EP 2
過労死コンビの結成と特A級の演算能力
目の前の四脚型『魔将機』が、耳障りな駆動音を立ててアスファルトを蹴り上げた。
「危ねぇ! 下がってろ人間!」
ガオンが咆哮を上げ、俺の前に飛び出す。先ほどのブドウ糖でエネルギーは回復したようだが、その足取りにはまだわずかなブレがあった。
「ガオン、右前脚のサーボモーターの反応が0.2秒遅れてる。そのまま踏み込んだら姿勢制御に失敗するぞ」
「なっ……なんで分かった!? 確かにさっきの連戦でガタが来て……って、お前何ブツブツ言ってんだ!」
俺の目は、宙を舞う魔将機の挙動を完全にデータとして処理していた。
(……前傾姿勢からの跳躍。だが、左後脚のダンパーに異常な負荷がかかっている。着地後の次弾装填プロセスに致命的なボトルネック。全体の重心バランスも最悪だ……)
「おい人間! お前、ただの素人じゃねえな!? ええい、このままじゃジリ貧だ。俺と『契約』しろ!」
「契約?」
「お前の魂のパスを俺と繋ぐんだ! 『聖獣テイマー』になれば、お前の精神力を俺のブーストに回せる! 拒否権はねぇ、死にたくなければ手を出せ!」
ガオンが差し出した前脚(肉球が金属だ)に、俺は躊躇なく触れた。
『ピピッ! 生体認証クリア。メインコア・ガオン、テイマーとのリンクを確立します』
脳内に直接、無機質なシステム音声が響く。
同時に、俺の意識がガオンの内部システム――『聖獣機神OS』へとダイブした。
「……なんだ、このスパゲッティコードは」
俺は絶句した。
視界に広がる無数の文字列とステータス画面。それは、特A級エンジニアである俺から見れば、まさに地獄絵図だった。
「おい、ガオン。お前、今までこのOSで戦ってたのか? エネルギーの分配効率は最悪、不要なバックグラウンド処理が山積み、おまけにセキュリティの穴だらけだぞ!」
「はぁ!? お、俺は女神様が創った聖獣だぞ! 神のシステムをバカにしてんのか!」
「神のプログラミングスキルは新卒以下だな。こんな非効率なシステムで残業させられるなんて、労働基準局が黙ってないぞ」
俺の胸の奥で、社畜としての熱い怒りの炎が燃え上がった。
バグだらけの環境で一人戦わされる絶望感。それは、今まさに俺が72時間味わってきた地獄そのものだ。
「俺が許さん」
俺は、脳内に展開された仮想キーボードに両手を叩きつけた。
ターンッ!タタタタタタタタタッ!!
「な、なんだ!? 俺の体の中で、物凄い勢いで何かが書き換えられて……うおおおおお!?」
ガオンの機体が、眩い黄金の光を放ち始めた。
俺が行ったのは、一時的な『最適化』。特A級AIエンジニアとしての全リソースを注ぎ込み、ガオンの動力パイプの無駄を極限まで削ぎ落とし、戦闘機動に全振りの設定に書き換えたのだ。
「マスタースキル・アップデート完了。ガオン、敵の攻撃パターンは完全に解析した。着地後、0.5秒後に右斜め30度からレーザーが来る。それを避けて、左後脚の関節部――一番装甲が薄い『バグの発生源』を叩け」
「……マジかよ。体が、羽みたいに軽い……! これが、本来の俺の力だってのか!?」
ガオンの青いセンサーアイが、確信に満ちた光を放つ。
「上等だ! 行くぜ、相棒!!」
ズガァァァンッ!!
魔将機の放った赤黒いレーザーを、ガオンは俺の指示通りミリ単位の回避行動で躱す。
そして、一瞬のラグが生じた魔将機の左後脚へ、黄金の流星と化したガオンが突撃した。
「獅子王・粉砕牙!!」
ガキンッ!という甲高い音と共に、分厚い特殊装甲ごと、魔将機の脚部が根本から噛み砕かれた。
バランスを崩し、盛大にエラー音を吐き出しながら地面に這いつくばる巨大な機械のバケモノ。
「コアが剥き出しだ。トドメを刺せ」
「オラァッ!!」
ガオンの追撃がコアを正確に貫き、魔将機は大爆発を起こして光の粒子となって消え去った。
あとに残ったのは、静寂と、キラキラと輝く未知のエネルギー鉱石だけ。
「……ふぅ。一丁上がりだ。どうだ人間、俺様の力は!」
誇らしげに胸を張るガオン。
しかし、俺の興味はすでに完全に別のものに移っていた。
「……よし。プッシュ(撃破)完了。これでやっと帰れる」
俺はフラフラと歩き出し、スマホでレシピを確認し始めた。
「えっ、ちょ、待てよ! お前、今とんでもないことしたんだぞ!? 聖獣のシステムをリアルタイムで書き換えるなんて、常識じゃ考えられねぇ……」
「悪いが、俺はこれからフォンダンショコラを焼かなきゃならないんだ。オーブンの予熱は180°C、いや、190°Cで一気に表面を焼き上げるべきか……」
「いや話を聞けよ!? てかフォンダンショコラってなんだよ!?」
「カカオの暴力だよ。お前も来るか? 疲労したCPUには糖分が一番効く」
過労死寸前の天才社畜と、同じく過労気味の毒舌メカライオン。
こうして、東京ダンジョンを揺るがす最凶にして最強の『過労死コンビ』が爆誕したのだった。




