EP 8
左腕マージ! 究極のカフェイン演算と紅蓮の狙撃
丸の内のメインストリート。
横転した防衛省の装甲車の陰で、血を流した数名の自衛隊員たちが絶望の淵に立たされていた。
「クソッ……! 10式の徹甲弾を全弾撃ち込んでも装甲が抜けねぇ! なんだあのバケモノは!」
「隊長、もうダメです! 奴の主砲のチャージが……!」
彼らの目の前で、重装甲型の中ボス級魔将機が、無慈悲な赤黒い光を砲身に集束させていく。
自衛隊員たちが死を覚悟し、目を閉じた、その瞬間だった。
「ガオン、人型コア・モードへ変形。青龍、左腕部モジュールとして接続だ」
『了解いたしました。……これより、深夜の特別残業を開始します』
ビルの谷間から響いた冷徹な声と共に、丸の内の夜空にまばゆい光が迸った。
ガオンが全高15メートルの黄金の巨神(胴体)へと変形する。
同時に、光の粒子となった青龍が、流線型の美しいメカ・ドラゴンの頭部を模した巨大な左腕へと姿を変え、ガオンの左肩にガコンッ!と重厚な音を立てて連結された。
『ピピッ! 左腕パーツ・青龍、物理接続を完了。……警告。長期間のメンテナンス不足により、砲身の冷却システムに異常。目標までの距離2,000メートル、大気中のノイズにより命中率32%に低下しています』
システムが冷酷な数値を弾き出す。
『……申し訳ありません、マスター。私の光学センサーが、シャバのネオン光と排気ガスで曇っているようです。この距離での精密狙撃は、味方(自衛隊員)を巻き込むリスクが――』
青龍が冷や汗を流しながら報告するが、俺はすでに空中の仮想キーボードに両手を叩きつけていた。
「問題ない。コーヒーの抽出において最も重要なのは、湯の温度、粉の粒度、そして『雑味の排除』だ。狙撃も同じこと」
ターンッ!!
俺の指先が、狂気的な速度でキーボード上を乱舞する。
「青龍の視覚センサーの不要なバックグラウンド処理(ネオンやノイズの認識)を強制終了。演算リソースをすべて『弾道計算』に全振りする。さらに、さっき摂取させたガトーショコラの高密度なカカオマス(脂質)を冷却材のパラメータとして代入。カフェインの覚醒作用を、レーザーの収束率向上プログラムに直結させる!」
俺がエンターキーを叩き抜くたびに、青龍の左腕から漏れ出ていた熱の陽炎がピタリと収まり、砲口に青白い極低温の冷気が漂い始める。
『な……!? 視界のノイズが完全にクリアに……! 熱暴走の気配も全くありません! これが、特A級の最適化……!』
「青龍。俺の淹れたコーヒーのように、一寸のブレもなく、澄み切った一撃を撃ち抜け」
『――承知いたしました。私の全出力、定時内に納品します!』
青龍の左腕の顎が大きく開かれた。
そこに収束するのは、赤黒い魔将機の光とは対極にある、純度100%の美しき青白い閃光。
「青龍・紅蓮貫通冷却閃!!」
ピシューーーーゥゥゥゥンッ……!!
