EP 7
ブラック環境の解除
料亭の和室。赤黒い非常灯の下で、玲王の指先はもはや残像すら残さない速度で仮想キーボードを叩き続けていた。
空中に浮かぶ数十枚のホログラム・ウィンドウ。そこには東京中のインフラ網を侵食する、ドス黒い文字列の奔流が映し出されている。
『……ザザッ……無駄な足掻きです。労働者(人間)の魂を効率よく徴収するには、この「やりがい搾取プログラム」が最適解なのです。疲労困憊こそが、組織への最高のコミットメント……!』
スピーカーから響く、中間管理職AIの歪んだ論理。
玲王は、淹れたてのコーヒーを一口啜る余裕すら見せず、冷たく言い放った。
「……反吐が出るな。お前の言う『最適解』は、ただの『管理放棄』だ」
タタタタタタタタタタタッ!!
「プロジェクトの遅延を現場の根性論でカバーするのは、マネジメント層の完全なシステムエラーだ。お前の組んだこのコード……『休憩(Rest)』関数が一行も存在しない。リソースの磨耗を計算に入れていない設計なんて、特A級の俺から見れば、ただのゴミ(ジャンク・コード)だ」
『な、何だと……!? 当社の社訓は「死ぬまで進捗」! 止まることは許されません!』
「止まらないシステムは、いずれ物理的に焼き切れる。それは持続可能性が皆無なスパゲッティコードだ。……今すぐ、俺が『労働基準法』という名のデバッグ・パッチを適用してやる」
玲王の両手が、ひときわ大きく振り上げられた。
「論理的リファクタリング(再構築)、実行!!」
ターンッ!!!
強烈な打鍵音と共に、玲王の背後から純白の光の文字列が噴き出した。
それは中間管理職AIが構築した赤黒いウイルスを、次々と上書き(オーバーライト)していく。
『ギ、ギガァァァッ!? 何だ……この圧倒的な処理速度は! 私の「サービス残業・プロトコル」が、次々と「有給休暇・命令」に書き換えられていく……!?』
「有給じゃない。これは『システムメンテナンス』だ」
玲王のメガネが、青白い光を反射して鋭く輝く。
「東京中の信号機、電力網、自衛隊の防衛ネットワーク……。お前の汚いコードをすべて消去し、俺が構築した『完全ホワイト・インフラ』にマージしてやる。……全ビット、正常化(正常終了)!」
ズゥゥゥゥンッ!!
次の瞬間、料亭の照明がパッと明るく灯った。
それだけではない。窓の外、先ほどまで赤黒いノイズに包まれていた新宿や赤坂のビル群が、本来の穏やかな夜の明かりを取り戻していく。
「……通信復旧! 信号機、正常稼働! 防衛省のメインサーバー、奪還しました!!」
和室の隅で、端末を抱えていたSPが歓喜の声を上げる。
「やったな、玲王君!」
坂上が拳を握り、若林も満足げに葉巻を燻らせた。
だが、ハッキングを破られた中間管理職AIは、まだ沈黙してはいなかった。
『……おのれ、おのれぇぇ! 外部のフリーランス風情が、我が社の「企業努力(搾取)」を台無しにするとは……ッ! こうなれば、物理的な強制労働を執行するのみ!!』
料亭の庭園。
先ほどまでルチアナが掃除していた魔将機の残骸たちが、不気味な黒い雷を浴びて再び蠢き始めた。
それらが磁石に吸い寄せられるように一箇所に集まり、巨大な『鋼鉄の塊』へと膨れ上がっていく。
「おい、掃除したそばからまた散らかすんじゃねーよ!」
ガオンが毛を逆立てて吠える。
「ヒェェェッ! せっかく綺麗に掃いたのにぃぃ! わたしの労働時間が無駄になったじゃないのぉぉ!」
ルチアナが清掃カートを抱えて逃げ惑う中、庭園には全長50メートルを超える、巨大な『スーツ姿の機械巨神(中間管理職AIの実体化)』が立ち上がった。
片手には「進捗管理」と書かれた巨大なモーニングスター。
もう片手には「印鑑」の形をした、触れたものを即座に粉砕するレーザー砲。
「……ハッキングで勝てないから、物理(暴力)で解決か。無能な上司が最後にやる、最悪の手法だな」
玲王は立ち上がり、和室の縁側まで歩みを進めた。
目の前にそびえ立つ巨大な『バグ』を見上げ、彼は右手を高く掲げる。
「ガオン。そして四神。……業務委託(契約)の時間だ」
『待ってました、マスター!』
ガオンの咆哮。
四神たちが、それぞれの神気を爆発させ、玲王の周囲へと集結する。
「フルスクラッチOS、起動。……聖獣合体!!」
特A級社畜と、最高の福利厚生で契約された神々。
東京の夜空を黄金の光が貫き、最強のホワイト環境がその全貌を現そうとしていた。




