確信する真理は欲望の果てに
翌日、町へ戻るためにエイレーン達は朝食を摂ってからすぐに出発した。
しかし、他にも薬を作る際に必要な薬草を採取して、川を浄化しながら帰らなければならず、町に着いた頃には日も傾きかけていた。
思っているよりも、心は落ち着ていた。クシフォスが隣にいるからだろうか。この後、自分がどうなるかは想像出来ないのに、彼がいるだけで、妙に落ち着てしまうのだ。
「……行きましょう」
本当はミリシャ達の待つ教会へと速攻で戻りたいが、デジルと約束をしているため、仕方なく彼が待っている古びた教会へと向かう。
扉を叩き、ゆっくりと開いていく。そこにはデジルを含め六人の男がいた。
「ほう、戻ってきたか」
驚きつつも満足そうに彼は笑った。だが、嫌な感じがして、背筋に冷たいものが流れる。
「当り前よ。……これが薬の材料で、魔物の心臓よ」
「なるほど、これが……」
エイレーンから魔物の心臓が入った瓶を受け取り、珍しそうに眺めながら、にやりと笑った。
「よし、分かった。……この者を捕らえよ」
「っ!?」
デジルの後ろにいた男たちがエイレーンに突如、縄をかけ始めたのだ。あまりの事に、エイレーンは状況が掴めずにいた。その代わりをクシフォスが声を上げて訴える。
「どういうことだ、デジル!? 貴様、彼女を騙したのか!?」
クシフォスも男二人に背中を押さえつけられ、床の上に這いつくばるような形になっている。
「騙したも何も、私はただ約束をしただけだ。薬の材料をとってきて、ここに戻れと」
「っ!!」
「薬は……!」
エイレーンが出来る限りの大声で叫んだ。遠慮なく縛られた縄が痛いほど身体に食い込む。
「薬は作らせてくれないの!? 私が作らないと、町の人達が……!」
「誰が、そこまで約束したかね? なに、心配することはない。こちらで薬師を手配して作ってもらうよ。……さぞや、この町の人間共には良い値段で売れるだろうね」
不気味な笑みが描く弧が、脳裏に張り付く。
「まさか、町の人達に売りつける気なの!? ここに……この町に薬を買える程、大金を持っている人はいないのよ!?」
食糧難が続いているとミリシャは言っていた。そのため、簡単な薬だったら彼女が作って、町の人に渡していたのだ。
「そのような事、分かっておる。だが、緊急事態には、人は何をするか分からないだろう?」
「つまり、人に犯罪で手を染めさせてまで、金を手に入れようというのか」
低い声で、クシフォスは吐き捨てるように言った。
「そこまでは言っておらぬ。自らのために金をどう手に入れるかは人それぞれだ」
「そうやって、今まで、罪のない人々を魔女に仕立て上げて、彼らの持つ財産を根こそぎもぎ取ってきたのはお前たちだろう!」
男の一人がクシフォスを黙らせようと、背中を足で踏みつけた。
「俺は知っているぞ。対象者を魔女に仕立て上げるために、お前たちが他の魔女と密通し、魔物を使役していることを」
まさかの言葉に、エイレーンはクシフォスを仰ぎ見る。
「最初から、おかしいと思っていたんだ。普通、密告がない場合は魔女行為が確認でもされない限り、魔女の存在は知られることはない。だが、今回は違った。夜中に魔物がトリエ村を襲い、異端審問官であるお前たちがその翌日にあの村に来たことが、あまりにも早すぎる」
そういえば、そうだ。クシフォスは自分のために先回りしていたとはいえ、風が知らせてくれた自分を追ってくる異端審問官があまりにも来るのが早かった。
「お前たち、最初から仕組んでいただろう。彼女を悪い魔女として仕立てるために、村を犠牲に魔物を放った。違うか?」
しばらく、沈黙が流れた。嫌な空気にエイレーンは身を震わせる。
「――どこぞの真面目な犬が嗅ぎまわっていると思ったら……。そこまでお見通しだったとはね」
