EP 9
俺様No.1ホストと、完璧な温度管理の鴨肉
深夜の新宿・歌舞伎町。
ギラギラと眩いネオンと、欲望が渦巻く不夜城のど真ん中を、異様な集団が歩いていた。
ボサボサ頭にパーカー姿の青年(玲王)、マイボトルでコーヒーを啜るOL(青龍)、スマホで自撮りを続けるギャル(白虎)、そしてやたらと威厳のある大型犬。
客引きたちすらドン引きして道を空ける中、俺はスマホのマップが示す目的地を見上げた。
「シグナルはここだ。……ホストクラブ『エンペラー』」
見上げたド派手なビルの看板には、巨大な男の顔がプリントされていた。
派手な柄のスーツを着崩し、傲岸不遜な笑みを浮かべる金髪メッシュのイケメン。その横にはデカデカと『No.1 支配者 スザク』の文字が躍っている。
「うげっ、朱雀のやつ、こんな所で王様気取ってやがるのか!」
ガオンが忌々しそうに唸る。
俺たちはエレベーターに乗り込み、最上階のVIPルームへと迷いなく押し入った。
「あァ? なんだテメェら。俺の指名(予約)は半年先まで埋まって――」
クリスタルガラスのシャンデリアが輝く広大なVIPルーム。
最高級の革張りソファにふんぞり返り、ドンペリのグラスを傾けていたイケメン――背中パーツである『朱雀』は、俺たちを見て片眉を上げた。
「誰かと思えば、ポンコツコアのガオンに、白虎と青龍じゃねェか。お前ら、人間に飼われて随分と安っぽくなったなァ?」
「てめぇ! 誰が誰に乗るって!? さっさと合体の準備をしやがれ!」
ガオンが吠えるが、朱雀は鼻で笑った。
「フッ、俺は今やこの不夜城の王だ。連日連夜、女たちが俺に貢ぎ、最高級の酒と食い物が運ばれてくる。こんな安っぽい人間の下でタダ働きする気はねェな」
朱雀は両手を広げ、テーブルの上に並べられた『高級料理』の数々を見せつけた。
キャビア、フォアグラのソテー、トリュフが乗ったステーキ。いかにも金がかかっていそうなメニューだ。
だが、俺の特A級エンジニアの冷徹な瞳は、その料理の致命的な『バグ』を見逃さなかった。
「……解凍プロセスを急ぎすぎてドリップが流出したキャビア。鉄板の温度管理ミスによる、焼きムラだらけで脂が抜け落ちたフォアグラ。提供時間を考慮せず、香りが完全に飛んだトリュフ。……全体的に構成が破綻している」
俺は冷酷に言い放った。
「そんなエラー(粗悪品)だらけの食い物で王を気取るとは。随分と底の浅いシステムで満足しているんだな」
「なんだと……!?」
朱雀の顔から余裕が消え、ギリッとグラスを握りしめた。
「底辺の人間風情が、俺のディナーにケチをつける気か!? 俺の舌はシャバの最高級を知り尽くしてんだよ!」
「シャバの最高級? 笑わせるな」
俺はリュックを下ろし、中から特注の『スマートクーラーボックス』を取り出した。
特A級社畜たるもの、いつ急な接待や徹夜明けの飢餓に襲われても対応できるよう、最高の食材を事前準備しておくのは常識だ。
「俺が本当の『三ツ星の最適解』を教えてやる」
俺はクーラーボックスのロックを解除した。
中から取り出したのは、真空パックされた分厚い鴨の胸肉だ。
「この鴨肉は、俺の家のキッチンでAI制御の低温調理器を使い、中心温度『58度』で厳密に2時間火入れしてある。タンパク質の凝固と水分の流出を極限まで抑えた、完璧なベースコードだ」
「低温、調理……? パックに入った肉が美味いわけねェだろ!」
「見てろ」
俺はパックを開封し、携帯用の超高火力バーナーを起動した。
ゴォォォォォッ!! と青白い炎がVIPルームを照らす。
「仕上げのコンパイルだ。表面の水分だけを一瞬で飛ばし、ミリ単位でメイラード反応(焼き色と香ばしさ)を引き起こす!」
ジュウゥゥゥゥッ!!
鴨肉の表面が香ばしく炙られ、極上の脂の香りが弾けた。
さらに俺は、あらかじめ限界まで煮詰めておいた『赤ワインとフォン・ド・ヴォーの特製ソース』を小鍋で温め、計算し尽くされた黄金比で肉に絡める。
「出力」
完成した『究極のロッシーニ風・鴨肉のロースト』を、純白の皿に乗せて朱雀の前に突きつけた。
「食ってみろ」
「ハッ、バーナーで炙っただけの肉が……俺の舌を唸らせられると――」
朱雀が鼻で笑いながら、フォークで肉を刺し、一口食べた瞬間。
「――――ッ!?」
朱雀の脳内で、ファンファーレが鳴り響いた(ように見えた)。
彼の手からフォークが滑り落ち、VIPルームの分厚い絨毯に音を立てて転がる。
「な、なんだこの……圧倒的な旨味の多重構造は……!?」
朱雀の瞳が、驚愕に見開かれた。
「噛んだ瞬間、一切の抵抗なく噛み切れる異常なほどの柔らかさ! なのに、閉じ込められていた鴨の肉汁が爆発的に溢れ出してきやがる! さらに、赤ワインの深いコクと酸味が脂の重さを完全に中和し……俺の舌を、脳を、完全に支配しやがる……ッ!!」
「タンパク質の変性温度、ソースの粘度、表面のカリッとした食感とのコントラスト。全ては計算通りの実行結果だ」
俺はPCメガネを指で押し上げ、冷たく見下ろした。
プライドの塊だった俺様ホストは、気づけば無我夢中で皿に残ったソースまで舐め回し、最後には俺の足元に恭しく膝をついていた。
「……完敗だ。アンタの構築した味覚のシステムは、俺の薄っぺらい高級料理を完全に凌駕している」
朱雀は胸に手を当て、深い忠誠の意を示した。
「……アンタこそが、俺の真の『オーナー』だ。この背中、一生アンタの玉座にしてくれ」
『ピピッ! 背中パーツ・朱雀、テイマーとのリンクを確立しました』
システム音声が、三度目の承認を告げる。
「よし。背中パーツ、回収完了だ」
「マジかよ、あのプライド山の如しだった朱雀が、肉一切れで陥落しやがったぞ……」
ガオンがドン引きしている中、白虎と青龍も呆れたように肩をすくめた。
これで、右腕、左腕、背中が揃った。
「あとは……下半身パーツの『玄武』だけだな」
俺はスマホのマップを開き、最後のシグナルを確認した。
「……ここからすぐ近くの、裏路地だな」
VIPルームを後にした俺たちが向かったのは、ネオンの光も届かない、じめじめとした暗い路地裏だった。
そこに、最後の『バグ』が潜んでいる。
「次で最後だ。お前ら、気を引き締めろよ」
俺の言葉に、ガオンたちが頷く。
特A級社畜と聖獣たちの、深夜の『人事採用活動』は、いよいよ最終面接を迎えようとしていた。




