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「なんか、いいですね」
胸にじんと迫ってくるものを感じて、ありのままの気持ちを呟いた。
「いい?」
店員さんが目を丸くして私を見やる。私の素直な感想に驚いている様子だった。
「誰かの忘れ物をきちんと保管して販売するって、素敵だと思います。忘れ物って放っておいたら本当に忘れられて捨てられるだけじゃないですか。でもこうして並べることで、元の持ち主のもとへ帰ったり、新しい持ち主に拾われたりするんですよね。店員さんが、ものを大事にする気持ちが伝わってきます」
就活の面接でもこんなふうに思ったことをぽんと口にすることはできなかった。それなのに、どうして初対面の彼には、素直に自分の気持ちを表現することができるのだろうか。内心自分でも不思議に思いつつ、それでも想いを伝えられたことにすっきりとした心地だった。
「お前さん……」
店員さんが感慨深そうに呟く。失礼なことを言ってしまっただろうか、と一瞬ドキリとしたが、店員さんが目をきゅっと細めて「ありがとう」と言うのを聞いてほっと安堵した。
と同時に、胸に温かな灯火がともるような心地にさせられた。
どうしてだろう。
久しぶりに、面接以外で目上の人と話したからだろうか。この店員さんは企業の面接で出会ってきた人たちと全然違う。みんな、自分の仕事をまっとうしているところは同じはずなのに、目の前の店員さんだけが、私の言葉を真正面から受け止めてくれているような気がしたのだ。
「人はね、忘れ物をしたことにすら、気づかないことがあるんだよ」
不意に店員さんが、棚を撫でるように指先でなぞりながら呟く。
その言葉に、胸がちくりと痛んだ。
まるで、夢を追う途中で自分自身をどこかに置き忘れてきたのを、言い当てられたみたいだ。
「あの……もしご迷惑でなければ、ここで働かせてもらえませんか?」
気がつけば口から、自分でも信じられないようなお願いがこぼれ落ちていた。
ここで働かせてほしい。
胸の奥から湧き上がってくる一つの衝動を抑えることができなかったのだ。
「働く?」
店員さんは、突然の申し出にぽかんと口を開いた。驚くのも当然だ。たまたまやって来た客から、いきなり「働きたい」などと言われるとは思ってもみなかっただろう。
「はい。あ、もちろんアルバイトで。必要な時だけシフトに入らせていただくだけで構いません。店員さんの邪魔はしないつもりです。私今、就活浪人生で大学とかもないので、面接の時間以外なら、シフトはいくらでも入れます。……だめでしょうか」
カフェのアルバイトは就活を理由に辞めたくせに、ここでのアルバイトなら就活と両立してやってみたいと思ったのは、忘れ物を売っているこのお店のコンセプトが気に入ったからだ。結局、カフェのアルバイトは単に興味がなかっただけなのだと気づく。本当にやりたいことなら、隙間時間にでも取り組みたいと思うのが人間なのだ。
店員さんは私の言葉を聞いてしばらくの間黙りこくっていた。もともと渋めの顔をしたおじさんなので、じっと黙り込まれると寡黙で怖い人なのかな、と初対面の人は勘違いするだろう。骨董品の中にある時計が、チ、チ、チと時を刻む音だけが店内に静かに響き渡る。沈黙しながら店員さんの次の言葉を待った。
やがて店員さんはゆっくりと息吸い込むと、私の目をまっすぐに見つめて言った。
「お願いしようかな」
「いいんですか!?」
自分で頼み込んだくせに、働いていいと言われて身体が勝手にぴょんと飛び跳ねた。
普段、企業面接でお祈りメールをもらうばかりだったので、アルバイトとはいえあっさりと採用を言い渡されたことに驚きと喜びが入り混じる。
「あ、ああ」
前のめりに喜ぶ私を見て、店員さんが一歩たじろぐ。私は、「失礼しました」と咳払いをしながら頭を下げた。
「私、小坂純恋といいます。先ほどもお伝えしましたが、春に大学を卒業して、今は就活浪人生です。専業のイラストレーターとして働くのが夢だったのですが……世の中そううまくいかないですね。とにかく、一般企業に就職する道を探している途中で他のアルバイトを辞めてしまったので、採用していただき大変嬉しいです。これからよろしくお願いします」
緊張でつい、しどろもどろ話してしまう普段の面接とは違い、店員さんに対しては淀みなく現状を伝えることができた。
私が何者なのか分かってようやく安心したのか、店員さんは「よろしくお願いします」と同じように挨拶をしてくれた。
「店主の時雨多門です。年齢は五十五歳。家族はいないから、店が閉まっている時間もほぼずっと店に入り浸っている。小坂さん、ぜひよろしく」
熱い握手を交わした私たちは、お店の入り口で微笑み合う。
それにしても、時雨多門だなんて役者のような響きの名前で驚いた。『忘れ物しぐれ堂』の名前は多門さんの名前からとったんだ。
「時雨多門さんって、素敵な名前ですね」
思わずそう褒めると、多門さんがぴくりと眉を持ち上げた。
「ありがとう。実は俺も気に入っているんだ。名前を言えば、すぐに覚えてもらえるしな。小坂さんの純恋っていう名前も十分素敵だと、思う」
多門さんがぎこちない喋り方で私の名前も賞賛してくれた。
お返しに無理やり褒めてもらえるように仕向けたみたいで、ちょっとだけ申し訳ない気持ちになったが、素直に嬉しい。
「ありがとうございます! 精一杯働きますので、ぜひよろしくお願いします」
一期一会の関わりになるはずだった、主計町茶屋街での偶然の出会い。
飛び込んだのは他でもない私だ。忘れ物を販売するという店主の想いに惹かれてしまったから。
これからこの店で、どんな経験をするのだろう。
昔懐かしいおばあちゃんの家のような匂いが充満する店内で未来に想いを馳せてみる。
今はただ、新しい人生が始まる予感に、久しぶりに胸がわくわくと踊り出すのだった。




