39.彼にも事情があります!
三連休の疲れを取るためたっぷり八時間も寝た私は、今日も頑張るぞと意気揚々学校へと向かう。いつもは毎日のようにパンを焼くよう要求してくるフワリンも、さすがに昨日は休ませてくれた。
今朝作り置きのサンドイッチを食べていたら、フワリンが「今日の昼はカツカレーだな」と言ったのでお昼が楽しみでしかたがない。あのスパイシーなカレーとサクサクのカツが合わさったらどうなってしまうのか。きっと想像を超えた味になるだろう。
「カツシチューとかもあり?」
私が呟くと、フワリンは「へぷぃ」と鳴いた。「解釈違いだ」だそうだ。シチューとカツも合いそうだけどなぁ……
考えたフワリンは「シチューはオムライスにかけるとうまい」と言う。たしかにあのとろとろの卵にやさしいシチューの甘さは合いそうだ。
「夜はオムライスシチューにしよう!」
そう言って駆け出すと、あいかわらず列を作っている無数の馬車の横を通り抜けて教室に行く。しかし教室に入った瞬間、私は顔をしかめてしまった。
隣の席のハリー・ウィズレッドがすでに席についていたからである。いつもはもっと遅くに来るのに、なんで今日に限ってこんなに早いのか。楽しい気分が台無しだ。
「クリスタ、おはよう!」
教室に入るのをためらっていると、レヴィーが声をかけてくる。助かった……席につく前にレヴィーと話していよう。レヴィーに挨拶を返すと、ウィズレッドくんがこちらを見た。無視無視。
「あのね、今日は白身魚の干物を持ってきたんだ。悪くなると困るし匂いが強いから、フワリン保管してくれる?」
フワリンは大喜びで渡された袋を飲み込む。「白身魚のフライとタルタルソース」とテレパシーが送られてきて二人で顔を見合わせた。
「フライって油で揚げることだよね……カツの魚版みたいな感じかな?」
「タルタルソースって何? どうやって作るの?」
私もレヴィーも大興奮でフワリンを質問攻めにする。フワリンは「へっぷいー」とじらしてなかなか教えてくれない。もう、いじわるなんだから。
「はっ、使い魔と会話できるわけないだろ。お前ら馬鹿じゃねーの?」
ウィズレッドくんがそんな私たちを見て鼻で笑った。私とレヴィーは思わず見つめあう。
ウィズレッドくんは現宰相の長男だ。現王派閥である宰相の妹が私の父の元に嫁いだが、それはあえて現王派閥の娘と結婚させ王弟の動きを封じるため。つまりウィズレッドくんは現王派閥の人間なのだ。
だから王弟の娘である私を目の敵にするのはわかる。でも彼は王弟派の旗印ともいえる姉には友好的だった。前から変だとは思っていた。彼の言動は現王派閥の人間としてはおかしい。
でもまさか、こんなことがあるだろうか。誰よりもあらゆる情報に詳しいはずの宰相の長男が、フワリンのテレパシーの能力を知らないだなんて。そもそも隠していないので、高位貴族の人間ならみんな知っているはずの能力なのに。
はっきり言って情報に疎いとかそんなレベルではない。私もレヴィーも驚くくらい、高位貴族としてはありえないことだ。
「あの、ハリー様。フワリンはテレパシーの能力を持っているのですよ」
この時教室には、複数の生徒がいた。凍り付いた教室の空気にレヴィーがおずおずときり出す。私は横で頷いた。
「は……テレパシー? 嘘だろ」
「嘘ではありません。フワリンは複数の固有魔法を使います。テレパシーもそのうちの一つです」
みんなこの異様なやりとりを、静かに見物している。複数の視線がウィズレッドくんに突き刺さった。さすがにまずいと気がついたんだろう。ウィズレッドくんは蒼白になっている。
私はウィズレッドくんがかわいそうになって、思わず口を滑らせてしまった。
「まあ、お伝えしたことがないので、知らなくても仕方がないと思います」
それを聞いたウィズレッドくんは泣きそうな顔をした。そして勢いよく教室から出て行ってしまう。
助けるつもりが、とどめを刺してしまったかもしれない。しかしどうするのが正解だったのかわからない。
レヴィーも頭を抱えてしまった。
「あー、これはもう決定的だな……」
私にはよくわからなかったが、レヴィーはなぜこうなったのか詳しく知っているのだろう。私が事情を聞こうとすると、お昼に話そうと言ってくれる。
その後は席について、授業の予習をした。やがてキャンディも登校してきて、冷え切った教室の空気に気がついたのか、何かあったのかと聞いてくる。
ウィズレッドくんは、結局昼になっても戻ってこなかった。彼の席に置き去りにされたカバンが哀愁をさそう。
