EP 5
坂上の抜刀と、特A級の業務委託契約
ガシャァァァァンッ!!
料亭の美しい日本庭園を踏み荒らし、多脚の小型魔将機が次々と和室になだれ込んでくる。
犬ほどのサイズとはいえ、その装甲は自衛隊のアサルトライフルすら弾き返す特殊金属。鋭い刃のような脚部が、畳を無残に引き裂いていく。
「下がっていろと言ったはずだッ!!」
怒号と共に、ワイシャツを脱ぎ捨てた坂上真一が地を蹴った。
背中に彫られた『阿吽の仁王像』が、筋肉の躍動に合わせてまるで生きているかのように歪み、怒りの形相を浮かべる。
「シィッ……!!」
坂上の踏み込みは、巨体に似合わず音もなかった。
手にした真剣が、月光を反射して銀色の弧を描く。
――北辰一刀流・星割り。
キィンッ!という甲高い金属音。
先頭に躍り出た小型魔将機の胴体が、分厚い特殊装甲ごと、まるで豆腐のように斜めに両断された。
断面から火花が噴き出し、魔将機が爆発する前に、坂上はすでに次の標的へと刃を翻している。
「……見事だ、真一。腕は鈍っていないな」
上座から動かず、新しいピースに火を点けた若林が低く笑う。
かつて広島で暴れ回った狂犬は、国家の剣としてその牙を極限まで研ぎ澄ませていた。
だが。
『……ザザッ……無駄な抵抗はおやめください。我が社のリソース(物量)は無限です』
スピーカーから響く中間管理職AIの無機質な声に呼応するように、庭園の奥からさらに数十体の小型魔将機が湧き出してきた。
いくら坂上が達人とはいえ、生身の人間。無尽蔵の機械を相手にすれば、いずれ体力は尽きる。
「チッ……! 数で押し切る気か! 典型的なブラック現場じゃねぇか!」
坂上が刀を振るい、三体目を斬り伏せるが、四体目の鋭い脚が彼の肩を掠め、鮮血が舞った。
「坂上司令!!」
生き残っていたSPたちが叫ぶ。
防衛省のトップ二人が、いよいよ壁際に追い詰められた。
小型魔将機の一体が、がら空きになった若林の首を取ろうと跳躍する。
その、死の刃が届く直前。
「……うるさいな。タイピングの邪魔だ」
ターンッ!!
部屋の隅から、強烈なエンターキーの打鍵音が響いた。
瞬間、跳躍していた小型魔将機の赤いセンサーアイが『青色』に反転し、空中で突如としてエラー音を吐き出して床に墜落した。
「な……ッ!?」
坂上が目を見張る。
「ただの物理的な末端だろう。親機からの制御用ポートが開けっ放しになっていたから、俺のコマンド一つでシステムを強制終了してやった」
非常灯の薄暗い光の中。
百夜玲王は、宙に展開された十数枚のホログラム・ウィンドウに囲まれながら、狂気的な速度で仮想キーボードを叩き続けていた。
彼の瞳には、目の前の殺し合いなど一切映っていない。見ているのは、東京のインフラを乗っ取ろうとしている『中間管理職AI』のクソコードだけだ。
「幹事長」
玲王はキーボードから片手を離し、マイボトルのコーヒーを啜りながら若林を振り返った。
「さっきのブラックカードだけじゃ、この『定時外の超特大インシデント』を処理するには割に合わない。これは俺の個人的な戦いじゃない。国を挙げた防衛システムの復旧作業だ」
死地にあってなお、玲王の態度はどこまでも平然としていた。
「俺にこのバグ処理を完全に外注する気があるなら、今ここで、特A級のフリーランス契約を結べ。口約束は後で揉める原因になる」
「……ハッハッハ! この期に及んで条件交渉とはな!」
若林は葉巻の煙を吐き出し、口角を吊り上げた。
目の前で機械のバケモノが火花を散らしているというのに、この青年は自分の『労働環境』の確保を最優先している。これほどの胆力を持つ人間を、若林は他に知らない。
「いいだろう! 言ってみろ、玲王君! 君のSLA(サービス品質保証)に対する報酬はなんだ!」
玲王はPCメガネを光らせ、即答した。
「報酬は、『国家予算を使った最高級食材の無限提供』と『俺の専属キッチンの構築』だ。もちろん、食材の仕入れルートは俺が指定する。……それで、この街のクソったれなブラックインフラを、数分以内に完全にホワイト化してやる」
あまりにも個人的で、かつスケールの狂った要求。
だが、若林は一秒たりとも迷わなかった。
「……安いもんだ! 日本の国家予算、君の胃袋と腕前に全額ベットしよう! 頼む、玲王君!」
「契約成立だ」
玲王がニヤリと笑った瞬間。
彼のタイピング速度が、先ほどまでの比ではない『極限の領域』へと突入した。
タタタタタタタタタタタタタッ!!!
「まずは、現場の安全確保からだ」
玲王はスマホの画面をスワイプし、『発信』ボタンを叩いた。
「おい、サボり魔ども。休暇は終わりだ。……仕事(出勤)の時間だぞ!!」
玲王の号令が、電脳空間を通じて東京の夜空に放たれる。
直後。
小型魔将機がひしめく料亭の庭園の上空に、巨大な『黄金の魔法陣(転送ゲート)』が展開された。
『……ったく! せっかく今、ルチアナを問い詰めてたいい所だったのによォ!!』
空から降ってきたのは、眩い神気を纏った大型犬。
そして。
『ちょっとー! わたしの清掃カート、勝手に持ってかないでよぉぉ!!』
ガオンの背中にしがみついたまま、なぜかジャージ姿で清掃カートごと強制転送されてきたダメ女神・ルチアナと、それに呆れる四神たちの姿だった。
「待たせたな、若林さん、坂上さん。……俺の優秀な『下請け業者』たちだ」
特A級社畜と、神々の最強チーム。
料亭の庭園を舞台に、中間管理職AIに対する『究極の業務改善』が始まろうとしていた。




