41.やっぱりとは?
モニークの家の前に来た私たちは、モニークを呼んで事情を話す。
「聖女様が行方不明!? 大変だ、すぐに探さないと!」
モニークは姉のことをとても慕っているから、本気で心配している。にゃーんと鳴くトットの声に我に返って、急いで雨着を着てついてくる。
「向き的にやっぱり神殿に向かってるのかな……。でも神殿の中で行方不明になんてなるかな?」
たしかにそうだ。行方不明ということは、神官も探せていないということである。神殿はとても広いけど、そんなに隠れられる場所があるとは思えない。
トットが指したのは、やはり神殿だった。入り口を見ると、王家の騎士服を着た人たちが大勢いた。
するとトットが首をかしげた。にゃーんと困ったように鳴いたトットはそれきり黙ってしまう。どうしたんだろう。鑑定を使っても分からなくなったのかな。
「トット? ……もしかしてここは人が多いから痕跡が消えちゃったとか?」
キャンディが問うと、そうだとでも言うようににゃむと鳴く。ここからどうすればいいのだろう。勝手に神殿内を歩き回るのははばかられる。
困っていると、神殿の回廊を歩く見知った人がいた。
「あ、シノア様!」
キャンディの叫びにこちらを見たシノア様は、美しい宝石眼を見開くと私たちを手招いた。屋根付きの回廊から、雨の中こちらに来るのは大変だ。私たちは近くにいた神官に神殿内に立ち入る許可をもらってシノア様の元へと急ぐ。
「こんな時にどうしたんだい? 今、アンネマリーがいなくなったかもしれないと大騒ぎなんだよ」
相変わらず穏やかな微笑みをうかべたシノア様は、ソレイル神への祈りを終えたところなのだろう。聖人の正装を着ている。
屋根のある回廊に上がるため、雨着を脱いで水をはらうと。また犬のマリが私に近づいてきた。モップのような毛を撫でると、尻尾を振って嬉しそうにする。
「私たちも姉とウィズレッドくんを探しているんです。二人でいなくなったみたいで……」
「ウィズレッド? ハリー様のことかな? だからこんな物々しいのか……。神殿内でアンネマリーの姿が見えなくなることは、実はよくあるんだ。神殿内は出入り口の警備が厳しいから安全だし、いつも時間がたったらひょっこり出てくるから、神官はあんまり気にしないんだけどね。ハリー様がいなくなって、聖女もいないとなったら事件の可能性もあるかもしれないね」
シノア様はウィズレッドくんがいなくなったことは知らなかったみたい。今まで祈りを捧げていたなら当然か。
顎に手を当て考えていたシノア様は、不思議なことを言った。
「神殿内では、魔法が狂うことがある。それはソレイル神が直接干渉しているからだと言われる。神官にも城の騎士にも人探しに長けた魔法が使える人員はいる。でも見つけられてないってことは、二人を見つけるべきは彼らではないのだろう……。もしかしたら、その役割を担うべきはクリスタなのかもね」
シノア様は、凪いだ目で私をじっと見つめた。なぜ、私なのだろう。聖女の妹だからだろうか。
彼に見つめられると落ち着かない。なんだか心の中を見透かされているような気持ちになる。
その時雨音に交じって、誰かの歌声が聞こえた。
「この声……」
姉の声だと、なぜかわかった。耳に手を当て歌声の発信源を探ろうとした私を、みんな不思議そうに見る。
「何か聞えるか?」
この歌声は私にだけ聞こえているのか。先程シノア様の言った通り二人を隠したのはソレイル神で、今度はソレイル神が私たちを呼んでいるのかもしれない。
「ああ、やっぱり君は……」
シノア様が私のことをまっすぐに見て呟く。その目がなんだか怖い。いったいどんな感情が込められているのか、複雑すぎて全く分からなかった。
シノア様から目を反らして、音をよく聞く。歌声は上から聞こえてきていた。回廊から首だけ出して、空を見る。先程よりも強くなった雨が顔に降り注いだけど、気にしない。
そして私は教会で一番高い塔に付けられた鐘の、さらに上の小窓が開いていることに気がついた。
「鐘の上に屋根裏部屋があったのか……よく居なくなるはずだ。あんなところにいたら、誰も見つけられない」
私と一緒に塔を見上げたシノア様は、塔まで案内してくれると言った。塔の入り口は建物内にあるそうで、雨にぬれずに行くことができる。
塔の中には上にのぼるための螺旋階段しかなかった。小部屋でもあるのかとおもっていたけど、この塔は鐘を取り付けるためだけに作られたもののようだ。
こんなところを探しても無駄だと、誰もが思うだろう。だからこそ、姉にとってはいい隠れ場所なんだろうな。
階段を上っていくにつれて、歌声が大きくなっていく。鐘が吊るされた場所まで行くと、天井の板がズレていて下に踏み台があった。
「アンネマリー、ハリー様。そこにいるのかい?」
シノア様が呼びかけると、歌声が止んでウィズレッドくんが天井から顔をのぞかせる。
私たちを見ると、思い切り顔が歪んだ。シノア様だけだと思っていたのかもしれない。
「なんだよ。笑いに来たのか」
わざわざ笑いに来るほど暇人だと思うのだろうか。多分ウィズレッドくんは事件になっていることに気がついていないんだろう。
「あんたねぇ……何も言わずにいなくなるから、行方不明になったって大騒ぎになってるのよ! 城の騎士まであんたを探してるの。聖女様も一緒にいなくなったから誘拐を疑われてるのよ!」
キャンディが怒鳴りつけると、姉の動揺する声が聞こえた。姉が教会内でいなくなるのはよくあることで、今回もいつものことだと流されると思っていたのだろう。ただウィズレッドくんが授業にも出ずに音信不通になったから、一緒に事件性を疑われてしまっただけだ。
完全にウィズレッドくんのせいなので、さすがにまずいと思ったのだろう。顔が引きつっている。
「うるせえよ! どうせ俺がいなくなったってかまわないって、みんな思ってるんだろ! なんで今更探すんだよ!」
「探すに決まってんでしょ! あんた腐っても侯爵令息なのよ! いい加減わきまえなさいよ!」
ウィズレッドくんとキャンディの怒鳴り合いは止まらない。どうしようか迷っていると、姉の声がした。
「駄目よ、ハリー。戻りましょう。みんな心配しているのだから」
姉が一言発するだけで、ウィズレッドくんは大人しくなった。わかったと言って、天井裏から降りてくる。まるで別人になったみたいに素直だ。
「ごめんなさい。みんなハリーを心配してくれたのよね。私のせいだわ。もっとよく何があったのか聞いていたら……」
「違う! 俺がうまくやれなかったから……俺が悪い」
同じように天井裏から降りながら、姉は謝罪する。なんだか泣きそうに見えて心が痛んだ。ウィズレッドくんの「うまくやれなかった」という言い方が少し気になったけど、この騒動はこれで終わりだろう。
塔を降りるとそこには宰相がきていて、ウィズレッドくんを見るなり頭にげんこつを落とした。何か言う前に真っ先にぶん殴ったから、ちょっと驚く。
「クリスタ……あなたはハリーと同じクラスなのよね。こんなこと言うのは間違ってるかもしれない……でも、ハリーを少し気にかけてあげてほしいの……ハリーがああなってしまったのは、すべて私のせい。本当はとてもいい子だから」
宰相に厳しい口調で叱られるウィズレッドくんを見ながら、姉が言う。なぜだか、私はこの続きを聞かなければならないと強く思った。




