EP 3
究極のデバッグ作業(スイーツ作り)と、サボり魔の四神たち
「……おい人間。お前の住処、やけにデカくて高いところにあるんだな。それに俺のこの姿はなんだ?」
港区の高級タワーマンション、最上階の角部屋。
広々としたリビングで、ガオンが自分の手足(前足)を不思議そうに見つめていた。その姿はメカライオンではなく、フサフサの毛並みを持つ『大型のゴールデンレトリバー』になっている。
「マンションのセキュリティを抜けるために、俺のスマホからお前の光学迷彩をハッキングして上書きしただけだ。犬ならペット可の物件だからな」
「神の聖獣を犬扱いすんな!」
吠えるガオンを無視し、俺はネクタイを外し、手を念入りに洗ってからキッチンに立った。
特A級の給料は破格だが、使う暇がないため家賃と『キッチン設備』に全振りしている。最新鋭のAI搭載オーブン、ミリグラム単位で計量できるデジタルスケール、そして世界中から取り寄せた最高級の製菓材料たち。
「いいかガオン。料理とは、究極のプログラミングだ」
俺はボウルに、ベルギー産のクーベルチュールチョコレート(カカオ65%)と無塩バターを投入し、正確な温度の湯煎にかけた。
「食材の分量(変数)を定義し、温度と時間(関数)を正確にコントロールすることで、期待通りの味(出力)を得る。バグの許されない、完璧なデバッグ作業なんだ」
「……お前、仕事のしすぎで頭の回路がショートしてないか?」
ガオンの呆れ声をBGMに、俺の集中力は極限へと突入した。
卵と砂糖を白っぽくなるまで攪拌し、溶かしたチョコレートを分離しないよう慎重に乳化させる。少量の薄力粉を振るい入れ、ゴムベラで泡を潰さないように、かつ確実に混ぜ合わせる。
「よし。オーブンの予熱は190°C。焼き時間は……外側のサクッとした食感と、内側のトロける液状化の境界線を突くため、厳密に12分30秒に設定する」
型に生地を流し込み、オーブンへ。
この12分間が、72時間の連続勤務で擦り切れた脳細胞を癒やす、至福のアイドリングタイムだ。
やがて。
『ピロリロー♪』という軽快な電子音と共に、甘く、暴力的なまでのカカオの香りがリビングを満たした。
「……ッ!? なんだこの匂いは!? さっき路地裏で食った塊(ブドウ糖)とは比べ物にならねぇ、とんでもなく濃厚なエネルギーの匂いがするぞ!」
犬の姿のガオンが、尻尾を千切れんばかりに振ってオーブンの前に陣取っている。
「焼き上がった。皿に出すぞ」
熱々のフォンダンショコラを純白のプレートに乗せ、ほんの少しだけ粉砂糖を雪のように降らせる。
そして、俺はスプーンをフォンダンショコラの中心に突き立てた。
サクッ。
薄く焼き上がった表面の生地が破れると、中からマグマのように熱く、トロットロの濃厚なチョコレートが溢れ出してきた。
「うおおおおッ!? 中から何か出てきたぞ人間!!」
「これがフォンダンショコラだ。熱いうちに食え」
ガオンは犬の姿のまま、我慢しきれないというように皿に顔を突っ込み、熱々のケーキを一口で咀嚼した。
「――――ッ!!?」
ガオンの動きが、雷に打たれたようにピタリと止まった。
「な、なんだこれはぁぁぁぁっ!!?」
ガオンが咆哮(犬の姿なので大型犬の遠吠え)を上げる。
「サクッとした外側の生地を噛み砕いた瞬間、中から溢れ出す圧倒的な熱量のチョコレート! 甘さの中に隠されたカカオの深い苦味が、俺のエネルギー変換炉を限界までオーバードライブさせてやがる!!」
「当然だ。計算し尽くされたメイラード反応と温度管理の賜物だからな」
「美味い……美味すぎるぞ人間!! お前、ただの素人エンジニアじゃねえ! 錬金術師か!?」
俺も自分の分のフォンダンショコラを口に運ぶ。
強烈な糖分が、疲労困憊の脳細胞に染み渡り、最高の幸福感で満たしていく。……完璧なコンパイル結果だ。
「……で?」
俺はコーヒーを啜りながら、ガオンに向き直った。
「さっき路地裏で『仲間は遊び呆けてる』って言ってたな。お前、なんで一人でダンジョン周辺の魔将機を処理してたんだ?」
その言葉に、皿を舐め回していたガオンがピタッと動きを止め、ギリッと金属の牙(ホログラムの下で)を鳴らした。
「……俺は『聖獣機神ガオガオン』のメインコアだ。真の力を発揮するには、四つの専用パーツと合体する必要がある。右腕の『白虎』、左腕の『青龍』、背中の『朱雀』、下半身の『玄武』……俺を含めた五体で、この世界を守護するはずだったんだ」
「なるほど。で、その四神はどうした?」
ガオンは忌々しそうに、床をバンバンと叩いた。
「飛んだんだよ!」
「飛んだ?」
「ダンジョンが日本に開通した途端、『うわー、日本めっちゃ面白いじゃん!』『スイーツ最高!』『ホストクラブ行きたい!』とか言って、俺を置いてシャバに遊びに行きやがったんだ!! 俺が毎日毎日、サビ残で魔将機を処理してるっていうのに……!」
俺は持っていたコーヒーカップを、ガチャン、とテーブルに置いた。
「……つまり、プロジェクトメンバーが全員バックレて、リーダーのお前一人で現場を回してたってことか?」
「そ、そうだ! しかもあいつら、代わりが効かねぇオンリーワンの専用パーツなんだよ!」
俺の胸の奥で、ドス黒い怒りが込み上げてきた。
他人に仕事を押し付けて定時で帰り、あまつさえ遊び呆けている奴ら。
それは、バグだらけのシステムよりも、クソみたいなスパゲッティコードよりもタチの悪い、プロジェクトにおける最悪の『癌』だ。
「……許せねぇ」
特A級社畜としてのトラウマが、俺のエンジニア魂に火をつけた。
「ガオン。そいつらのシグナルは追えるか?」
「お、おう。俺のテイマーになったお前のデバイス(スマホ)を使えば、大体の位置は特定できるが……まさか?」
「全員捕まえて、叩き直す」
俺はPCメガネのブリッジを中指で押し上げた。その瞳には、徹夜明け特有のハイライトの消えた冷たい光が宿っている。
「俺が全員テイムして、このクソみたいな労働環境を完全に『ホワイト化』してやる。サボり魔どもに、本当の進捗管理を教えてやろう」




