36.平和にお菓子を作ります!
三連休の最終日。私たちは米の炊き方が書かれた紙を渡した後で、王子たちと別れてハンター協会の解体所に来ていた。
「じいちゃん。かなり多いんだけど頼めるか?」
モニークが解体所で一番偉そうな老人に声をかける。みんなからじいちゃんと呼ばれているみたいで、モニークも名前は知らないそうだ。
「お前はいつも多いだろうが、毎度馬鹿力で大量に担いできやがって。今日は何匹だ? まさか五匹とか言わねぇだろうな」
モニークの顔がこわばる。フワリンの口の中には、二十匹以上いるのだから当然だ。私も申し訳ないと思う。
「あーじいちゃん、紹介するな。学校でグループを組んだ子たちも今日は一緒なんだ。それで、この使い魔が……えーと空間魔法を持っていて……今日は本当にたくさん狩ってきたんだけど……」
モニークがフワリンを見ながらしどろもどろに説明する。じいちゃんはその様子を見て眉をあげた。
フワリンが「たのむぜ、じいちゃん」とテレパシーを飛ばすと、口から次々に牛や豚を吐き出した。
「は……?」
じいちゃんだけではない。解体所にいたすべての人があんぐりと口を開けていた。まあ、そうならないわけがないよね。
山のようになった獲物はキンキンに冷えている。触ったじいちゃんが再び驚いていた。
私たちはフワリンの能力を説明したが、頭を抱えられてしまう。
「なんつー羨ましい能力だ。まあ、仕事だし解体してやるよ。時間がかかるから、日没前にまた来い」
半ば追い出されるように解体所を出ると、モニークが声をあげる。見覚えのある顔がひらひらと手を振っていた。
「あれ、父さん。 どうしたんだ?」
「フワリンに頼まれてたもんができたからな。すぐ試したいだろうと思って待ってたんだ」
フワリンは「へっぷー!」と歓喜の雄たけびを上げた。私たちもフワリンの新作は楽しみだ。
「じゃあうちが一番近いから、うちで作ろうか! フワリンの新作、楽しみだな!」
モニークがはしゃいで私の手を引く。キャンディが後ろから私の肩を掴んで軽く押した。レヴィーもくすくす笑ってついてくる。
やっぱり四人でいるのが一番楽しいな。王子たちとの会話は疲れるもの。
駆け足でモニークの家へ行くと、クリードさんがフワリンの依頼で作った謎の焼き型を渡してくれる。
「なんだろうこれ。丸い凹みがいっぱい」
キャンディはその構造に興味津々だ。
「送られた映像通りに作ったが、焼くのに台が必要だろ? そっちも作ったから庭で焼くといい」
クリードさんがそう言って庭に案内してくれる。そこにはテーブルのような物が置いてあって、炭が敷き詰められていた。よく屋台で串焼きを売っている人が使っている焼き台だ。広範囲をまんべんなく焼くためのものである。
「さて、フワリン。何したらいいの?」
みんな袖をまくって準備万端だ。フワリンは「火起こしを頼めるか? 俺たちは一旦中で準備をする」と伝えた。クリードさんが焼き台の炭に火をつけてくれる間に、私たちはやらなければならないことがあるみたい。
家の中の台所に行くと、フワリンは小麦粉と卵、そして水アメと牛乳を吐き出した。
「これだけ? 他にはいらないの?」
フワリンはまず卵を割ると黄身と白身に分けさせる。白身の方をモニークに渡して、とにかく思いっきり泡立てるようにかき混ぜるよう言った。スプーンで混ぜようとしたモニークだが、フワリンがフォークを渡す。なにか違うのかな?