デジルの顔が今までで一番、醜く見えた瞬間だった。
「そうさ。この女にはなぁ、一番の賞金が懸けてあるんだよ。都の可笑しな趣味をお持ちの貴族様の中には、魔女を欲しがる方もいてなぁ。大人しく連れていけば、大金がもらえるのさ」
途端に今までとは違う態度を取り始めるデジルは、汚く大笑いした。そこに、異端審問官の姿はなく、あるのは金に飢えた、ただの人間だった。
「どうやって、彼女の事を知った」
クシフォスは自分の事は口外せずに生きてきた。それが奇妙だと感じたのだろう。
「お前が自分で言っていたじゃねぇか。俺達にも魔女が付いているんだよ。昔、魔女狩りで拷問しようとした際、何でもするから助けてほしいと懇願されたのさ。今じゃあ、魔女も俺達の飼い犬みたいなもんだ」
つまり、同じ魔女が自分の居場所を見つけたという事か。
「全く、皮肉なものだな。同じ魔を持つ身だというのに、自分の安全のためにあっさりと他の魔女の情報を売るもんだから、我々も次から次に金が舞い込んできて仕方がないよ」
縄には何か魔防の魔法がかかっているのか、魔法が使えなかった。捕らえられたエイレーンを見下すように冷たい視線を向けながらデジルは鼻で笑う。
「本当に、可哀想なもんさ。全部、お前さえいなければ、巻き込まれずに済んだってのに。この町もトリエ村も……あの娘も」
デジルの言葉の一つ一つが、エイレーンの心の奥へと突き刺さっていく。
ミリシャの笑顔が浮かんだ。あの日、自分がミリシャに会っていなければこんな事にはならなかったのか。
いや、それ以前に自分がトリエ村を助けなければよかったのか。
それとも、魔女として生まれてこなければよかったのではないか。
そうすれば、ミリシャも、この町もトリエ村も、そしてクシフォスの人生を巻き込まずに済んだのではないか。様々な思いが身体中を駆け巡り、熱をうちから出し始める。
言われたではないか、トリエ村でも。お前さえいなければ、大切な人は死ななかった、と。石を投げられ、冷たい言葉を吐かれたではないか。最初から、分かっていたことじゃないか。
―——お前さえいなければ。
その言葉が、エイレーンの中で抑えていた一つの感情の鍵を開けてしまった。
ばんっ、と鈍い音と共に、エイレーンを抑えていた男二人が同時に壁に叩き込まれるように飛ばされる。縛っていた縄は一瞬にして粉々に砕け散った。
「なっ……」
さすがのデジルも目を丸くして、後ずさりしている。エイレーンの瞳は虚空を見つめ、波打つことなく静かだった。そして、右足を思い切り床を蹴るように鳴らした。どんっ、という音とともに、床から無数の茨が生え始める。
「わっ……。何だ、これはっ!?」
足元から突如、生えてきた茨はデジル達の足元をぐるぐると巻き付き始め、動きを捉える。
「何をする!?」
「動かない方がいいわよ。動くほど、締め付けるように魔法をかけたから」
そう言っているうちに、腰の高さまで茨は上ってきて、デジル達の身体へ巻き付いていく。
「おい、離せ! 助けろ! こんな事をして済むと思っているのか!?」
「えぇ。だから、あなた達を消すことにしたわ」
自然に、何事もないように抑揚なくそう言った。
「なっ……」
絶句するデジル達にエイレーンは魔女らしい笑みを浮かべる。
「お、おい、やめろ……! 分かった! 悪かった! 許してくれ!!」
「……そうやって、命乞いする人達を無残に殺してきたのは誰よ!! 自らの欲望のために人の命を簡単に奪ってきたのはあなた達よ!」
響く声ではっきりとそう告げて、エイレーンは溜息を吐く。
「これは返してもらうわ。でも、もう……喋らないで」
デジルから魔物の心臓が入った瓶を奪い返し、ぱちん、と指を鳴らす。途端に、デジル達はがくりと、身体から力が抜けるように項垂れた。




