40.行方不明ですか?
その日の授業が終わってしばらく経っても、ウィズレッドくんは帰ってこなかった。授業が終わってから結構な時間みんなで勉強していたけど、まったく帰ってこないのだ。
「ウィズレッドくんのカバン、どうしようか?」
「しょうがない、家に届けに行くか。今日あったことも説明した方がいいだろうしね」
キャンディはなんだかんだで面倒見がいい。ウィズレッドくんのことも心配していなわけではないんだろう。
さすがにモニークは侯爵家に気軽に行ける身分ではないので、先に帰ることになった。キャンディとレヴィーと三人で、ウィズレッド侯爵邸に向かって歩いてゆく。
雨が降っていたので、フワリンが口の中に保管しておいてくれた雨着を出してもらった。トットは濡れるのが嫌だったみたいでフワリンの上に乗って私の雨着の中に一緒に入っている。ショコラはむしろ楽しんで、水たまりに突っ込んでいる。レヴィーは困り顔だ。あとでフワリンに、ショコラを拭くための大きい布を出してもらおう。
ウィズレッド邸は城の近くだ。当然、門の横には警備の人が立っていた。警備の人に話しかけ、ウィズレッドくんがカバンを置いたまま授業にも出なかったことを話す。
「少々お待ちいただけますか? ちょうどご当主がいらっしゃいますので、確認をとります」
制服を着ているから、簡単に警備員の詰め所に通してくれた。持っていたカバンが間違いなくウィズレッドくんのものだと確認できたのも大きかっただろう。
しばらくして警備員が戻ってくると、邸宅の中に通される。さすが侯爵家だけあって、そこかしこに高そうな絵や壺が飾られている。邸宅の中へ通される前、全員名乗ったけど、フィストリアの娘の私を入れてくれるなんて思わなかった。
通されたのは玄関から近い応接室。貴族しか食べられない、高価な砂糖を使った菓子に温かい紅茶を入れてもらった。
「今川焼と比べるとまあまあって感じだよね」
キャンディの言葉に笑ってしまう。「へっぷっぷ」とフワリンは胸を張る。「当然だ」と言いたいのだろう。
しばらく菓子の感想を言い合っていると、扉がノックされウィズレッドくんと同じ青髪の男性が入ってきた。この人が宰相か。忙しいだろうにどうしてこんな時間に家にいるんだろう。
全員立ち上がると、深く頭を下げる。私は公爵令嬢だけど庶子だから、一応下げておいたほうがいい。
「顔をあげてくれ。愚息がなにかやらかしたのだろう? わざわざカバンを届けてくれてありがとう」
宰相というと強面なイメージだったけど、中性的で物腰の柔らかい人だった。どちらかというと、すぐ後に部屋に入ってきた大きなゴリラに目を奪われた。宰相の使い魔だろうけど、あまりに見た目の印象が違いすぎて似合わない。凸凹コンビって感じだ。
「実はねハリーを迎えに行った使用人が、時間になってもハリーが来ないからと教師に確認を取ったら、朝から授業には出ていないと言われてね。私まで連絡がきたんだよ。だから仕事を明日にまわして帰ってきたんだけど、何があったのか知っていたら教えてくれるかい?」
私たちは顔を見合わせた。貴族の子供が行方も告げずにいなくなるのは大事件だ。まして宰相の子だ。誘拐の可能性を考えて、王家の騎士すら動くであろう。
さすがにウィズレッドくんでも、そんなバカなことはしないと思うけど……
キャンディが困惑する私を見て首を振る。ヤツならやりかねないとでも言いたげだ。さすがに嘘だと信じたい。
私たちは今日あったことをそのまま話す。すると、宰相は額を押さえてため息をついた。
「私がサード家当主の忠告に耳を貸さなかったから、こうなってしまったのだね……それとも、妹を王弟に無理やり嫁がせたのがまずかったのかな?」
そんなこと私たちに聞かれても分からない。そもそも義母がなんの関係があるのだろう。父に嫁がせなかったら聖女なんて生まれなかったのにという意味だろうか。
「妹に不幸な結婚をさせてしまったから、せめて子供はと……思ってしまったのがいけなかったんだろうね。アンネマリーを愛せなかった妹の代わりに、私が気にかけてあげようと……ハリーをアンネマリーの遊び相手にしたからすべてが狂ってしまった……」
まるで懺悔のように話しているけど、私は別のことが気になった。
義母は姉を愛せなかった。それが本当なら、どうして姉は聖女なのだろう。聖女は愛情あふれる家庭にしか生まれないとされている。それには例外もあるということだろうか。
「そんなこと私たちには関係ありませんよね」
キャンディがバッサリと切り捨てる。たしかに子供にする話でもないだろう。
宰相は笑って言った。
「違いない。どんな理由であろうと、息子が迷惑をかけた。とくにクリスタ、君には悪いことをした。君にわざと暴言をはくほど嫌っているとは思っていなかったんだ」
フワリンが私の頭の上で「へぷ!へぷ!」と鳴く。怒っているアピールだろう。私はフワリンやキャンディが過剰にやり返してくれたから、あまり怒りの感情は沸いてこない。なんだか同情の方が勝ってしまった。
「しかしハリーはどこに行ってしまったのだろう。学校の中にいないか探してもらっているけど、連絡がないんだ。どこか心当たりはないかな?」
私たちはウィズレッドくんと仲良くはない。当然行く先など知らない。顔を見合わせて考えていると、レヴィーがハッとした顔をした。
「神殿とか? 聖女様に会いに行ったとかないかな?」
確かにありそうだ。宰相がすぐに神殿に向かうよう指示を出す。
宰相は私たちを馬車でそれぞれの家まで送ってくれるというので、準備ができるまで少し待った。用意してもらった馬車に三人で乗り込もうとしたとき、最悪の報告が届いたのだった。
「閣下。ハリー様と共に、聖女様も行方不明だそうです!」
これはとんでもない大事件だ。さすがのキャンディも目を見開いている。フワリンが「へぷっ! へっぷっぷ」と鳴いた。「一大事だ!捜索に加わろう」と言っているが、なんとなく面白がっているように見えるのは気のせいだろうか。いや気のせいじゃないと思う。
「フワリンが言うなら探そうか、心配ではあるし」
レヴィーが心配と言っているのは政治的な問題か、それとも単純に身を案じているのか判断がつかない。キャンディも乗り気みたいだから、一緒に探すか。
私たちは馬車に乗るのを断って、探すのを手伝うことにした。
「よし、トット。鑑定でうまく探せない?」
トットは頭から防水布をかぶってフワリンに乗ったまま鼻をヒクヒクさせる。やがてにゃーんと鳴いて前足を上げた。その方向に、フワリンが滑るように進んでゆく。
防水布はトットが濡れないようにかぶせているので、フワリンは一部濡れてしまっている。しかしフワリンは自分の体をぞうきんのようにねじって絞れるので、あまり濡れることは気にしていない。……初めて見た時はさすがに気持ち悪いと思ったけど、今は慣れた。むしろ乾かす手間が省けるからありがたい。
少し歩くと、見慣れた場所にたどり着く。
「学校に戻ってきたね。でも中じゃないみたい」
トットはフワリンに止まるように合図し、にゃんと短く鳴きながら最後には神殿方面を向いた。前足でフワリンをペシッと叩くと、再び動き出す。
「ついでにモニークに声かけようよ。神殿に行くなら近いでしょ?」
トットがキャンディの方を向いてにゃーんと鳴く。了解とでも言っているようだ。
雨がどんどん強くなる。いなくなった二人は無事だろうか。




