EP 4
特A級の私怨と、防衛省の苦戦
新宿、巨大オフィスビル群。
日本のビジネスの中心地は今、異様な静けさと狂気に包まれていた。
「撃つなッ! 相手は一般市民だ! 絶対に引き金を引くな!!」
魔将機対策本部の指揮官・坂上真一の怒号が、バリケードを築いた自衛隊員たちに飛ぶ。
彼らの前方に広がるのは、いつもの魔将機のような巨大な鉄のバケモノではない。スーツを着たサラリーマン、制服姿のOL、果ては警備員の姿をした『人間』の群れだった。
だが、その異常性は一目でわかる。
彼らの眼球は濁った赤色に染まり、口からは「残業……」「進捗……」といううわ言を漏らしながら、関節を無視したような不気味な動きでバリケードへと迫り来るのだ。
「ひぃぃッ! な、なんだこいつら!」
一人の隊員が恐怖で後ずさった瞬間、先頭を歩いていたサラリーマンの背広を突き破り、巨大な『蟷螂の鎌』が飛び出した。
「チィッ!!」
ガキンッ!!
坂上が瞬時に間合いを詰め、北辰一刀流の真剣でそのカマキリの刃を弾き返す。
だが、斬り伏せることはできない。外殻の下には、確実に一般市民の肉体が存在しているからだ。
「司令! 上空からも来ます!!」
ビルの壁面を這い降りてきたのは、背中から蜘蛛の脚を生やした『死蜘蛛型』に寄生された清掃員たち。彼らは口から鋼鉄より硬い粘着性の糸を吐き出し、自衛隊員たちを次々と絡め取っていく。
さらに上空からは、羽を生やした『死蜂型』が、致死性の麻痺毒を持った毒針を雨のように降らせていた。
「くそッ……! 一般市民に擬態して、人間の盾として使うとは……! これが死鬼軍の新たな戦法か!」
坂上は飛来する毒針を刀で弾き落としながら、ギリッと奥歯を噛み締めた。
敵を倒すには、寄生された市民ごと物理的に破壊するしかない。しかし、防衛省のトップである彼らに、国民の命を天秤にかけることなどできるはずがなかった。
「防衛ライン崩壊します! これ以上は……!」
隊員の悲痛な叫びが響き、死蟲機たちの無数の刃が坂上たちに迫った、その時だった。
ズドォォォォォォォォォンッ!!!
新宿のコンクリートの地面を粉砕し、上空から黄金の雷が落ちた。
凄まじい衝撃波が巻き起こり、群がっていた死蟲機たちが一斉に後方へと吹き飛ばされる。殺傷力は皆無。ただ純粋な『風圧』のみで敵を退けたのだ。
「待たせたな、坂上司令」
舞い散る土煙の中から現れたのは、黄金のオーラを纏うガオンと四神たち。
そして、その中央でPCメガネを鋭く光らせる、ボサボサ頭の青年――百夜玲王だった。
「れ、玲王君! 来てくれたのか! だが攻撃してはダメだ、彼らは操られているだけの一般市民――」
「一般市民? 冗談だろう」
玲王の声は、いつもの気怠げなトーンとは全く違っていた。
それは、感情のブレを一切排除した、絶対零度の冷気。
四神たちでさえ背筋を凍らせるほどの、純度100%の『殺意』だった。
玲王は、周囲を取り囲む異形のサラリーマンたちを一瞥する。
「俺の目には、テキトーなフロントエンド(見た目)を被って擬装した、三流のマルウェア(バグ)にしか見えない。……それに」
玲王の足元で、青白い光を放つ『仮想キーボード』が展開された。
「どこのどいつに寄生しようが知ったことか。そいつらは、俺の『48時間の絶対有給(カカオ豆)』を炭の塊に変えた万死に値するクソバグだ。……一人残らず、この世界からデリートする」
私怨(カカオの恨み)に燃える特A級社畜は、一切の躊躇なく両手をキーボードに叩きつけた。
「坂上司令。連中のその薄汚い擬装UI(人間の姿)を、今から俺が全部ひっぺがす」
「ひっぺがす……だと? そんなことができるのか!?」
「俺を誰だと思ってる。……3分だ」
玲王の指が、残像すら残さない『神の速度』へと突入する。
宙に展開された数十枚のホログラム・ウィンドウに、膨大なアンチウイルスのコードが滝のように打ち込まれていく。
「敵の偽装プロトコルを強制解除するための、特効パッチ(ワクチン)をコーディングする。……ガオン、四神。俺のタイピングが終わるまで、そのバグ共を俺に指一本触れさせるな」
『……ヒャッハァ!! マジギレしたオーナーの命令だ! お前ら、気合い入れろ!!』
ガオンが歓喜の咆哮を上げる。
『アタシの最高のおやつタイムを邪魔した罪、重いからね!』
『玲王様の休日を奪うなんて……万死! 万死ですわァァァッ!!』
白虎が拳を鳴らし、玄武がドス黒い重力のオーラを爆発させる。
倫理的ジレンマに陥る大人たちを尻目に、私怨で動く最強の社畜と神々の防衛戦が、今、新宿のど真ん中で幕を開けた。




