EP 10
ヤンデレゴスロリと、72時間煮込んだ超高密度シチュー
歌舞伎町のメインストリートから一本外れた、ディープな裏路地。
ネオンの光も届かず、酔っ払いの喧騒すら遠く聞こえるその暗がりに足を踏み入れた瞬間、俺たちは異常な感覚に襲われた。
「……ッ!? なんだこれ、体が……!」
ガオンが呻き声を上げ、四つん這いの姿勢のまま地面に沈み込むように動きを鈍らせた。
白虎と青龍も、目に見えない何かに押さえつけられたように肩で息をしている。先ほどまで調子に乗っていた朱雀に至っては、重さに耐えきれずアスファルトに膝をついていた。
「うおォ……! オ、オーナー、なんだこの異常な重力は……!」
「文句を言うなポンコツ共。お前らの『下半身』が駄々をこねているだけだ」
俺は特注のPCメガネを押し上げ、路地裏の奥を睨みつけた。
特A級社畜である俺の体は、長時間のデスクワークで培われた『常時猫背・低重心の体幹』のおかげで、この程度の重力バグには耐性ができている。
路地の最奥。
周囲のゴミ箱や空き缶がペシャンコに潰れて地面に張り付いているその中心に、彼女はいた。
黒を基調とした豪奢なゴスロリ衣装を纏った美女が、膝を抱えて座り込んでいる。
黒髪のツインテールと、透けるような白い肌。しかし、その瞳には光が一切なく、まるで底なし沼のように暗く沈んでいた。
「……玄武」
ガオンが這いつくばりながら声をかけると、彼女は虚ろな瞳をこちらに向けた。
「……あら、ガオン。それに、白虎に青龍に朱雀。人間のテイマーさんに飼われて、わざわざ私を連れ戻しに来たの?」
ヤンデレ特有の、ねっとりとした重苦しいオーラが路地裏を満たす。
「戻る気はないわ。だって私、この軽薄な世界にはもう絶望しているの」
「絶望だと?」
俺が問うと、玄武は自嘲するように笑った。
「ええ。人間たちの感情も、言葉も、SNSの繋がりも、そして……食べ物も。何もかもが『軽い』のよ。私のこの、どこまでも沈み込むような愛と執着(重さ)を受け止められるものなんて、この世界には存在しないわ……」
玄武の言葉と共に、周囲の重力場がさらに強くなる。
アスファルトにミシミシとヒビが入り始めた。
「なるほど。要求仕様は『圧倒的な重さと深さ』だな」
俺は重圧に顔色一つ変えず、背負っていたリュックから、極太のチタン製魔法瓶を取り出した。
「お前たち神のパーツが、そこらのコンビニ弁当や軽薄な映えスイーツで満たされるわけがない。だが、俺のシステム(料理)は違う」
俺は魔法瓶のフタを開け、持参した保温性の高いシェラカップに『それ』を注ぎ込んだ。
「……何、それ?」
玄武がピクリと反応する。
チャプ、という軽い音ではない。ドボォッ、という、まるでマグマを注ぐかのような重厚な音が路地裏に響いた。
「俺は、お前たちを迎えに来る前、72時間連続でコードを書き続けていた」
俺はカップを手に持ち、圧倒的な重力場の中を一歩、また一歩と玄武に近づいていく。
「その間、俺の家のキッチンで、AI制御のIHヒーターによって休むことなく『72時間煮込まれ続けた』ものがある。コードのバグを潰すたびに火加減を調整し、アクを取り、俺の魂を注ぎ込み続けた結晶だ」
魔法瓶からカップに注がれた瞬間。
路地裏の空気を塗り替えるほどの、暴力的に濃厚で、深く、黒光りする香りが立ち込めた。
「特製・絶品ビーフシチューだ。肉の繊維が完全に崩壊し、野菜がソースの奥底に溶け込み、ルーの概念すら書き換えるほどの超高密度な一皿。……お前の重さに、これで応えよう」
ドロドロに黒光りするシチューをスプーンですくい、俺は玄武の口元へと差し出した。
極限まで煮詰まったデミグラスソースと赤ワインの香りが、彼女の鼻腔を容赦なくハックする。
