50.予定調和です!
「やはりあなたでしたか。まさかご自分の娘にまで毒を盛るなんて……」
父の背後に、美しい宝石眼がきらめいていた。闇に溶け込むような黒髪と、聖人の白の正装が彼の神秘性を高めている。
「シノア様……?」
シノア様の手に握られているのは、銀のナイフ。こんなに彼に似つかわしくないもの、他にあるだろうか。
「奪われたもの。返していただきに参りました」
射るような目で父を睨むシノア様は、いつもの穏やかさを感じさせない。父の背中に突き付けているナイフが、彼の怒りを物語っている。
「いいだろう。兄もその子らも死んだ今、もはや不要な代物だ」
狂ったように笑いだした父は、勝利を確信しているようだ。この国で王家の血が濃いものは、もう父と国王と王子たちくらいしかいなかった。十年以上前にほとんどの血族が不審死したからだ。誰も表立っては何も言わないが、父の仕業ではないのかとの噂がある。
詳しくは知らないけど、この国には王家の血筋にしか使えない魔法があるから、国王は父を殺せなかった。王家の血統が途絶えるのを防ぐためだ。
王と王子たちが死んだ今、王になれるのは父だけだ。……いや他にいなくもないけど、力が足りない。父には勝てない者ばかり。
「僕がなんの用意もなしにここに立っていると? あなたは焦ったのでしょう。ミューズ家の宝を盗んだことが、ばれてしまったから。ずいぶん精巧な模造品を作れたものだと感心しましたよ。おかげで十年も気がつかなかった」
「それがどうした。今更もう遅い。私はこの国の王になる。借りていた宝も利子をつけて返還しよう。それとも我が国と戦争でもするか。永世中立国である貴様の国が、我が国にかなうとは思えんがね」
「……確かにアール王国は、武力ではこのネオライトの足元にも及ばないでしょう。ですが我が国は聖地。聖人の能力である治癒に関する秘術なら、どの国よりも発展している」
父が顔をしかめてシノア様を見る。ずっと夢見るようにさ迷っていた視線が、初めてはっきりとシノア様をとらえた。
シノア様は懐から小瓶を取り出す。中に入っていたのは紫色の、金粉を振ったように輝く液体。
「ジュースをすり替えさせていただきました。アール王国秘中の秘。その名も騙り夢。飲んだ人間を仮死状態にする毒薬です」
父の顔から血の気が引いてゆくのがわかる。怖ろしいものを見るように、視線が倒れた国王に注がれた。
「国王陛下は言ってましたよ。あなたは王を殺せば、必ずそれを誇示したがるだろう。王を弑して得られた畏怖の感情と武力で、貴族を押さえつけて従わせる。だから王は一度死んで見せたのです。そうすればきっと自らが王を殺そうとしたことを認める。……死罪にする大義ができる」
父は憎々し気にシノア様を睨み、右手を腰に持っていった。しかしそこに剣はない。会場を守る軍人にしか、帯刀は許されていないのだ。武人らしくいつも腰に下げている剣が無いことに気がつき、舌打ちをした父は、倒れた国王に向かって走り出した。
国王を蹴り殺そうとした父の足に、弓矢が刺さる。ハッとして矢が飛んできた方を見ると、黒髪の美丈夫が天井近くに備え付けられた窓のふちに座って父を狙っていた。
「この男を捕らえろ!」
シノア様が叫ぶと、国王派の軍人たちと知らない制服の騎士たちが父を取り押さえる。体格のいい父は、騎士三人がかりでもおさえるのがやっとのようで、ちゃんと実力で軍部を掌握していたのだなと思わせた。
惜しむらくは、国王の方が一枚上手だったことだろう。父は後ろ手に枷をはめられ、足まで拘束された。これくらいしないと危険だと判断されたのだろう。
そこまで見届けて、やっと息を吐いて周囲を見回す。あんまりのことに気を失っている貴婦人や、泣き叫ぶ子供。今の今まで耳に入ってこなかった雑音がやっと戻ってきた。
「……私、これからどうなるんだろう」
今日初めて会った父がおそらく国家反逆罪で捕縛された。娘の私も無事ではいられないかもしれない。いつの間にか潰れるほどに抱きしめていたフワリンが「へっぷ、へっぷ」と鳴くが、どうしたらいいのかわからなくて怖い。
「お父様。知ってたの?」
キャンディが自分の父にそう聞いた。キャンディの家は中立派だけど、もしかしたら事前に聞かされていた可能性もある。
「いや? 王弟がアール王国から国宝を盗んだのは知っていたけど、まさかこんなことになるとは思ってなかったよ」
見回すと、ウィズレッド宰相が客にホールから出ないよう指示していた。倒れていた国王も王妃も運び出されて、その手際の良さに事前に打ち合わせ済みなのだと思い知らされる。
「クリスタ! 大丈夫か?」
モニークに後ろから肩を叩かれる。私は振り返って強がりを言った。あまり心配させたくないから、しっかりしないと。
「大丈夫。ありがとう、モニーク」
振り返ると、フワリンが「へぷっ」と鳴いた。モニークの顔を見たら少し気分も楽になった。
しかしモニークは茫然と私の顔を凝視している。そんなに酷い顔をしているだろうか。ちゃんと笑えているつもりだったのだけど。
「クリスタ……?」
気がつくと、キャンディもレヴィーもルート神官もこちらを見ていた。静まり返った空気に、なんだか怖ろしくなって腕が震えた。
フワリンが、私の腕から逃げるように飛び立つ。「へっぷ!」と満足そうに鳴くフワリンと、目が合った。フワリンの大きな瞳に私が映っている。
「え……?」
笑えている。ちゃんといつも通りに。でもそうじゃない。私であって私ではない。そこに映っているものは、きっと何かの間違いだ。




