44.王子様とご飯です!
ジャガイモの皮を剥きながら、ご機嫌で歌うフワリンを見る。しょうゆが完成してからフワリンはずっとこんな調子だ。
一応毎日お米を炊いてパンを焼いているけど、フワリンの中で保管してもらっているからどれくらいたまっているのかわからない。
「お嬢様。お客様です。すぐにいらしてください」
炒めた豚肉とジャガイモとニンジンを鍋に入れてしょうゆで味付けしていると、ジュリー先生が慌てた様子で台所にやってきた。ジュリー先生がこんなに慌てるなんて、一体どんなお客様だろう。
「メレディス・ネオライト第二王子殿下がいらしたのです!」
私は思わず聞き返したくなった。殿下がこの使用人用の別邸に来たなんて、どうして誰も止めなかったんだろう。呼びつけてくれたら私が城に行ったのに。
フワリンに鍋の見張りをまかせて、応接室へ急いだ。扉の前で深呼吸してから扉を叩く。
中から王子ではない男の人の声がして、入室を許可される。恐らく護衛だろう。
「殿下、いきなり来られると驚きます」
自分で扉を開けて、楽にしていいと言われてすぐに口を開く。私はジュリー先生と二人暮らしなのだ。王子を満足にもてなすことなどできるはずがない。少しぐらいの嫌味は許されるだろう。
「はは、そちらの事情を知っていて来たんだ。今日はクリスタにお願いする立場だから、もてなしなど不要だよ」
王子が笑うと、使い魔のタヌキがぽてぽてと私のほうに歩いてきた。何かを訴えるような目で見てくるが、何を考えているのかわからない。
「ああエル。クリスタにお願いするといい。あのパンをもっと食べたいと」
前足で私の足先に触れたタヌキを見て、王子はさらに笑った。ああこの子はフワリンのパンを気に入ったのか。
「お願いというのは、パンが欲しいということですか?」
「それもある。もう一つの願いは今度の年明けにフワリンの能力のお披露目を兼ねてパンを振舞いたいと思っているから、協力してほしいんだ」
王子は話が長くなるからと私にソファに座るよう命じた。その時ちょうどジュリー先生が茶器を持って応接室に来た。温かいお茶を入れてもらって、私が先に飲む。先に飲んだのは毒なんていれていませんという証明のためだ。
「クリスタは社交の場に出ることもなく、ここで育ったのだろう? きっと教師が優秀なのだね。これならどこに出ても恥ずかしくない」
私はジュリー先生を褒められて嬉しくなった。王子のことだから私と先生の関係性を見抜いたうえでの発言だろうけど、気分がよくなる。
「早速本題に入ろうか。年明けは社交シーズンの始まりだ。国中の貴族が城に集まると同時に、成果発表として品評会を行う場でもある。クリスタには年明けの品評会までにパンを用意してほしい。五百個くらいの焼きたてのパンが必要だけど、フワリンの能力なら焼きたてのまま保存しておけるし、大きな負担にはならないだろう?」
よくよく聞くと、品評会には神殿から王家への推薦という形で出ることになるということだった。さすがに王家が王弟の娘の成果を奪うのはまずい。神殿が特殊な使い魔の能力を披露するという形なら、王弟もダメとは言えない。
よく考えたものだ。表立って私を後見せず、誰にもとがめられない程度に王家も目をかけていると匂わせる。絶妙な匙加減だと思う。
「そういえば、そのフワリンはどうしたんだい?」
あらかた説明を終えて、お茶もすっかり冷めたころに王子が言った。
「料理中でしたので、鍋の番をしています。今日作っていたのは煮込み料理でしたので……」
「ということは、このまま居座れば新しい料理の試食ができるのかな?」
王子は満面の笑みだ。本当に食べていく気だろうか。私の足元で会話が終わるのを待っていたタヌキが、膝の上に飛び乗ってくる。期待に満ちた視線に、そういえばタヌキは雑食だったっけと思う。
トットは生肉しか食べたがらないし、ショコラは新鮮な野菜が好きだから、いつもはフワリンの分だけあればいいかなと思って料理するけど、このタヌキはフワリンの料理を気に入っている。
「そうそう最初に言ったように、エルが食べたがるから個人的にもパンをわけてほしいんだよね。最近今までのパンを嫌がるんだ」
「パンでしたらすぐに用意できます。……夕食もどうか召し上がっていってください。私も初めて食べる料理なので、味は保障しませんが」
王子に断ってフワリンの元へ行く。フワリンのことだからあまり心配してはいないけど、今日の料理もおいしいものだといいな。
「フワリン。王子が夕食を食べていくって。いいよね?」
鍋の中身は水分が減って、だいぶ煮込まれている。フワリンが口にお玉をくわえて焦げないように混ぜていたようだ。毛玉のわりに器用なんだよな。
「あと使い魔のためにパンが欲しいんだって。あのタヌキ、フワリンの料理がすごく気に入ったみたいだよ」
お玉を置いて「へぷっ」と鳴いたフワリンは嬉しそうに飛んで行く。「肉じゃが完成」と伝わってきた。
肉じゃがは薄切りの豚肉とジャガイモがしょうゆの茶色に染まっていて、色味は地味だ。ニンジンの彩りがなかったらとても王子の前には出せなかったかもしれない。迷った末に小さめの皿に盛り付けた。炊いたお米も別の皿に入れて、カートに乗せる。
応接室に戻ったら、フワリンがタヌキと遊んでいた。王子はその光景を微笑ましげに眺めている。
「質素ですが」
テーブルに料理を並べると、王子は面白いものを見つけたような顔をした。タヌキの分は食べやすいようにお米の上に肉じゃがを乗せたのだけど、それが自分のものだと気がついたみたいで、足元にすりよってくる。王子の使い魔がこんなに人懐っこくていいのかな。
「へえ、変わった香りだね。エルの分も用意してくれたのかい? ありがとう」
「熱いから気を付けてね」
床に皿を置くと、タヌキはしきりに匂いを嗅いでいる。食べたいけど熱いからためらっているみたい。
「うん、食べたことのない味だ。でもおいしいね」
王子は毒味する前に食べてしまった。それでいいのだろうか。護衛はなんだか心配そうな顔をしている。
私も肉じゃがを口に入れると、そんな心配事なんてどうでもよくなった。煮物と呼ばれるものはこの国にもある。でもそのほとんどの味付けが塩だ。しかしこの煮物はほんのり甘い。それなのに食事として成り立っている。
味のしみたほくほくのジャガイモと薄切りのお肉。しょうゆの独特の香りと甘みが、ご飯にとても合う。私は夢中になって食べた。
「クリスタは食べている時が一番幸せそうだね。こんなにおいしい料理を毎日食べられるのならそうなるか……」
王子はやっとがつがつ食べ始めたタヌキを見つめた。相当おいしかったみたいで、キュンキュン鳴いている。
「肉じゃがも持っていきますか?」
提案すると、王子は喜んだ。その後は王家のために三日に一回パンを届ける契約を交わして、王子は帰っていった。
「フワリン、品評会頑張ろうね」
フワリンに品評会のことを説明すると「これは新しいパンが必要だな」と言い出す。どうやらフワリンには今以上のパンを作れる自信があるらしい。その日から、私とフワリンの新作パン作りが始まった。




