友達だ。毎日が楽しくてしかたがない。それに姉も心配だ。悪いのは王弟だけど、偽物の聖女だったわけだから色々言ってくる人はいるだろう。
「そうか……。心配するな、名前が変わってしまうが、将来のことはゆっくり考えればいいから」
クリスタと、今までの名前で生きる選択肢は最初からないのか。それがなんだか私の十年間を無くそうとしているように思えて釈然としない。確かに彼らからしたら、十年も誘拐されていたかわいそうなシリアなのだろう。でも私はずっとクリスタだった。私の意思を尊重しているようでしていない。でも彼らに私のモヤモヤとした感情をどう伝えたらいいのかわからない。彼らに悪気はないのだから、なるべく傷つくようなことは言いたくなかった。
「第二王子に聞いたが、シリアはジュリー・ミードと言う方に育てられたのだろう? 今日から彼女も連れて、私たちにあてがわれた家に来てほしい。この騒ぎで学校もしばらく休みになると思うから、たくさん話をしたい」
ジュリー先生も一緒だと知って、少し気が楽になった。小さく頷くと、リーリア様が真っ赤な目で私を見ていることに気がついた。……この人が私のお母さん。やっぱり実感がない。
「アンネマリーはどこだ!? 無事なんだろうな!?」
唐突に、扉の外から怒鳴りつける声が聞こえた。
「あ……」
ウィズレッドくんだと、すぐに気がつく。あのキイキイした怒鳴り声は間違えない。
「お姉様を探しているみたいですね……行っても大丈夫ですよ」
「ごめんなさい、クリスタ……いえシリア。行ってくるわ」
姉が心なしか弾んだ声で、ウィズレッドくんの元へ駆けてゆく。フワリンが下種な顔で「これで結婚できるな」と伝えてきたので、一瞬意味がわからなかった。……そうだ父が失脚したうえに聖女じゃなくなったから、姉は第二王子の婚約者じゃなくなるのか。でも王家の血を色濃く受け継いでいるのは間違いないから、政略結婚は免れない。ウィズレッドくんはちょうどいい相手になるだろう。
楽しそうに「ぷへっへっへっへ」とフワリンが笑うから、お姉様にとって悪いことばかりではないのだと、ちょっと安心した。つないでいた手がはなれた時は焦燥感を覚えたけれど、お姉様が幸せになれる可能性があるなら、ちゃんと背を叩いて送り出そう。
その後はとても慌ただしかった。国王から与えられたミューズ家の貸別荘に引っ越して、最初はぎこちなかったけれど、なんとか同居人として普通に話せるようになった。名前はシリアになってしまったけれど、彼らは私に父、母と呼ぶことを強要しなかった。そのせいで逆に呼び名を改める機会を失ってしまって、ジュリー先生にそろそろ呼んであげてもいいのではと言われてしまう。
フワリンは別荘に着いた瞬間厨房に飛んでいって、設備の豪華さに狂喜乱舞し、私に毎日料理を作らせた。つまり通常営業である。
そのまま十日ほど過ぎて、今日は別荘で色々な説明会をやることになった。主催は第二王子だ、参加者は一緒のグループの三人に、姉とウィズレッドくん、そしてシノア様……いや兄だ。王子が子供会と銘打ったため、父と母は参加しない。グループの三人とはあの日別れたきりだから、楽しみだ。
王子いわくあの後キャンディが父親を問い詰めて、大変だったらしい。王子はキャンディに、私に会わせろと胸倉を掴まれたというから相当心配してくれていたんだろう。
楽しい説明会ではないけれど、フワリンが「ごちそうだー」と騒ぐので、もてなしに料理を作っている。夢中で料理を作っていると、心の中のモヤモヤも徐々に無くなっていった。
ある程度作り終わったところで、使用人が慌てて私を呼びに来た。開始時間までまだ一時間もあるのに、キャンディが来たと聞いて驚く。玄関に走ると、キャンディに強く抱きつかれた。
「心配したんだよ!」
なんだかひどく安心して、私もキャンディを抱きしめる。視界の端ではフワリンがトットに突進しようとして、猫パンチで逆に飛ばされていた。ああ、やっと日常が返ってきた。十日間、なんだか夢の中にいるような、地に足がついていないようなそんな感じがしていたけれど。私はちゃんと私のままだ。




