嘆きなき夜明けを求めて
久しぶりに、五人揃ったので、遅くまで話し込んでしまったが、エイレーンが目覚めたのはまだ朝日が昇る前だった。何故か、じっと出来ず、普段の服に着替えて、廊下を出る。
そして、一つの場所を目指した。時を知らせる鐘がある塔だ。そこへの扉を開いて、ゆっくりと歩く。螺旋を描く階段には、小さな窓が付いており、そこから外が見える。夜の色が少し薄くなった空が飾られている絵のように見えた。
聞こえるのは自分の足音と吐息、そしてどこかで鳴く鳥の声。階段を登り切り、扉を開ける。
薄暗い夜の色に遠くから、ほんのりと白んで来る。もうすぐ、朝だ。少しずつ昇ってくる太陽を感じられるように全身を預けた。
「エイレーン」
穏やかな声の方を振り返るとクシフォスがいつの間にか階段を上ってきていた。
「おはよう、クシフォス」
「おはよう。……考え事か?」
どうやら、お見通しのようだ。エイレーンは小さく頷き、再び太陽の方を向く。眩く優しい光が、この町を照らしていく。家々の煙突からは煙が揺らめき、朝の支度を始めているようだ。
「――嘆きなき村」
唐突にエイレーンはそう呟く。
「私の母がかつて住んでいた、魔力を持った人達が笑顔で暮らしていた村の名前よ」
エイレーンの言葉を待つように、クシフォスは黙っていた。
「もし、そんな場所をもう一度作ることが出来るなら、と思っていたの。……手伝ってくれる?」
「もちろんだ。俺は君のためにこの目を使うことを自分に許したんだからな」
迫害を受けている魔力を持った者達を見つけて、受け入れていくことは難しいかもしれない。それでも、ここにいる皆の力があれば望む世界を作ることが出来ると信じたい。
「あ、二人ともおはよう」
「何だ、こんな所にいたのか。朝食、出来たぞ」
扉からミリシャとロア、イリシオスが次々と出てくる。
「ほう、朝日か。良い眺めじゃな」
何度もその景色を見てきたであろうイリシオスが愛おしそうに太陽を見る。
「クシフォスと昨日の話の続きをしていたの」
「その事を二人とも色々と相談したんだけれど、この教会をその拠点に出来ないかしら?」
ミリシャからのまさかの申し出にエイレーンとクシフォスは顔を見合わせる。
「教会に住んでいるなら、とても良い隠れ蓑になると思うの」
「それは……良い考えだと思うけど、あなたは良いの?」
「えぇ、私は場所を提供するぐらいしか、持っているものがないから。それにこの世界に幸せになったらいけない人なんて、いないと思うの」
まるで自分を諭すようにミリシャは真面目にそう言った。だから、自分も幸せになってもいいのだと伝えるように。
「……うん。ありがとう、ミリシャ」
「あとは、国を成立することが一番の問題だが……そこは、クシフォス。お前の力を貸してもらうぜ。何せ、今の時代は教皇様には逆らえないようになっている。『イグノラント王国』を作ってもいいって教皇から直接お墨付きさえもらえば、うちの兄貴も頷くしかないからな。この地方を貰えるなら、あとはアリフォシアの王位継承権はいらないし、俺は大人しくしておくという条件付きでな!」
「……その際は一緒に教皇のもとへ出向いて貰うぞ。俺はあまり国政などに詳しくないからな」
「うむ。その時はわしも行こう」
傍から見たら、五人の話は無謀に思われるかもしれない。それでも、夢を語らずにはいられないのだ。どの時代であれ、人が求めるのは豊かさと自由だ。それを現実にしたいと願うことは罪には問われないはずだ。
そこで、エイレーンはもう一つの考え事を思い出す。
「あの、皆に一つだけ、お願いがあるの」
ずっと心残りであったことをエイレーンは秘密を共有するかのようにこっそりと打ち明けた。
五人が国を作る準備を行い始めてから、一週間が経った。クシフォスはそのまま教会に住むようになり、エイレーンに関する記憶を失ったデジル達はクシフォスの伝手で都へと送還されたらしい。その後は、違法な魔女狩りの仕方について追及され、罰せられるとのことだ。
エイレーンの周りでは穏やかに過ぎているように見えるが、意外と忙しなかった。だが、本格的に動く前にどうしてもやりたいことがあったのだ。
「それじゃあ、行ってくるわ」
教会の門の内側にはミリシャとロア、イリシオスの三人が並んでいる。その外側にはエイレーンとクシフォスが旅をする格好で立っていた。
「……終わったら、すぐに帰ってくるのよね?」
何度も確かめるようにミリシャが尋ねてくる。
「もちろんよ。……私の家はここだもの」
これから、エイレーンとクシフォスはトリエ村へと出発しようとしていた。その理由は、エイレーンがトリエ村の事をずっと気掛かりにしていたからである。
デジルの差し金とはいえ、魔物により村をめちゃくちゃにされた。そして、そこから逃げるように目を背けてきたことを気にしており、謝りたいと思っていたのだ。
