33.貴族は怖いです!
Dランクのセーフゾーンに戻る道中、私たちは王子に狩りをする許可をもらった。了承をとるとき王子はフワリンのことを見ていたから、多分フワリンの能力を見極めたかったのだと思われる。
しかしフワリンはルビーさんに能力の使用を禁止されているから、基本的に獲物を収納するか、水を出すかしかしない。しかしそれを王子に説明する理由はないので、王子はフワリンの能力をこんなものかと思っているだろう。
「まあ、狩りってこうやってやるのね! すごいわ!」
姉は狩りの光景を見てはしゃいでいる。神殿で聖女として教育をうけてきた姉は、きっと殺生からは遠ざけられてきたのだろう。ハンターの真似事をしたいらしいけど、ただ森を歩いてセーフゾーンに泊まるだけのつもりだったそうだ。
だから仲良く狩りをする私たちとは違って、王子たちは何もしない。ただ一匹だけ積極的に狩りに参加してくれている子がいた。シノア様の使い魔であるマリである。
隠密の固有魔法を持つ使い魔であるマリは、なぜか私に懐いていた。主人であるシノア様ではなく私の横にぴったりと張り付き、トットが獲物を見つけたらその固有魔法で近づいて最初の一撃を入れる。
「マリが楽しんでいるから、このまま手伝わせてくれますか?」
優しい笑顔でそう言われたら、遠慮するのも気がひける。マリは大型犬だし、もしかしたら日々の運動が足りていなかったのかもしれない。実に楽しそうに走り回っているので、そのまま好きにさせておくことにした。
マリは狩りに貢献するたびに、ほめてもらいに私のところに来る。それがなぜかはわからないけど、シノア様はそんなマリを静かに観察していた。
それから四時間ほど経過して、私たちはセーフゾーンに戻ってきた。昨日までハンターのテントしか建っていなかったのに、ネオライト王国を表すドラゴンの意匠が描かれた軍用テントが建っている。それとは別にひどく立派なテントが二つあって、さほど広くないセーフゾーンを圧迫していた。
「お父様。ただいま到着いたしました」
ミスティア様が軍人の一人に声をかける。一番偉そうな軍服をまとった小柄な男。お父様と呼ばれたということは、ファルマ侯爵だろう。彼はこちらを見て顔をしかめた。
「殿下……その者たちは? いけませんよ、殿下ともあろうお方が下賤なハンターとたわむれるなど……」
「聖女の妹君たちだ。偶然会って一緒にきた」
二人とも笑顔だが、なんだか怖い。王子にとってファルマ侯爵はいつ背後から刺されるかわからない政敵だ。腹の探り合いなら私たちを巻き込まずに城でやってほしい。
ファルマ侯爵の目が私に向けられる。
「ああ、これがそうなのですか。サードとノームの子に、奇跡の子までいるようですね。……お友達は選ばれた方がいいかと思いますよ」
これときたか。父の腹心にまで物扱いされるなんて腹が立つけど、物扱いでも私が中立派に混ざっているのは嫌みたいだ。フィストリアの娘らしく王弟派と仲良くするべきだと言いたいのだろう。嫌味な人だな。
「ははは、学園のグループは特別なものだ。彼女らはとても仲が良いから、きっと卒業後も変わらないだろう。私はそう願っているよ」
王子が返答しながら私を見た。この発言は私に対する脅しともとれる。王子は敵にならなければそれなりに遇するが、そうでないなら容赦しないと言いたいのだ。
なんだか胃が痛くなってきた。知らずため息がこぼれる。楽しい休日が台無しだ。
「クリスタ! 今夜は私がスープを作るわね! これでも得意なのよ!」
私たちの不穏な会話をすべてスルーして、姉が私の手を取った。聖女が料理なんて、本当に作れるのかな? フワリンが「へっぷっ」と鳴いて不安そうにしている。
「ガーデンの子供たちに少しでもおいしいものを食べてほしくて、お城の料理人に習ったの。パンだって焼けるのよ。クリスタに食べてほしいわ」
ガーデンはソレイル神の庭、すなわち孤児院のことだ。なぜこのように呼ばれるようになったのかは、神話に由来する。ソレイル神が降臨なさったときに恵まれない子供たちを庭に集めて祝福を授けたという逸話があるのだ。
姉が言うと、王子が綺麗に微笑んでそれを塗り替える。王子は姉の手料理よりも、フワリンの能力検証がしたいのだ。
「私は使い魔の料理とやらを食べてみたいね。神殿から、面白い料理のレシピを教えてくれる使い魔なのだと聞いているよ。アンネマリー、今日は妹君と使い魔にまかせるのはどうだろう」
「まあ、そうなの? クリスタ。では私も一緒に手伝うわ」
姉はこんなに素直でいいのだろうか。見事に王子の思うままに操られている気がする。
「料理が得意な使い魔なんて……庶民的で、出がらしにはお似合いね」
ミスティア様が姉には聞こえないように呟いた。私はその発言に違和感を抱いた。私は庶子だけど、彼女が仕えるフィストリア公爵の娘なのだ。中立派のキャンディに嫌味を言っていたことも含めて、どうにも周りが見えていないように思う。
彼女の父親はパワーバランスを理解し慎重に立ち回っているようだったが、娘の方は浅慮がすぎる。聖女の側近としておくにはあんまりな人選だ。
まるで最初から捨て駒として育てられたみたいな……
私は首を振ってその怖い想像を打ち消した。背骨に冷たいおぞ気が走ったが、これ以上考えたらもっと怖いことに気がついてしまいそうだ。
「フワリン、どうする?」
私がフワリンに問いかけると、実に嫌そうにパンだけ食わせとけと伝えてきた。料理を人に食べさせるのが好きなフワリンが珍しい。
「申し訳ありません。狩りで疲れてしまったみたいで……作り置きのパンだけお出しします。スープは、聖女様が作ってくださいますか?」
「そうね、フワリンはたくさん魔法を使っていたものね。スープはまかせてちょうだい!」
王子は露骨に顔をしかめたが、ギリギリ命令に背いたことにはならないはずだ。フワリンのパンを食べたなら、それが特別なものであるとすぐにわかるから。
姉が料理の準備をはじめると、モニークが率先して手伝っていた。聞くと姉と一緒にガーデンで料理を作ったことがあったそうだ。
思った以上に姉は手際よく食材を切っていた。ファルマ侯爵と軍人たちは別で食事を作っている。あくまで護衛だからだろう。
王子とミスティア様は全く手伝ってくれる気配がなかったけど、こちらのグループとシノア様は姉に手伝えることはないかと聞いていた。
「肉は干し肉でいいのですか? よければ狩った肉を解体しますが……」
料理となると気になってしまって、私は姉に声をかける。姉が少し目を見開いてすぐに嬉しそうに笑った。
「干し肉の方がいいと、城の料理人に習ったわ。肉の味が濃くなって、おいしいスープになるの」
チラリとフワリンの方を見ると「へぷ」と同意している。なんでも新鮮な方がいいわけではないのだな。
姉は私をまっすぐに見つめる。七色に輝く宝石眼がとても綺麗で目が離せない。
「私ね、料理が好きよ。みんなおいしいって喜んでくれるの。クリスタも料理が好きなのよね。それを知れて嬉しいわ」
「……はい」
なんとなく気後れして短い返事しか返せなかった。私は姉のことが嫌いではない。色々なしがらみで仲良くはできないけど、もしも普通の姉妹だったならと、この時確かに思ったのだった。




