その一歩は君のために
翌朝、他の三人にも厨房へと集まってもらった。皆が寝ている広間では大きい声で話せないし、自分達の病に関わる事を聞かせたくなかったからだ。
クシフォスもここの一室を借りて寝泊りしてくれている。しかし、交代で看病をしているとは言え、十分な休息を取れていないため、三人の表情にも少しだけ疲労が見えた。
「病の原因を探す、か……」
ロアが腕を組んで低く唸る。難しいことは分かっているが、協力してもらいたいのだ。
「まず、いつからこの病が始まったのか遡ってみないか?」
「そうじゃの。まず、最初にここに運ばれたのは子どもと中年の男性じゃ。二人に接点はない。その後も次々と町の住民がここへと運ばれた」
「もう、二十一人目だ。流行り病の可能性は?」
確かに、ミリシャが倒れたことで、病が発症しているのは二十一人だが、もしかすると教会に来ていないだけで、他にもまだいるかもしれない。
「ふむ……。それなら、何故、わしらにはかからぬ? ミリシャも同じように過ごしていた。何も変わりなどなかった」
「まぁな。けれど、町の人達だって家族ごと病にかかっていたり、一人だけだったりとばらばらだ。それに放牧されている牛も熱出して倒れているって話だぜ」
「それなら、他の事から原因を探ろう。例えば、どうして病にかかったのか……。病にかかる原因はいくつかある。誰かに直接うつされたり、直接何かを口に入れて具合を悪くしたり……」
クシフォスの言葉にエイレーンは固まる。
「ねぇ、口に入れるって、何を?」
「え? 入れるものって言ったら、食べ物か水か……そのくらいだろう? 間違えて、毒茸を食べて倒れるなんてよく聞く話だ」
毒、その一言がじんわりと染み込んでいく。
「食べ物……集団感染か? いや、それなら先日の炊き出しから随分と日が経っているし、ここに運ばれている人の中には炊き出しに来ていなかった人もいたぞ」
「ふむ、その線はないだろう。だが、毒物を食べるか……。それならばミリシャと同じ食事をしていたわし等も食っておるはずじゃ。体に何も影響が表れていないならば、食べ物が原因ではないだろう」
違う。何かが引っ掛かる。食べ物ではない。流行り病でもない。うつされたわけでもない。それならば、何が原因だ。
ふと、何かが浮かんだエイレーンははっとして、立ち上がり、駆け出した。突然のエイレーンの行動に三人も驚いたが、その後を追う。
「おい、どうしたんだ?」
クシフォスの声はしっかりと届いているはずだが、返事をする余裕はなかった。エイレーンは書庫に入ると、その部屋の壁に掛けられていた絵を外して、その場にある机の上に置く。
「……この町の地図、か?」
「ここが、この教会。……ねぇ、クシフォス。あなた、昨日はどこの森へ行ったの?」
エイレーンの質問にクシフォスは眉を寄せたが、静かに指を差す。
「北の森だ。魔物は多いが俺が借りていた小屋があった森だから、道も覚えている」
「魔物の事、知っていたのか」
ロアが驚いたように目を見開く。あまり一般人からは魔物の存在は認められていないが、彼もイリシオスから魔物の事は聞いているのだろう。
そういえば、クシフォスが異端審問官だと知っているのはイリシオスだけだった。
「今更だが、俺は異端審問官だ。魔物の事も当然知っているし、そこにいるイリシオスが魔女のような存在だとも知っている」
口をぽっかりと開けて驚きを隠しきれないロアだったが、イリシオスは静かに頷く。
「だが今は、関係ないことだ。イリシオスやエイレーンをどうこうしようと言うわけではない。俺が今、やるべき事は異端審問官としてではなく、俺一人として、この現状をどうにかしたい」
その瞳は揺ぎ無く、その場にいる者を見渡していく。その覚悟にロアも深く頷いた。
「あぁ、俺もだ」
「エイレーン、気付いた事があるのじゃろう? 話を続けてくれ」
「えぇ。……この町の西側には二つ森があるでしょ? 北と南に分かれる森よ。二つの森にはそれぞれ小川が流れていて、森の出口辺りで一つになっているわ」