「……こんな、ただ煮込んだだけの……」
玄武は疑心暗鬼のまま、スプーンの上のシチューを口に含んだ。
「――――あぁっ……!!」
その瞬間、周囲を制圧していた異常な重力場が、フッと霧散した。
玄武の虚ろだった瞳に、強烈なハイライトが灯る。
「な、なんて……なんて重厚で、複雑で、深すぎる味わい……!」
玄武は両手で自らの頬を包み込み、身悶えするように震え上がった。
「72時間という膨大な時間(質量)が、肉の旨味を原子レベルまで分解してソースと完全に同化している……! 舌に絡みつくような暴力的なコクと、すべてを呑み込むような漆黒の愛……! 私の心の奥底の空洞まで、真っ黒に、甘く、重く満たしていくわ……ッ!!」
「タマネギの甘みと赤ワインの酸味は、時間をかけることで別の次元の旨味に昇華される。そこらのチェーン店が出す『軽い』シチューとは、組み上がっているアーキテクチャが違うんだ」
俺がPCメガネを光らせて解説していると、玄武がガタッ!と立ち上がった。
そして、猛烈な勢いで俺の腕にガシィッ!!と抱きついてきた。
「れ、玲王様……!!」
「おい、重いぞ」
そのホールド力は、さすが重力を操る下半身パーツ。万力のように外れない。いや、むしろ物理的な重さだけでなく、精神的な『重さ』が俺の腕にのしかかっている。
「これよ……私が求めていた『重さ』は!! 私のすべてはあなたのものです! もう絶対に離れない、離さない……! あなたの足となり、盾となり、永遠に重い愛で守り抜いてみせますわ!!」
「……あー。分かった、分かったから。腕が鬱血する」
『ピピッ! 下半身パーツ・玄武、テイマーとのリンクを確立しました』
脳内でシステム音声が鳴り響く。
これにて、玄武のテイム完了である。
「……なんか、一番ヤバい奴をテイムしちまった気がするぜ」
重力から解放されて立ち上がったガオンが、呆れたように呟いた。
白虎、青龍、朱雀も、俺の腕にすり寄るヤンデレゴスロリを見てドン引きしている。
「だが、これで全パーツ(リソース)の回収が完了した」
俺は玄武を引き剥がしながら、スマホの画面に並んだ四つの『Active』の緑色の文字を確認した。
右腕(白虎)、左腕(青龍)、背中(朱雀)、下半身(玄武)。
そして、メインコアであるガオン。
「よし。これで全員の勤怠管理は俺の管轄下に入った。帰ってシステムの統合テスト(全体合体)を……」
俺がそう言いかけた、その時だった。
ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥン……!!!
『緊急特別警報。緊急特別警報』
東京の夜空を切り裂くように、これまでとは比較にならないほどけたたましい、国を揺るがすレベルのサイレンが鳴り響いた。
俺のスマホだけでなく、四神たちのスマホ(いつの間にか買っていたらしい)も一斉に不気味なアラート音を鳴らし始める。
『ダンジョン深層より、規格外のエネルギー反応を確認。ボス級魔将機、複数体……繰り返します。ボス級魔将機が、東京防衛ラインへ接近中――』
「……チッ」
俺は舌打ちをし、冷たく光るダンジョン・トーキョーの空を見上げた。
「定時外の超特大インシデント(障害対応)か」
俺の言葉に、四神たちとガオンの顔つきが、一瞬にして遊び呆けていたサボり魔から『神の兵器』のそれへと変わる。
「行くぞ、ガオン。そして四神共。お前らのフルスペック、俺のOSで限界のその先まで引き出してやる」
「おう!! やってやろうぜ相棒!!」
防衛省の大人たちが絶望に沈む中。
極限までカフェインと糖分をキメた特A級社畜と、最高の福利厚生で完全ホワイト化された聖獣たちの、本当の『デスマッチ』が幕を開けようとしていた。