私には水アメを入れた卵黄を混ぜるように言う。混ぜる時はやっぱりフォークを使うみたい。
混ざったら、小麦粉を入れて少しずつ牛乳を足してゆく。フワリンの言うままにそうした後、レヴィーがおこしてくれていたかまどの火にかける。こげないようにかき混ぜながら火にかけると、やがてもったりとしたクリームになった。
フワリンが「カスタードクリーム」と呼んだそれは、水アメの分量から考えて、とても甘いのだろうと思う。
キャンディはその間に全卵と牛乳と水アメ、そして小麦粉を混ぜたものを作っていた。こちらはカスタードクリームとは分量が違うのだろう。なんというか液体に近い。
それにモニークが泡立てた卵白をくわえると、数回サクッと混ぜる。
それを持って庭へ行くとクリードさんが火おこしと、丸く凹んだ鉄板の加熱を終わらせていた。
「前回同様油を馴染ませておいたから、そのまま使えるぞ」
私たちは焼き台を囲むと、フワリンの指示を待つ。暖かいからか焼き台の下にトットが寝ていて、尻尾を踏みそうになってしまった。炭が落ちたら危なそうだから、動かした方がいいかもしれない。私はトットを持ち上げると浮遊しているフワリンの上に乗せた。トットはにゃーんと不満そうな声をあげたが、フワリンは嬉しそうだ。
「フワリンはトットが好きだね」
毛玉なのに猫好きなんてちょっと面白い。フワリンは上機嫌のまま映像を送ってきた。
「ああ、なるほど。上と下を合体してクリームを中に閉じ込めるんだね!」
キャンディが映像通り生地を半分のくぼみに流し込む。八割程度まで入れるとちょうど良さそう。表面がぶつぶつしてきたら、そこにカスタードクリームを落とす。
これからが難しそうだ。残った半分のくぼみに六割程度生地を入れると、今まで焼いていた生地をフォークで突き刺して、逆さまにして今生地を入れたばかりのくぼみに落とす。「やけどすんなよ」とフワリンが言うけど、上手にできる自信がない。
「これ、緊張する! 落としたらどうしよう!」
一番手のキャンディが勢いをつけて焼いた生地をひっくり返す。綺麗な焼き目の付いた生地は、とてもおいしそうだ。
「意外と簡単かも! はい、次はレヴィーね。頑張って!」
フォークをレヴィーに渡したキャンディは晴れ晴れとした笑顔だ。なぜか持ち回りでひっくり返す役をやることになったけど、楽しそうだからいいかな。私もやってみたけど、焼いた生地が固いから思ったよりも簡単にひっくり返せた。後は下の生地が焼けるのを待って完成だ。
「ちょっと焦げたな。次はもっと早くひっくり返さないと」
力が有り余っているせいで繊細な作業が苦手なモニークも、なんとかひっくり返せて安心したみたい。次はもっと上手に作れるはず。こうしてフワリンいわく「今川焼」が完成した。相変わらず意味がよく分からないうえに発音しにくい料理名だ。どこの国の料理なんだろう。
フワリンが「へぷー!」と叫ぶと、遊んでいたショコラが弟妹たちを連れてきた。末っ子なんてショコラの上に乗っている。重いだろうに、ショコラは優しいな。
「熱いから気を付けて食べるんだぞ」
全員にいきわたった今川焼に齧り付く。熱いからなかなかカスタードクリームにまでたどり着けなかったけど、生地はほのかに甘くて、焼き目の付いたところはサクっとしてるのに中はしっとりふわふわだ。なんだか安心する素朴な味だった。
しかし衝撃はカスタードクリームにたどり着いたときに訪れた。この濃密な甘み。舌に絡みつくような濃厚な甘さにくらくらする。カスタードクリームは一見甘すぎるようだが、生地と合わさるとちょうどいい。むしろしっとりとした食感と濃厚な甘さがぴったりマッチして、これ以上の組み合わせは無いかのように思えた。
温かいからか、卵とミルクの香りが鼻を抜けていく感覚も脳に鮮烈に刻まれる。
思わず深いため息がこぼれるくらい、体に染み渡る安堵感。素朴ながらも、この味は一度食べたらずっと覚えていられるだろう。
「これ、中身を変えてもいいかもね。フワリン! アイディアがあったりしない?」
キャンディがいいことに気がついたとばかりにフワリンを問い詰める。フワリンは「よくわかったな、ほめてやろう」と偉そうだ。カスタードクリームでもこんなにおいしいのに、他にもアイディアがあるなんて!
期待に胸を膨らませて今川焼を完食すると、別の味を作るためにみんなで買い出しに行くのであった。




