EP 3
恐怖の人事部長・魔人ギアンの挨拶
黒煙を上げる最新鋭AIオーブン。
完璧な休日の象徴だったその機械のモニターが、ひび割れながらも不気味に発光した。
赤黒いノイズが収束し、そこに映し出されたのは、白塗りの仮面に裂けたような笑みを浮かべた道化師の顔だった。
『おやおや……これは失礼。少し火加減が強すぎましたかね?』
耳を撫でるような、粘りつく合成音声。
スピーカーから流れるその声に、ガオンが牙を剥いて唸り声を上げる。
「てめぇ……! どこのどいつだ! 玲王のキッチンにバグを仕込みやがったのは!」
『ご挨拶が遅れました。私は死鬼王サルバロス様より「ヒューマンリソース(魂)の最適化」を任されております、人事部長のギアンと申します』
画面の中の道化師――魔人ギアンは、芝居がかった動作で深々と一礼した。
『特A級エンジニア、百夜玲王。貴方の噂はかねがね。……ですが、いけませんね。プロジェクト(世界の終焉)が進行中だというのに、一人で「有給休暇」など。労働者たるもの、24時間365日、組織の歯車として磨り潰されるのが最高の幸せ(KPI)でしょう?』
「……」
玲王は無言だった。
ただ、消し炭になったガトーショコラの残骸を、冷徹な瞳で見つめ続けている。
『お詫びに、私から「手品」を一つ。……今この瞬間、東京中のオフィスや公共機関で、素晴らしい「働き方改革」が始まっていますよ』
ギアンが指を鳴らす。
玲王が強制的に再起動したサブモニターの映像が、街のライブカメラに切り替わった。
そこには、異様な光景が広がっていた。
平日のオフィス街。スーツを着たビジネスマンたちが、まるで昆虫のような不自然な動きで、無機質にキーボードを叩き続けている。
その背中には、薄らと透けるような『死蟲』の羽や脚が蠢き、人々の眼球は焦点が合わず、赤く濁っている。
「なっ……なんだありゃ!? 人間が蟲になってるのか!?」
白虎が叫ぶ。
『いいえ、擬態ですよ。我が社の精鋭たちが、既存の人間に寄生し、あるいは成り代わって「理想的な労働環境」を構築しているのです。……彼らはもう、眠ることも、食べることも、そして「有給」を欲しがることもありません。魂が枯れ果てるまで、私の糸で踊り続けるのです』
ギアンの背後では、巨大な鎌を手にした死蟲機たちが、逃げ惑う人々を糸で絡め取り、次々と「社畜」へと改造していく様子が映し出されていた。
『さあ、百夜玲王。貴方もそろそろ現実(現場)に戻る時間です。最高のスイーツを失った絶望の味は、いかがですか?』
「……質問に答えろ、人事部長」
玲王が、ようやく口を開いた。
その声は、驚くほど平坦で、それゆえに周囲の空気を凍りつかせるほどの殺気を孕んでいた。
「お前は、今、俺が何をしようとしているか分かるか?」
『……おや? 泣き言でも言ってくださるのですか?』
「お前の『所在(IPアドレス)』のトレースだ。……お前が今、どこのサーバー(陣地)を経由して、どの次元からこの通信を送っているか……0.1秒で特定した」
玲王の指が、仮想キーボードの上を猛烈な速度で滑り出した。
タタタタタタタタタタタタタッ!!!
『……なっ!? バカな、私の通信プロトコルはサルバロス様の加護による、完全秘匿された……』
「甘い。お前は俺のオーブンに触れた。……特A級の俺のデバイスに触れた時点で、お前のすべてのログは俺の手のひらの上にある」
玲王の目の前に、東京の地図が展開される。
幾重にも張り巡らされた中継地点を光の速さで突き抜け、地図上の一点――新宿の巨大なオフィスビルへと、赤いポインターが突き刺さった。
「見つけたぞ、バグ野郎」
玲王はPCメガネを指で押し上げ、ひび割れたモニターのギアンを真っ向から見据えた。
「お前は、この世で最もやってはいけないミスを二つ犯した。……一つは、東京のインフラを汚染し、俺の『社会システム』を乱したこと」
玲王のオーラが黄金色から、怒りによって赤黒く変色し始める。
「そしてもう一つ。……俺が、48時間かけて完成させるはずだった『最高級の休日』を、1ビットの価値もないゴミに変えたことだ。……これは、業務委託(契約)じゃない。完全な『私怨』だ」
玲王の手元で、仮想キーボードが激しくスパークする。
「ガオン。四神。……出勤だ。有給はキャンセル、これより『緊急メンテナンス(殲滅)』を開始する」
『待ってたぜ! その顔が見たかったんだ!』
ガオンが獰猛な笑みを浮かべる。
「ギアン。……首を洗って待っていろ。お前の会社(組織)ごと、論理爆弾で跡形もなく消去してやる」
玲王がエンターキーを叩き抜くと同時に、オーブンのモニターが爆発四散した。
特A級社畜エンジニアによる、史上最も「個人的」で「凶悪」な反撃が幕を開けた。