音すらも置き去りにする、極細で超高密度のレーザー。
それは、横転した装甲車のわずか数センチ横を、一切の熱害(巻き込み)を出すことなく通過し――魔将機の最も分厚い多重装甲の『継ぎ目(数ミリの隙間)』に、寸分の狂いもなく着弾した。
「ピ、ガ……?」
魔将機の動きが、完全にフリーズした。
直後、内部のコアだけをピンポイントで蒸発させられた巨大な機械獣は、外装を傷つけることすらないまま、内側から崩れ落ちるように沈黙し、光の粒子となって消滅した。
「……は?」
助かった自衛隊員たちが、ポカンと口を開けてその光景を見上げている。
「……タスク完了。見事な狙撃だったぞ、青龍」
俺は仮想キーボードを閉じ、PCメガネを指で押し上げた。
『当然です。私は与えられた業務(残業)を完璧にこなす主義ですので』
『おー! メガネの左腕もやるじゃん! アタシのクローとどっちが強いかなー?』
『白虎。貴方のような力任せの脳筋アルゴリズムと一緒にしないでいただきたい』
『はぁ!? 言ったなテメー!』
武装解除し、OLとギャル、そして大型犬の姿に戻った三人が路上でギャーギャーと騒ぎ始める。
一方、その頃。
防衛省・魔将機対策本部 地下司令室。
『……し、司令! 丸の内エリアの中ボス級魔将機、完全沈黙! 自衛隊員の被害はゼロです!』
『観測データ出ました! 距離2,000メートル先からの、超長距離・超精密狙撃! 魔将機の装甲の隙間、わずか3ミリの継ぎ目を正確に撃ち抜いています!!』
司令室が、オペレーターたちの驚愕の声でパニックに陥っていた。
「2,000メートル先から、3ミリの隙間をピンポイントで……!? ば、馬鹿な! そんな芸当、AI制御の最新鋭ミサイルでも不可能だぞ!!」
坂上真一は、立ち上がった衝撃で椅子を蹴り倒していた。
その額には滝のような冷や汗が流れ、手にしたコーヒーキャンディの袋が震えている。
「渋谷の時と同じだ……! あの黄金の機体! 味方の被害を完全にゼロに抑え、敵のコアだけを破壊するなんて……まるで、敵のシステムそのものを完全に理解しているかのような……!」
若林幹事長が、葉巻の灰を落としながら低く唸る。
「……真一。見ろ」
若林が指差した先。
現地の防犯カメラが復旧し、魔将機が消滅した直後の路上の映像がメインモニターに映し出されていた。
そこには、大型犬と、スマホをいじるギャル(白虎)、メガネのOL(青龍)、そして――リュックを背負い、手にコーヒー用のドリップケトルを持った、ボサボサ頭の青年(玲王)の姿があった。
「あの青年……渋谷のカメラに映っていたのと同じ男だ。まさか、あの若者が……あの黄金の巨神を操っているというのか?」
「民間人、だと……? しかも、なぜあんな最前線のど真ん中で、呑気にコーヒーなんか淹れてるんだ……!?」
坂上の常識が、音を立てて崩れ去っていく。
国家の最高戦力が手も足も出ないバケモノを、コーヒーブレイクの片手間に処理していく謎の青年。
「……絶対に、探し出せ」
若林の目が、ギラリと猛禽類のような光を放った。
「あの青年は、この絶望的な戦況をひっくり返す『神』かもしれん。……あるいは、国家のシステムすら意のままに書き換える『悪魔』か。何としても我々の元へ連れてこい!」
「ハックシュンッ!!」
丸の内の路上で、俺はまたしてもクシャミをした。
「マスター。風邪ですか?」
青龍が、マイボトルに詰めた俺のコーヒーを啜りながら小首を傾げる。
「いや……なんか、面倒くさいクライアントに目をつけられたような悪寒がしただけだ」
俺は鼻をすすり、スマホの画面を切り替えた。
「よし。これで右腕と左腕のハードウェアが揃った。次は背中の飛行ユニット……『朱雀』だな。シグナルは……」
画面上の赤い点が、ギラギラと欲望が渦巻く不夜城――新宿・歌舞伎町を指し示している。
「歌舞伎町か。また面倒な場所にサボり魔がいるもんだ」
「あー、朱雀のやつ、絶対ホストクラブとかに入り浸ってるっしょ。あいつ無駄に顔いいし、めっちゃチャラいから」
白虎がケラケラと笑う。
俺はリュックの中から、ある食材の入った『特注のスマートクーラーボックス』の電源ステータスを確認した。
「相手がどんなチャラ男だろうと関係ない。俺の『三ツ星の最適解』で、有無を言わさず首輪をつけてやる」
俺たちはネオン煌めく歌舞伎町へと足を踏み入れた。
最凶のブラック環境(防衛省の絶望)と、最強のホワイト環境(俺のメシテロ)が交差する、長い夜はまだ終わらない。




