EP 10
国家お抱えの社畜と、キレるインテリヤクザ
「業務終了。……お疲れ様でした」
赤坂の夜空に白銀の光が弾け、中間管理職魔将機は塵一つ残さず消滅した。
ガオガオンは光の粒子となって瞬時に武装解除し、料亭の庭園には再び、ボサボサ頭の青年と四神たち、そして一匹の大型犬が降り立った。
「……見事だ。いや、見事という言葉すら陳腐に思える」
崩れかけた縁側から歩みみ出た若林幸隆が、深く息を吐き出しながら玲王に歩み寄った。
坂上真一も刀を鞘に収め、破れたシャツのまま深々と頭を下げる。
「玲王君。君のおかげで、この国のシステムは守られた。防衛省を、いや日本国政府を代表して礼を言う」
「礼は要らない。俺は契約に基づいて作業をしただけだ」
玲王はパーカーのポケットから、先ほど受け取った漆黒のブラックカードを指に挟んで取り出した。
「それより、このカードの上限額は本当に『無制限』で間違いないな?」
「ああ。君の口座は国家の特別防衛予算と直結させてある。戦車を一台買うことも可能だが?」
若林がジョーク交じりに言うと、玲王は真剣な顔でPCメガネを押し上げた。
「戦車などというコスパの悪い鉄屑はいらん。俺が買うのは、ベネズエラ産の最高級クリオロ種カカオ豆(トン単位)と、温度を0.1度単位で制御できる最新鋭のAIオーブン、そしてイタリアから直輸入する大理石の作業台だ。これで俺の休日は、完璧なスイーツ作りの時間に充てられる」
「……」
国を救った英雄が、真っ先に国家予算で買おうとしているのが「お菓子作りの設備」であるという事実に、日本のトップ二人は言葉を失った。
「し、真一。彼は本当に欲がないのか、それとも欲のベクトルが狂っているのか……」
「幹事長。特A級の考えることは、我々凡人には理解できない領域にあるのでしょう」
防衛省のトップたちが苦笑いする中、庭の隅っこで清掃カートの陰に隠れていた影が、ズルズルと這い出してきた。
ジャージ姿の女神・ルチアナである。
「(……ふひひ! 聞いたわよ、国家予算直結のブラックカード!)」
ルチアナは、自身の時給1,100円の清掃バイトの現実と、目の前の青年の懐に入った無限の富を比較し、クズな頭脳をフル回転させていた。
「(損害賠償から逃れられただけでも御の字だけど……もし、あの玲王くんの『専属神』みたいなポジションに収まれば……毎日タダで美味い飯が食えて、ホッピー飲み放題で、ガチャも天井まで回し放題なんじゃ……!?)」
ルチアナはニチャアッと邪悪な笑みを浮かべ、手ぬぐいを放り捨てた。
「お、お疲れ様ぁ! 玲王くーん! いやぁ、女神ルチアナ、最初から君ならやれるって信じてたわ! 今度、私の家(神界)で打ち上げでも……ヒドブッ!?」
すり寄ろうとしたルチアナの顔面に、白虎のルーズソックスの蹴りがクリーンヒットした。
「調子乗ってんじゃねえぞポンコツ女神! アンタは時給分、きっちりその辺の瓦礫を掃いておきな!」
「あがが……! わたしの、わたしのセレブ計画がぁ……!」
白虎に踏みつけられながら涙目になるルチアナを尻目に、玲王は「帰るぞ」と一言だけ告げ、四神たちと共に赤坂の夜の闇へと消えていった。
***
一方、その頃。
アナスタシア世界の最終ダンジョン最深部『天魔窟』。
「ワレらぁ……またやりやがったのゥ……」
黒革の高級ソファに深く腰掛けた、アルマーニのスーツを着こなすインテリヤクザ――邪神デュアダロスは、魔力で生成した薄型テレビの画面を血走った瞳で睨みつけていた。
画面には、復旧した日本のニュース番組が映っている。
『速報です! 赤坂の老舗料亭周辺での戦闘は終結しました。専門家は、あの黄金のロボットが防衛省の秘密兵器である可能性が高いと……。なお、現場となった料亭『吉兆』は、最高級のカツオ出汁を使用したお吸い物が名物で……』
「……お吸い物……カツオ出汁……だと?」
デュアダロスのこめかみに、特大の青筋がピキィィッと浮かび上がった。
「ワシはのゥ……! 毎日毎日、この薄暗い洞窟で、賞味期限ギリギリのパサパサのカロリーメイト齧って生きとるんじゃ! じゃのに、おどれらはシャバで、一番出汁の効いた上品な和食を食い散らかしとるじゃとォォォッ!?」
ドガンッ!!
デュアダロスが怒りのあまり指パッチンをすると、部屋の隅にあった大理石の彫刻が塵となって消滅した。背中に彫られた『登り龍』の刺青が、真っ赤に発光する。
「料亭の出汁……! 昆布とカツオの黄金比率で取った、あの透き通るような琥珀色のスープじゃろがい! 柚子の皮をちょっとだけ浮かべて、一口飲んだら五臓六腑に染み渡るやつじゃろがい!!」
邪神のメシテロ妄想が、限界を突破する。
「ワシも……ワシにも料亭の出汁を飲ませぇやァァァァッ!! おどれらだけ美味いもん食うて、ぶち舐め腐りやがってからにィィ!!」
バン! バン! バン!
デュアダロスはスーツの胸元から魔力で生成したトカレフを引き抜き、天魔窟の天井に向けて涙声で乱射した。
「よう見とけよガオガオン……! それに、あのメガネのガキ! この封印をブチ破った暁には……ワシの組の『板前』として、一生ダシを取らせてやるけえのゥ!!」
国家お抱えの最強社畜。
寄生を企むクズ女神。
そして、和食の出汁に飢えて発狂する広島弁のヤクザ邪神。
すべての思惑(大半は食欲)が交差する中、特A級社畜と神々のブラック&ホワイトな日常は、さらなるカオスへと突入していくのだった。