「でも、嫌なこととか、されるんじゃ……」
「心配ない。その時は俺が彼女を守る」
クシフォスが大きく頷き、ミリシャに答える。
「二人が留守の間、教会と町の人の事は任せてくれ」
「うむ。もちろん、ミリシャのこともな」
ロアとイリシオスが頼もしく頷く。
「よろしく頼むわ。……ミリシャ、手を出して?」
言われるがままミリシャは右手を出す。そこには首飾りになっている雫の形をした石が付いていた。色は空のように澄んだ青色で、エイレーンの瞳と同じ色である。
「これって……」
「あなたを守ってくれますように、と魔法をかけて作ったの。この石は私の目と一緒の色なのよ。遠くに行っても、ミリシャを見守っているから。だから……」
言い終わらないうちに、ミリシャがエイレーンの首に手を回して抱きついてくる。一度、強く抱きしめて、それから離して、顔を上げてこう言った。
「私、待っているわ。時間がかかっても、ずっと、ずっと待っているから。……気を付けて、いってらっしゃい」
「……いってきます」
これは、守るべき約束だ。絶対に忘れてはならない、大切な約束。それを噛み締めるように頷いた。
三人に見送られながら、二人は旅立った。トリエ村に着くまで、二日程はかかるだろう。
「…………」
何か会話をした方がいいのかもしれないが、トリエ村へ行くということもあり、緊張しているため、エイレーンはずっと無口のままだった。
「怖いのか?」
隣を歩いているクシフォスが周りには誰もいないのに小声で聞いてくる。
「それは、まぁ……。でも、私にも責任はあるもの」
強気な声でそう返すが、少し声が震えてしまった。ふっと、右手が柔らかく温かいもので包まれる。
「大丈夫だ。俺も隣にいる」
優しく穏やかな瞳で彼はそう言って微笑んだ。
彼が隣に居るならば、少しは強くなれるかもしれない。真っすぐと背を伸ばして、トリエ村の村人達からの言葉と感情をちゃんと受け止めるために、今、自分は歩いているのだから。
握られた手に力を込めて、エイレーンは笑顔を返す。
「大丈夫。もう、逃げないわ」
隣にはクシフォスがいて、帰ったらおかえりと言ってくれる場所がある。それだけで、十分な心の支えだ。
首に下げたお守りを握りしめる。顔を上げると空はどこまでも遠くへと続き、終わりがないように見えた。頬を触れる風に思いを馳せながら、軽く目を閉じて強く歩みを進める。
もう、立ち止まることがないように、ただ歩き続けた。
それから数年後、地方だった町は「イグノラント王国」として成立し、ロアは無事に若き国王として即位し、イリシオスが隣で政策を補佐した。その後は農業を中心に発展していき、無事に食糧難を越えて、周辺の地域からの移住者も増えるようになった。
教会のあった場所には、魔女狩りや迫害から逃れてきた魔力を持った者達が集まり、一つの組織を作った。それはエイレーンの母が住んでいた憧れの地、「嘆きなき村」からとって、「嘆きの夜明け団」と名付けられた。
そして、表向きには国が人々の暮らしを整え、裏からは嘆きの夜明け団が魔物から人々を守るよう活動し、イグノラント王国は次第に小国から周辺の国を吸収した大国へと変わっていくこととなったのである。
時代とともに、魔法や魔物が物語の中でしか語られなくなったが、それでも嘆きの夜明け団はひっそりと人々の生活を影から支えていくこととなった。
その歴史の裏舞台で、嘆きの夜明け団の礎を作った五人の話は後々、語られていき、エイレーンはたくさんの魔女や魔法使いから感謝と畏敬の意味を込めてこう呼ばれるようになったのである。
―――「黎明の魔女」と。
「黎明の魔女」 完
「黎明の魔女」を最後まで読んで下さってありがとうございました。これは、「真紅の破壊者と黒の咎人」へと続く、最初の物語でもあります。
何故、「嘆きの夜明け団」は作られたのか、どうしてエイレーンは「黎明の魔女」と呼ばれるようになったのか。
ですが、一番書きたかったのは、エイレーンが魔女だということに葛藤し、そして選んで進んでいく、等身大の人間としての彼女を書きたかったために生まれた話でもあります。
のちに偉大だと謳われるようになったエイレーンも、ただの女の子で、悩んだり、怒ったり、泣いたりするのだと、誰でも、嘆きはあるのだとそれを文章として描きたかったのです。
そして、エイレーンの人生はまだ、終わっておらず、これからが始まりとなります。続きは一応、考えているのですが、それはまたいつかの機会に……。
長文のあとがきでしたが、読んで下さってありがとうございました。いつか、誰かの心に残るような作品を書けることを願って、また精進してまいりたいと思います。
伊月ともや




