第三章 休日の簒奪者(マルウェア)と、恐怖の人事面談
国家予算の無駄遣いと、完璧な休日の始まり
「そっちのゲート開けろ! 慎重に運べ、少しでも温度変化を与えたらただじゃ済まないぞ!!」
「了解! 大理石の作業台、搬入ルート確保しました!」
週末の朝。港区にある超高級タワーマンションの最上階では、黒スーツに身を包んだ防衛省のSPたちが、滝のように汗を流しながら「搬入作業」に追われていた。
彼らが厳重なジュラルミンケースに入れて運んでいるのは、新型のミサイルでも軍事機密データでもない。
「……よし。ベネズエラ産・最高級クリオロ種のカカオ豆、無事に到着完了だ」
搬入された荷物を前に、特A級社畜エンジニア・百夜玲王は、満足げにPCメガネを押し上げた。
昨夜、与党幹事長の若林から受け取った『国家予算直結のブラックカード』。
玲王は帰宅するなり、そのカードを使って世界中の最高級食材と機材を即座に発注したのだ。防衛省の特権ルートと輸送機をフル稼働させた結果、翌朝にはすべての品がタワマンの一室に揃っていた。
「す、すごい量だぜ……。これ全部、チョコの原料なのか?」
ガオンが呆れたようにダンボールの山を見上げる。
「ただのチョコじゃない。幻のカカオと呼ばれるクリオロ種だ。世界のカカオ生産量のわずか数パーセントしか存在しない、バグみたいな希少価値を誇る。……そして、それを完璧にコンパイルするためのハードウェアがこれだ」
玲王が指差した先には、キッチンの中央に鎮座する巨大なオーブンがあった。
「イタリアから取り寄せた、温度を0.1度単位で自動制御できる最新鋭のAI搭載オーブン。湿度センサー、風量コントロール、すべてにおいて一寸のラグも存在しない。俺のプログラミングした焼き上げ工程を、完璧に物理世界に出力できる『神の箱』だ」
「ヤバッ! マジでアガるんだけど! これで焼いたスイーツとか、絶対バズるっしょ!」
ギャル姿の白虎が、AIオーブンの前で嬉しそうに自撮りをする。
「ええ……。玲王様の叡智と、最高級の脂質と糖分。私の脳細胞が、早くそのカフェインとカカオの暴力を要求しています」
メガネOLの青龍も、口元を押さえてゴクリと喉を鳴らした。
「フッ、俺のような最高級の背中には、それに相応しい三ツ星のスイーツが必要だからな」
「玲王様が私だけのために、何時間も煮詰めて、愛の重さ(カロリー)を注ぎ込んでくれるのですね……あぁっ、幸せですわ……!」
朱雀が気取ったポーズを決め、玄武が両手で頬を包んで身悶えしている。
防衛省のSPたちは、呆然と立ち尽くしていた。
国家の命運を握る「黄金の巨神」のパイロットとその兵器(神々)たちが、揃いも揃ってただの「スイーツガチ勢」だったからだ。
「……あの、百夜様。我々の任務はこれで完了でしょうか。魔将機に関する防衛省からのホットラインは、こちらの特殊端末に――」
SPのリーダーが通信端末を差し出そうとした、その瞬間。
「必要ない」
玲王は冷たく言い放ち、手元にあった自分のスマートフォンの画面を操作した。
「俺はこれより、48時間の『絶対有給』に入る」
「は、はい?」
SPが間の抜けた声を出す。
「労働基準法にも定められた正当な権利だ。この48時間、俺はいかなる外部からの通信(割り込み処理)も受け付けない。この部屋のネットワークも、オーブンのローカル回線を除いてすべて物理的に遮断する。……魔将機が出ようが、国が滅びようが、月曜日まで俺の休日に介入するな」
プチッ。
玲王は迷うことなくスマホの電源を切り、さらに部屋のメインルーターのLANケーブルを物理的に引き抜いた。
「帰って若林幹事長と坂上司令に伝えておけ。休日のエンジニアに連絡してくるクライアントは、次から着信拒否すると」
「そ、そんな無茶な……! 今、敵の残党がいつ現れてもおかしくない状況で――」
「帰れ」
玲王の特A級の冷たい眼光に射抜かれ、SPたちは「ヒッ」と息を呑み、逃げるようにタワマンから撤退していった。
静寂が戻った最高級のオープンキッチン。
「……ふぅ。これで鬱陶しい通知はすべて消えた」
玲王はパーカーの袖をまくり上げ、用意しておいた純白のエプロンを身に着けた。
「さあ、見せてやろうぜ。国家予算と俺のフルスクラッチが融合した、究極のガトーショコラの構築をな」
『『『『『おおおおおぉぉぉぉぉッ!!!』』』』』
聖獣たちの歓声がタワマンの最上階に響き渡る。
完璧に外界から遮断された、何人たりとも邪魔できない最強のホワイト環境。
甘い香りに包まれた、至福の48時間が約束されたはずだった。
――そう。
玲王が新品として運び込ませた『最新鋭AIオーブン』の内部基盤に、芥子粒よりも小さな『黒い虫』が、すでに潜り込んでいることなど、この時の彼らは知る由もなかったのだ。
最新鋭AIオーブンのモニターが、玲王の死角で、一瞬だけ禍々しい赤色にノイズを走らせた。




