51.まがい物ですか……?
私は両手で目を押さえた。聖女の証の宝石眼。まるで夜空の星のように瞬き続けるそれは、一目見れば忘れられない。なぜそれが私にあるのか。
「……紫煙の香炉に覚えは?」
キャンディのお父さんが私にたずねる。紫の煙の香炉。それはケールさんが診察のたびに使っていたものだ。それを嗅ぐと眠くなっていつの間にか診察が終わっている。
比喩などではなく実際に紫の煙がたつ香炉を、いつも不思議だなと思っていた。それを説明すると、キャンディのお父さんはなにか考えるように目を細めた。
「なるほど。すべてが繋がった。こちらに来たまえ」
私の手を掴んで歩き出したキャンディのお父さんは、いまだ忙しそうにしている宰相に声をかけた。
「ウィズレッド。彼女を中へ。真実を知る権利があるだろう」
ウィズレッド宰相は私の顔を見て息を飲む。なぜ、と口の中で小さく呟いたのがわかった。
「なんてことはない。アンネマリーが飲んだ秘毒のせいで術式が壊れたのだ。本来聖女に毒は効かないが、倒れたのだからあれはまがい物なのだろう?」
今日の天気でも語るように淡々と話すその内容を、理解したくない。だってそれは、姉が偽物の聖女であると言っているようなものだ。ソレイル神の祝福である聖女が偽物なんて、そんなことありえない。
宰相の手によって、城内へ入るための扉が開け放たれる。使用人に姉の元まで案内するように命じる声が遠く聞こえた。フワリンを抱きしめて、使用人について行くのが今の私の精一杯。知りたいと知りたくない気持ちがない交ぜになって、逃げだしたくなる。
案内された部屋では、姉が眠っていた。使用人は部屋を出て行ってしまったので、二人きり。呼吸すら止まっているように見えたので、腕をとり脈をはかってみたら、脈動が感じられなかった。ゾッとして心臓の位置に耳を当てると、確かに心臓は鼓動していない。
私の動揺を見たフワリンが鳴く。「仮死状態だ」と伝えられて、やっとその意味を理解した。本当に心臓まで止めてしまう毒薬なのだ。そういえばアール王国について学んだときに、聖人多く生まれる国だから薬学が発達していると習った。薬と毒は紙一重。まさか一時的に人を殺す代物まで作り出せるなんて、恐ろしい。
「本当に目を覚ます……?」
姉の手を握って、フワリンに問いかけた。フワリンは「へっぷ」と鳴くだけで慰めの言葉をかけてはくれない。それが逆に安心する。必ず起きるから心配しなくていいのだと思えた。
どれくらい経っただろう、不安から逃れるようにぼんやりと姉の手を握っていたのだけど、その手がピクリと動いた。慌てて心臓に耳を当てると弱く動いている。本当に生き返ったのだ。
手をぎゅっと握って姉を見つめていると、姉はゆっくりと目を開く。その目はくすんだ茶色で、あれほど輝いていた宝石眼の面影はない。その目が宝石眼のままだったなら、私はまだ平静を保っていられたのに。
「クリスタ……? 目が……」
寝ぼけた姉が、握っているのとは逆の手で私の頬に触れる。そして微笑んで、私の瞳を覗き込んだ。
「綺麗ね……。とってもよく似合う。クリスタの方が、私よりずっと……」
半分夢の中にいるような様子だけれど、だからこそそれは姉の本心から出た言葉なのだろう。胸の柔らかいところを針で刺されたような、鋭い痛みが走った。姉は、自分の瞳の変化に気がついていない。叶うなら気がついてほしくない。これはリアルな夢で、ソレイル神の見せた白昼夢であってほしい。
「お姉様。状況を理解していますか?」
何を言えばいいのかわからなくて、とりあえず聞いてみる。姉はどこまで知っていたのだろう。
「……? 品評会で、ブドウのジュースを飲んで? 何があったの?」
徐々にこれが現実だと気がつきはじめたのだろう。ひどく困惑した様子で周囲を確かめている。きっと姉は何も知らされていなかった。私も正しく状況を理解しているわけではない。どう説明したらいいのか困って、口の端を曖昧に釣り上げた。笑ってごまかしても何の解決にもなりはしない。
二人で首を傾げたまま見つめあう。なんて不毛な時間なんだろう。やがて姉が先に口を開いた。
「クリスタは、聖女なの? 覚醒したの? ……それともずっと隠していたの?」
姉の問いに、勢い良く首を横に振った。私も困惑しているのだと、わかってほしい。
「不思議ね……聖女は生まれた瞬間から五歳くらいまでの間に覚醒するのよ。私が覚醒したのも三歳くらい……。でもおそろいね。嬉しいわ」
姉はまだ自分の変化に気がついていない。能力は知らないけど、少なくとも聖女の証である宝石眼は失われている。それを知ってしまったら、いったいどうなるのだろう。ちゃんと話さなければいけないのに、口が乾いてさび付いたように動かない。嬉しそうに笑う姉を、谷底に突き落とすような真似なんてできるはずがないのに。今この時ばかりはソレイル神を恨んだ。
長い沈黙に、姉がおっとりと首をかたむける。私の感情を探ろうと、まっすぐに見つめてくる姉の目をみることができない。何か言わなければと口を開きかけた時、扉をノックする音がした。