エイレーンは地図を指差しながら、それぞれの場所を確認していく。
「北の森はクシフォスが言っていた通り、魔物が多いわ。でも、南はそれほどまでではないから、ミリシャはよくこの森へ山菜を採りに行くのよ」
昨日も恐らく同じ森へ行っていたはずだ。
「……ねぇ、クシフォス。あなた、北の森へ行った時、どうやって水分を補給した?」
「え? ……それは、川の水で……」
そこで、クシフォスは何かに気付いたように、はっとしてエイレーンの顔を見る。
「でも、あなたは大丈夫だった。なぜなら、北だったから。じゃあ、南は? もし、ミリシャが南の川の水を飲んでいて、そして、その同じ水が町の方まで流れてきているとしたら……」
「まさかっ……」
ロアは話の先を聞かずに走り出す。恐らくミリシャに聞きに行ったのだろう。
「……もし、この水が町全体に流れていて、町の人達が飲んでいた、という可能性はないかしら。それなら、同じ日に一気に病で倒れる人が居てもおかしくないわ」
自分達は普段、教会の敷地内にある井戸の水を飲んでいる。だから、この病が発症しなかったのだろう。
「それほど、即効性がある毒なんて……」
さすがのクシフォスの表情も戸惑いを隠せないでいる。もし、彼が気まぐれで南の森へと行っていたら、彼も倒れていた可能性だってあったのだ。
「それならば、牛などの動物が倒れている事にも合点がいくのう……」
確かに、家畜を川へ連れていき、水を飲ませることもあるだろう。
「だが、全員が川の近くに住んでおるとは限らぬ。わしらが最初に連れてきた男の住まいは教会の北だと言っておった。川の近くではない」
「そう……」
すると、クシフォスが顔を上げる。
「なぁ、川の水だけじゃなくて、魚を食べたんじゃないか?」
「え?」
「もしくは、川で何か食べ物を洗った可能性だってある」
「なるほど……。だが、たった一度、水に付けたものを口に含めただけで病が発症するとは……。これは簡単な毒よりも恐ろしいものかもしれぬ」
イリシオスの言った言葉に、エイレーンは口をつぐむ。水はずっと流れているものだ。簡単に止める事は出来ない。
もし、魔法で水の流れを無理やりにでも止めたならば、他の事に影響が出るかもしれない。
しかし、現状のようにこの病のもととなるものが流れたままだと、この町から都市の方まで病に侵される人が更に増えてしまうだろう。そこへロアが走って戻ってくる。
「ミリシャにも確認とったけど、川の水、飲んだって!」
その場で三人は見合わせる。恐らく、間違いはないだろう。
「だが、川の水を飲んだ事が原因だとしても、川の水に何かが含まれたという事が分からなければ薬の作りようもないのう……」
「確かにそうね。……だから、私、川の水を調べに行って来るわ」
エイレーンのはっきりとした強い言葉に三人は目を見開く。
「……他の異端審問官がうろついているんだぞ」
「それでも行くわ。……もう、ここで見ているだけは嫌なの」
ミリシャは今まで自分を守ってくれていた。ならば、今度は自分が彼女のために動く番だ。
「……仕方ない、か」
諦めたようにクシフォスは息を吐く。
「ただし、条件がある。俺も同行する」
「分かったわ。……二人には残ってもらって看病を続けてもらうけど、大丈夫? 出来るだけ、すぐ帰って来るわ」
「任せろ。二人で何とかしてみせるさ。な、イル」
「うむ。原因が分かった今、その病に合った薬を作ることが最優先じゃ。……頼んだぞ」
「えぇ。行くわよ、クシフォス」
エイレーンはクシフォスを伴い、二人に背を向ける。
「……ミリシャのこと、お願いね」
去り間際にエイレーンは軽く後ろを向いて静かに呟いてから、その場から去る。
彼女は強がりで、頑固者だ。こうと決めたら、絶対に譲らない。だから、自分が外へ出ることもきっと許してはくれないだろう。
……あなたのためって言っているけれど、これは私のためでもあるわ。
逃げないと決めた自分を強くするために。エイレーンは力強く一歩を踏みしめていた。