いつもの温室に四人で集まると、カツカレーパーティーが始まる。ウィズレッドくんのことも心配だけど、それはそれだ。
「んー! カレーとカツって最高に合うな! 毎日これでもいいくらいだ!」
モニークは私たちの三倍くらいの大きさの大皿に、カツを五枚も乗せて幸せそうだ。もちろんみんな大きな口で夢中になってかぶり付いている。
しばし夢中になって食べていたけど、途中でキャンディが口を開いた。
「で、結局ハリー様がとうとうやらかしたってことであってる?」
何も見ていなかったキャンディだけど、どうやら周囲がひそひそ話していた内容とカバンだけがあるウィズレッドくんの席から推測していたようだ。
モニークは教室の空気の違いにも気がついていなかったのだろう、まったくわけが分からないという顔をしている。
「あー、ハリー様。フワリンがテレパシーの能力を持っているって知らなかったんだ」
「なるほど、相変わらず甘やかされて育ったお坊ちゃんはおバカなままなのね。ウィズレッドにはお父様が忠告したのに、愛情と甘やかしは別だって」
苦笑しているレヴィーとは対照的に、キャンディは辛らつだ。前から思っていたけど、キャンディはウィズレッドくんのことが好きじゃないみたい。そういえば、ミスティア様とも仲悪そうだったっけ。キャンディの性格だと、ああいうプライドが高そうな子とは合わないのかも。
「今回のことで、ハリー様はウィズレッドを継げないことが確定しただろうね。いや前から決まってたけど、それが事実としてみんなに認識されたと思う……」
レヴィーは少し憐れんでいるみたい。モニークが不思議そうにしている。何で知らないだけでそうなるのかわからないといった感じだ。
「ハリー様は王の右腕の宰相の子供だけど、社交界では王弟の娘の聖女に入れ込んでるって噂になってるんだ。だから宰相はハリー様を切り捨てるしかなかった。ハリー様を後継者として育てても、聖女を通して王弟に王の情報が流れるかもしれない。それくらい、ハリー様は聖女にべったりだったんだよ」
なるほど、全容が見えてきた。だからウィズレッドくんは高位貴族なら当たり前に知っているはずの情報を知らなかったんだ。彼のまわりの現王派の人間は、ウィズレッドくんにどんな情報ももらさない。漏洩される恐れがあるなら当然だ。
そしてウィズレッドくんには不思議なくらい友達らしい人がいなかった。現王派筆頭の息子なのに王弟派に寝返る可能性があるとして、派閥が同じ子供も近づけなかったんだろう。
結果として、ウィズレッドくんは孤立した。そして今日、宰相から知るべき最低限の情報すら与えられていないことが発覚してしまった。現王派に完全に見放された子供として、話は全ての貴族に伝わるだろう。
「……貴族って怖いな」
モニークの顔が完全にひきつっている。私も複雑な気分だ。
「貴族っていうのはね、生まれた時から公人なんだよ。でも宰相も王家の人たちも、ハリー様のことを甘やかしすぎた。小さいころは派閥のことなんて知らなくていい、のびのびと育てようなんて無責任なことをしたんだ。ハリー様はそのせいで派閥の重要性がわかってなかった。だから聖女に入れ込んだんだ。でもそうなったらすぐ切り捨てる、王も宰相もどうかしてるけど……」
キャンディはウィズレッドくんのことが嫌いだけど、彼だけが悪いとは思っていないんだろう。
「ハリー様からしたら、わけが分からないうちに家族に見放されたって感じなのかも……だからいつも自分は優秀だって見せつけようとするんじゃないかな? 宰相からの関心を取り戻したくて」
レヴィーは、昔小麦アレルギーであることで父親に見放された。だからウィズレッドくんの気持ちが少しわかるのかもしれない。
「なんか、悲しいな。聖女様もウィズレッド様も、争いたいわけじゃないだろうに……クリスタだってそうだ。ただ、巻き込まれてる」
モニークの言葉は雪のように優しく心に降り積もる。
キャンディはうつむいて、その言葉に墨をこぼした。
「でもね私たちは、ただ巻き込まれるだけの弱者でいる事は許されないの。だって私たちの行動すべてに貴族としての責任が伴うから。そこんとこ、あのおバカはわかってないんだよ」
私も少し、自分の在り方を考えるべきかもしれない。いままでずっと逃げることが最善だったけど、少しずつ状況は変わっている。
外は雨が降ってきていた。ガラス張りの温室は、雨の音がよく響く。
「ウィズレッドくん、大丈夫かな?」
その問いには誰も答えなかった。




