言わぬ優しさにさよならを
デジル達はそのまま古びた教会で寝かせたままにすることにした。エイレーンに関する記憶は消したまま、教会本部がある都へと送り返すとクシフォスは言っていた。
その後、真面目な異端審問官に身柄を渡して、教皇により罰を下してもらうらしい。
魔力を取り戻したエイレーンとクシフォスは急いで教会へと戻った。
何も言わないまま二日も空けていたので、ロアとイリシオスは心配していたと半ば小言のように言ってきたが、それを話半分に聞きながら、エイレーンはすぐに解毒薬を作り、その日のうちに町の人達とミリシャにも飲ませる事が出来た。
即効性のある薬ではないため、一日かけて様子をみてみると、少しずつ顔色が良くなり、食欲も出るようになった人が増え、三日目にはほとんどの人が回復に近い状態で、自分の家へと帰ることが出来るようになった。
そして、エイレーンが薬を作って、五日目。最後の患者を見送り、教会内が空っぽになったため、一人で教会の扉前の広場を掃き掃除していた。
デジルの一件で、自分が魔女だとこの町の人々に知れ渡ったが、そこはクシフォスが上手く収めてくれたらしく、余計な揉め事が起きないようにエイレーンを「薬師」だと紹介していた。
掃除をしている最中、通りすがりの町の人がエイレーンに挨拶をしていく。そして、ありがとうという言葉を貰うことも多くなった。
「…………」
だが、まだ心に残っていることがある。トリエ村のことだ。自分はあの村から逃げた。それだけが胸の奥で突っ掛かり、拭い切れない。
「少し良いか、エイレーン」
ふと、教会の扉が開いて、イリシオスが悪戯っぽい笑みで手招きしている。何事だろうかと、エイレーンがそちらの方へと足を向けると、教会の扉が大きく放たれた。
一瞬、何と言えばいいか分からず、手から箒だけが滑り、地面へと落ちる。
「――エイレーン」
そこには元気な姿のミリシャがいた。少しやつれているが、顔色は寝込む前に戻っている。
「ミリシャ……」
「ありがとう。あなたのおかげで、元気になれたわ」
少しずつ歩み寄ってくるミリシャにエイレーンはくしゃり、と表情を崩した。
「ミリシャ、ごめんなさい……。私、あなたにずっと魔女だって言い出せなくって……」
手の甲で涙を拭うエイレーンの肩をミリシャは抱いて、苦笑した。
「それなら、私も謝らなくちゃ。……だって私、あなたが魔女かもしれないって分かっていたのに、それを話して貰える機会を作らなかったんだもの。きっと、ここからは入っちゃいけないって、勝手に一線引いてね」
だから、ごめんねと言ってミリシャがエイレーンの頭を右手で子どもをあやすように撫でる。
「私にとって、エイレーンは大切な友達で家族みたいなものだから、魔女かどうかっていうのはあまり重要じゃなかったの。ただ、私はエイレーンが自分にとって必要だって思える人だから……それだけは、分かっておいてくれると嬉しいな」
知らなかったのは自分だけで、彼女もまた、自分が人に必要とされたかった事を分かっていたのだ。エイレーンは泣きながら笑みを浮かべ、静かに頷いていた。
その日の夜、ロアから呼び出され、全員が厨房へと集まった。ロアの隣に座っているイリシオスはいつもと違う固い表情をしている。何か、真面目な話だろうか。
全員が集まったのを確認してから、ロアは唐突にこう言った。
「この町を中心にアリフォシア王国から独立した、国を作ろうと思うんだけど」
突然の言葉に、エイレーンは飲もうとしていたお茶を噴き出しかける。
「えっ、どうしたの、ロア……。熱でもあるの?」
快復したばかりのミリシャにそう問われ、ロアはがくりと肩を落とす。
「いやいや、本気だから。あー……俺さ、実はアリフォシア王国の現国王の弟なんだ」
今度はクシフォスがお茶を喉に詰まらせた。見かねたイリシオスが溜息を吐きながら、皆を見渡す。
「見た目は王子などには見えぬが、こやつはふざけて言っておるのではなく、真のことじゃぞ」
「おい、イル。それはひどくないか。……まぁ、いいや。とにかく、この町の現状を回復するためには、イグノラント地方として自治させていくのではなく、国として成り立った方が、いいと思ったんだ。周りの町や村は都に農作物を出荷してばかりだからな。それを止めて、こっちはこっちで発展させていった方がいい」
本当に民の上に立つ者のような物言いにエイレーン達はぽかん、と口を開けていたが、ミリシャが嬉しそうに声を上げた。
「そうしたら、食糧難も越えられるかしら? 国として成り立つなら、人だって増えるだろうし、この町も昔みたいに、賑やかになれるというなら私は賛成だわ」
「……でも、そう簡単に国なんて作れるのか? まず、王がいないと国として成り立たないぞ」
「あ、それは大丈夫。俺が国王になるつもりだから」
胸を張るロアに皆は白い目で見ている。イリシオスがまたもや横から助け船を出す。
「こやつの本名はグロアリュス・ソル・フォルモンドと言ってな。太陽と月が従う者というご立派な名前なのじゃ。幼い頃から、王の器としての勉強をずっと怠らずにやってきておるから、頭の方は問題ないぞ。まぁ、兄王から嫌われておるが」
「おい、だから言い方が悪くないか……」
「ロア、それなら一つ提案がある」
クシフォスが手を上げて、エイレーンの方をちらりと見る。
「何も罪を犯していない魔女や魔法使いを違法な魔女狩りから守る規定を作ってほしい」
「っ……!」
「アリフォシア王国は他の国程ではないが、魔女狩りは度々行われている。その中には罪が無い者が異端者として仕立て上げられる事がよくあるんだ。俺はそれらから、エイレーンを……守りたい」
目を大きく開き、クシフォスを見る。彼は真剣な顔でそう言っていた。
「なるほどな。……それなら、こういうのはどうだ? ここらには魔物が多いから、保護した魔女や魔法使い達にそれらを討伐してもらうんだ。国の組織としてな」
「ほう……中々、良い案じゃ。確かに魔物を討伐出来るのは魔力を持った者だけだからのぅ。国がお抱えになれば、安心して魔法も使えるし命の保障もある」
「それなら、どこかにまとめて暮らせる場所があればいいわね。どこがいいかしら……」
次々と魔女に関することが決まっていく中、エイレーンはそれをどこか他人事のように聞いていた。




