EP 11
搾取の極致と、防衛省の決死行
「……第1、第2防衛ライン、完全に突破されました!!」
防衛省・魔将機対策本部、地下司令室。
けたたましく鳴り響くレッドアラートのサイレンと、血を吐くようなオペレーターの絶叫が交差する中、対策本部指揮官・坂上真一は、コーヒーキャンディを噛み砕くことすら忘れてメインモニターを凝視していた。
「ハンターギルド特級チーム『スサノオ』、通信途絶! 続いて『八咫烏』も……全滅です!!」
「自衛隊第1師団の装甲部隊、一斉射撃を行いますが……ッ! 駄目です、敵のシールドに傷一つ付きません!」
モニターに映し出されているのは、炎に包まれた新宿エリアの絶望的な光景だった。
高層ビル群を見下ろすほどの威容を誇る、三体の超巨大な『ボス級魔将機』。これまでに現れた中ボス級とは、質量も放つプレッシャーも次元が違った。
全身を漆黒の多重装甲で覆い、巨大な複数の腕と、禍々しく発光するエネルギー炉を持つ異形の鋼鉄獣たち。
「……なんだ、あのバケモノは。今までの魔将機とはアーキテクチャそのものが違うぞ」
坂上の背後で、若林幸隆が震える手で『ピース』に火を点けようとし、ライターを落とした。
『ギギギ……ガァァァァァ……ッ!!』
モニター越しに、ボス級魔将機の一体が不気味な電子音の咆哮を上げた。
次の瞬間、その背中から無数の黒い触手が射出され、瓦礫の中に倒れ伏しているハンターたちの肉体に次々と突き刺さった。
「なっ……何をしている!?」
坂上が叫ぶ。
『司令! 敵機体、ハンターたちの体から……『生体エネルギー(魂)』を強制抽出しています! 凄まじい速度です!』
倒れたハンターたちの体から淡く光る粒子が吸い上げられ、黒いケーブルを通ってボス級魔将機のコアへと流れ込んでいく。
エネルギーを吸収した魔将機の装甲が、ミシミシと音を立ててさらに分厚く、禍々しく自己増殖していく。
「己のシステムを維持・拡張するために、労働力のリソースを限界まで搾取し、使い捨てる……」
若林が、顔面を蒼白にしながら呻いた。
「これが……ダンジョン深層に潜む黒幕の、真の狙いか。我々がダンジョンに人を送り込めば送り込むほど、奴らは無限に強大化していく。……完全なる『死の搾取システム』だ」
それは、国家という巨大な組織を運営してきた若林たちにとって、最も残酷で、最も絶望的な真実だった。
もはや、通常兵器もハンターの力も意味をなさない。戦えば戦うほど、敵に塩(魂)を送る結果にしかならないのだから。
「……ッ、ふざけやがって!!」
坂上は拳でコンソールを叩き割り、制服のボタンを引きちぎるように外した。
その屈強な背中に彫られた『阿吽の仁王像』が、怒りで赤黒く浮かび上がる。彼は執務デスクの奥に立てかけてあった、業物の一振り――『北辰一刀流』の真剣を掴み取った。
「真一! 何をする気だ!」
「決まっています。俺が出ます」
坂上は血走った目で若林を振り返った。
「このままでは東京が……日本という国がシステムダウンします! あの搾取システムを止めるには、物理的に内部からコアを破壊するしかない。俺の命をブースト材にして、あの黒いケーブルの基部に斬り込みます!」
「馬鹿を言うな! 司令官(総大将)が死に急いでどうする! お前一人の剣でどうにかなる相手ではないことは、お前自身が一番よく分かっているはずだ!」
若林が、合気道の身のこなしで坂上の前に立ち塞がる。
だが、坂上の歩みは止まらなかった。
「分かっていますよ! ……でも、俺の部下たちが、名もなき若者たちが、あんな得体の知れないバケモノの『養分』にされてるのを、ここで黙って見てるなんて……俺の仁義が許さねぇんだよッ!!」
かつての暴走族総長の魂が、エリート自衛官の皮を破って咆哮した。
若林は思わず息を呑み、坂上の気迫に気圧されて一歩後ずさった。
その、まさに絶望と悲壮感が最高潮に達した、次の瞬間だった。
『……し、司令。新宿エリア第4セクターのドローンカメラが、未確認の生体反応を捉えました。これは……』
オペレーターの震える声が、張り詰めた司令室の空気を裂いた。
坂上と若林が、弾かれたようにメインモニターを見上げる。
「生存者か!? 今すぐ退避ルートを――」
坂上が指示を出そうとして、言葉を失った。
高解像度カメラが捉えた映像。
燃え盛る瓦礫と、悲鳴が交差する地獄のような最前線。三体のボス級魔将機が蹂躙するその足元を、『彼ら』は歩いていた。
「……あ、あの青年は……!」
若林が、タバコを床に落とした。
ボサボサの頭にパーカー姿、特注のPCメガネをかけたヒョロリとした青年。
その隣には、大型犬。
そして後ろには、スマホをいじるギャル(白虎)、コーヒーの入ったマイボトルを持つOL(青龍)、ホスト風の男(朱雀)、ゴスロリ衣装の美女(玄武)。
どう見ても、深夜のドン・キホーテから帰宅する途中の、頭のネジが飛んだ若者の集団にしか見えない。
「丸の内と渋谷のカメラに映っていた……あの『黄金の巨神』のパイロットか! なぜ、あんな生身で最前線に!」
坂上がモニターにすがりつくように叫ぶ。
ドローンが高度を下げ、集音マイクが彼らの音声を拾い始めた。
司令室のスピーカーから、青年の――百夜玲王の、低く冷たい声が響き渡る。
『……ひどいな。見ろよガオン。あんなバグだらけの巨大なクソコード(魔将機)が、街のインフラを破壊して回ってる』
『ガウッ! あぁ、俺が毎日コツコツ処理してたのに、デカいのが湧きやがったな!』
犬の姿をした謎の生物が、人間の言葉で返事をした。司令室のオペレーターたちが一斉に凍りつく。
玲王はメガネのブリッジを中指で押し上げ、首をポキポキと鳴らした。
『しかも、倒れた人間から魂を強制的に吸い上げてる。……他者のリソースを搾取して肥え太るだけの、最悪のブラック企業だ。労働基準法違反どころの騒ぎじゃない』
玲王の目の前に、青白く光るホログラムの『仮想キーボード』と『マルチウィンドウ』が展開された。
その異常な光景に、坂上の握っていた真剣がカタカタと震える。
『定時外の緊急特大インシデントだ。お前ら、残業手当(最高の夜食)の分はキッチリ働けよ』
『『『『りょーかーい』』』』
ギャル、OL、ホスト、ゴスロリの四人が、不敵に笑う。
『……俺が、あの腐った搾取システムを、根本からフルスクラッチ(書き換え)してやる』
モニター越しに見つめる坂上と若林の目の前で。
常軌を逸した特A級社畜エンジニアによる、神々の『統合作業』が、今まさに始まろうとしていた。




