EP 4
防衛省の絶望と、魂の搾取システム
特A級社畜エンジニアが自宅のタワーマンションで極上のフォンダンショコラを焼き上げていた、ちょうどその頃。
東京・市ヶ谷。
防衛省の地下深く、分厚い装甲隔壁に守られた『魔将機対策本部』の巨大な司令室は、重苦しい沈黙と絶望に支配されていた。
「……また民間人の特級チームが全滅したか」
ガリッ。
対策本部指揮官・坂上真一は、口に放り込んだコーヒーキャンディを奥歯で噛み砕いた。
統合幕僚監部の制服に身を包んだ、日に焼けた屈強な体躯。鋭く刈り込んだ短髪と、歴戦の猛者のような眼光。
かつて広島最大の暴走族を束ねた『総長』であり、海自のイージス艦長を経てこの最前線のトップに据えられた男の顔には、今、色濃い疲労と苦悩が刻まれていた。
正面の巨大マルチモニターには、ダンジョン・トーキョーの境界線周辺の被害状況が赤々としたアラートと共に映し出されている。
「……申し訳ありません、司令。我々のドローン部隊が到着した時には、すでに……」
「お前たちが謝るな。防衛省の兵器が通用しない以上、どうしようもない」
坂上は制服のポケットから『ハイライト』を取り出そうとして、ここが禁煙の司令室であることを思い出し、舌打ちをして手を戻した。
魔将機。
数年前にダンジョンから突如現れた、機械と魔の融合体。
当初、自衛隊は総力を挙げてこれの鎮圧に動いたが、結果は『圧倒的な惨敗』だった。最新鋭の10式戦車の徹甲弾すら弾き返す未知のシールドと、異常なまでの火力。部隊は瞬く間に半壊した。
『このままでは国軍が消滅し、国家が死ぬ』――そう判断した政府が強行採決したのが、民間人に討伐を丸投げする『ハンター資格制度』だ。
「……真一。また苦虫を噛み潰したような顔をしているな」
不意に、重厚な扉が開いて低い声が響いた。
振り返ったオペレーターたちが、一斉に姿勢を正し、息を呑む。
「……若林先生」
現れたのは、与党幹事長にして元防衛大臣、若林幸隆だった。
深夜の地下司令室には不釣り合いな、仕立てのいいスリーピーススーツ。白髪交じりのオールバックに、鋭い三白眼。
手には、火の点いた『ピース』が挟まれている。(彼ほどの権力者になると、地下の禁煙ルールなど無意味だった)
「視察ですか、幹事長殿」
「嫌味を言うな。お前の顔を見に来ただけだ」
若林は、合気道の達人特有の、ブレのない足取りで坂上の隣に並んだ。
約30年前、暴走族の総長として決定的な事件を起こし逮捕寸前だった坂上を、弁護士だった若林が強引に揉み消し、「喧嘩の腕を国のために使え」と自衛隊に叩き込んだ。
表面上は政治家と自衛官だが、二人の間には『オヤジと若頭』のような絶対的な絆がある。
「先生……ハンター制度は、限界です」
坂上が、絞り出すように言った。
「一攫千金を夢見て、毎日何十人もの若者がダンジョン周辺に向かい……そして、スクラップにされて帰ってこない。我々自衛隊の代わりに、民間人を肉の盾にしているだけだ」
「分かっている」
若林は短く答え、ピースの煙を深く吐き出した。
「世間からのバッシングは私の元に届いている。『血も涙もない悪徳政治家』だとね。だが、誰かが泥を被らねば、この国はとうに魔将機の足音で沈んでいた。……私は、私の決断(ハンター制度)を後悔していない」
若林の言葉は冷徹だったが、坂上には、この老狸がどれほどの重圧と自責の念を腹の底に押し殺しているかが分かっていた。
「……先生。最近の分析局のデータで、恐ろしい事実が判明しました」
坂上が手元のコンソールを操作すると、メインモニターに一つの荒い映像が映し出された。
それは、倒されたハンターの遺体と、その上に立つ魔将機の姿だった。
『映像、拡大します』
オペレーターが解像度を上げると、信じられない光景が鮮明になった。
魔将機の機体から無数の黒い管が伸び、倒れたハンターの体から『淡く光る粒子』を吸い上げているのだ。
「……なんだ、これは?」
若林が眉をひそめる。
「魔将機は、ただの破壊兵器ではありませんでした」
坂上はギリッと拳を握りしめた。制服の下、背中に彫られた『阿吽の仁王像』の刺青が、主の怒りに呼応して熱を帯びる。
「奴らは人間を殺し、その死体から『魂』を抽出しているんです。そして、吸い上げた魂を使って自己進化を繰り返し、壊れた機体を無限に修復している」
「なんだと……!?」
若林の目が見開かれた。
それはつまり、どういうことか。
「我々が『未知の鉱石』や『一攫千金』という甘い蜜でハンターたちをダンジョンに送り込んでいるこのシステムそのものが……敵の黒幕にとっては、『自分からエサ(魂)を運んできてくれる、最高の自動刈り取りシステム』だったということです」
絶望的な事実だった。
人間側が足掻けば足掻くほど、戦力を投入すればするほど、敵は人間の魂を吸い上げて強大化していく。
完全にシステムとして組み込まれた、最悪の『搾取』構造。
「……クソが。我々は、敵の手のひらの上で踊らされていたというわけか」
若林が、忌々しそうにピースを灰皿に押し付けた。
「ええ。そして……昨夜から、その『魂』を限界まで吸い上げて進化したと思われる、規格外の【ボス級魔将機】のシグナルが、ダンジョン深層から複数、こちらに向かって移動を開始しています」
坂上がモニターを切り替えると、三つの巨大な赤い光点が、東京の防衛ラインに迫りつつあった。
「現行の兵器では、傷一つつけられない化け物です。……先生、俺が出ます」
「真一、お前……」
坂上は真っ直ぐに若林の目を見た。
その瞳には、かつて広島の街で大立ち回りを演じた狂犬の光と、国を守る武人の覚悟が入り混じっていた。
「北辰一刀流の剣と、俺の命をブースト材にすれば、あの装甲の関節部くらいは叩き斬れる。……俺の部下と、民間人をこれ以上、あの腐った搾取システム(魔将機)の餌食にはさせません」
司令室に、悲痛な空気が張り詰める。
日本の命運は、ついに尽きようとしていた。
誰もが絶望の淵に立たされていた。
この国を救うためには、あの自己修復する悪魔のシステム(プログラム)を、根本からハッキングして書き換えるような『規格外の存在』でも現れない限り――。
***
「……ハックシュンッ!!」
同じ頃。
港区のタワーマンションで、百夜玲王は盛大なクシャミをした。
「どうした人間。風邪か?」
「いや……誰かに、無茶な仕様変更(無茶振り)を噂された気がする」
玲王は鼻をこすりながら、スマホのマップアプリを開いた。
画面には、サボり魔である四神たちのシグナルが点滅している。
「さて、と。俺の街で勝手にバグ(魔将機)を撒き散らしてる元請け(黒幕)もムカつくが……まずは、お前んとこのサボり魔(四神)どもを捕まえて、労働の何たるかを叩き込むのが先だ」
玲王は特注のPCメガネをかけ直し、防衛省の大人たちが絶望の淵にいることなど露知らず、キッチンから『あるもの』を取り出した。
「行くぞガオン。まずは渋谷でフラフラしている右腕パーツ(白虎)だ。……クレープ用の鉄板と、最高級のタピオカの準備はできている」
特A級社畜とメカライオンの、深夜の『福利厚生作戦』が、今まさに幕を開けようとしていた。




