EP 5
渋谷のサボり魔ギャルと、究極のタピオカミルクティー・クレープ
「おい人間! シグナルはあそこだ! あのクレープ屋の前にいる派手な女!」
休日の夜、ネオンが眩しい渋谷・センター街。
若者たちでごった返す人混みの中を、俺はガオン(大型犬のホログラム展開中)を連れて歩いていた。
ガオンが鼻先で示した先。
そこには、短いプリーツスカートにルーズソックス、金髪ショートヘアという、絵に描いたような今どきのギャル(JK)がいた。
手には山盛りの生クリームと市販のタピオカが乗ったクレープを持ち、スマホのインカメラで自撮りを繰り返している。
「白虎ォォォ! いつまでサボってやがる! 仕事に戻れ!!」
ガオンが吠える(周りには大型犬の「バウッ!」という鳴き声に聞こえている)と、ギャル――右腕パーツである『白虎』は、だるそうに視線を向けた。
「は? ガオンじゃん。ウケる、犬の姿とかマジ草。つか、大声出さないでよね、恥ずいし」
「恥ずいじゃねぇ! お前がいないせいで俺の右腕の出力がガタ落ちなんだよ! さっさと元の姿に戻って合体しろ!」
ガオンの怒声に対し、白虎はクレープを齧りながら鼻で笑った。
「ムリ。仕事とかマジだるいし。日本最高っしょ! てか、ルチアナ様(社長)からの給料も出ないのに、タダ働きとかありえないから。私、この後も原宿で新作のパンケーキ食べる予定あるしー」
完全に現代社会をエンジョイしきっている。
数キロ先で防衛省の大人たちが血を吐くような絶望を味わっているというのに、彼女の頭の中には『次のスイーツ』のことしかないようだ。
「お、お前なぁ……! 自分が神の聖獣だって自覚は――」
「ガオン、下がれ」
俺はガオンを制し、黙って白虎の前に立った。
そして、彼女が食べているクレープを、特A級エンジニアの冷徹な瞳でスキャンする。
「……なんだよ、アンタ。ガオンの新しい飼い主?」
「……生地の焼きムラによる食感のエラー。生クリームの温度管理ミスによる分離。市販のタピオカの戻し不足による芯の残留。全てにおいて素人のコード(仕事)だな。そんなバグだらけのスイーツで満足しているのか」
「はぁ!? 何言ってんのコイツ! これ、今渋谷で一番並んでる店の『映えクレープ』なんですけど!」
白虎がムキになって言い返してくる。
俺はため息をつき、すぐ横のクレープ屋の屋台へと向かった。
そして、驚く店長にブラックカードを提示する。
「店長、10分だけ鉄板と材料を貸してくれ。言い値で払う」
「えっ? は、はい……」
札束の暴力で強引に厨房に入り込んだ俺は、パーカーの袖をまくり上げた。
「見てろ、白虎。特A級の演算能力は、料理にも応用できる。本当の『最適解』を教えてやる」
ボウルに小麦粉、卵、牛乳を投入。水和率を完璧に計算し、ダマ一つない滑らかな生地を数秒で練り上げる。
鉄板の温度を手のひらで確認し、180度ジャストに到達した瞬間、トンボ(生地を伸ばす棒)をミリ単位の精度で旋回させた。
シャアァァァッ!
「なっ……なんだあのトンボの速さは!? 残像が見えるぞ!?」
店長が驚愕の声を上げる。
生地が焼き上がるまでのわずかなラグ(数秒)を利用し、最高級の動物性生クリームを氷水で冷やしながら、絶妙な角が立つまでホイップする。並行処理の極みだ。
新鮮なイチゴを黄金比の厚さでスライス。
さらに、俺が自宅から持参したタッパーを開ける。中に入っているのは、特注の圧力鍋で完璧な弾力に茹で上げた『自家製・黒糖タピオカ』と、アッサム茶葉を限界まで濃縮した『特製ロイヤルミルクティー・ソース』だ。
サクッと焼き上がった生地に、冷たいクリーム、温かいタピオカ、そして香り高いソースを、一切の無駄のない動作で組み上げ(ビルドし)ていく。
「出力!」
完成した『究極の自家製タピオカミルクティー・クレープ』を、白虎に突きつけた。
「食ってみろ」
「はっ、なによ偉そうに。どーせ素人が作った……」
白虎が渋々、俺の作ったクレープに齧り付いた瞬間。
彼女の動きが、雷に打たれたようにピタリと止まった。
「……ッ!?」
白虎の瞳孔が限界まで開き、持っていた市販のクレープが手からポロリとこぼれ落ちた。
「な、なにこれ……! 生地がモッチモチなのに外はサクッとしてて、クリームが全然重くない! 温かいタピオカの暴力的な弾力と、黒糖の甘み……それに紅茶の香りが、口の中で……ヤバい、エグいて!!」
「市販品のタピオカは時間が経つとデンプンが老化(劣化)する。だが、俺のタピオカは計算し尽くされた温度で提供されるため、常に最高のモチモチ感を維持できる。ソースの糖度も、クリームの脂肪分と完全に相殺されるように調整済みだ」
白虎は俺の解説など聞いていなかった。
無我夢中でクレープを頬張り、口の周りにクリームをつけながら、あっという間に完食してしまった。
「……あ、あれ? もう無い……」
「俺の元で働く(マージする)なら、福利厚生としてそのレベルのスイーツを支給してやる。もちろん、出撃のたびに『残業代(追加の新作スイーツ)』も出す」
俺の提案に、白虎の顔がみるみる赤く染まっていく。
彼女はスマホをしまい込み、そっぽを向いた。
「べ、別にアンタのために戦うわけじゃないんだからね! スマホ代と毎日のおやつ目当てなんだから! 勘違いしないでよね!」
『ピピッ! 右腕パーツ・白虎、テイマーとのリンクを確立しました』
脳内にシステム音声が響く。
「……チョロいな」
「本当に神のパーツかよコイツ……」
俺とガオンは顔を見合わせた。
「まあいい。これで右腕パーツ、回収完了だ。残るは……」
俺が次のシグナルを確認しようとした、その時だった。
ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥン……!!!
渋谷の街に、けたたましい特別警報サイレンが鳴り響いた。
周囲の若者たちのスマホが一斉に緊急アラートを鳴らす。
『緊急警報。渋谷エリア、第3セクターにダンジョンより未確認の魔将機が出現。ハンターは直ちに迎撃を……』
「チッ、定時外の緊急インシデント(障害対応)か」
俺はメガネのブリッジを押し上げた。
悲鳴を上げて逃げ惑う人々の向こう、ビルの隙間から、四脚の蜘蛛型魔将機――それも、ガオンが倒した雑魚とは比較にならない、重装甲の中ボス級魔将機が姿を現した。
「おい人間! あいつは中ボス級だ! 今の俺一人の火力じゃ装甲が抜けねぇぞ!」
「問題ない」
俺は仮想キーボードを展開し、隣でクリームを舐めているギャルを見下ろした。
「白虎。さっきのクレープのカロリー、さっそく消費してもらうぞ」
「……しょーがないなぁ! お代わり、絶対だからね!」
白虎の体が、眩い光に包まれる。
特A級社畜と、スイーツで買収された聖獣の『部分合体』が始まろうとしていた。




