EP 4
最悪の論理攻撃と、中間管理職AIの襲来
「……いいだろう。このブラックカード、ありがたく使わせてもらう。これで最高純度のカカオ豆と、最新鋭のAIオーブンが買えるな」
赤坂の高級料亭。
玲王が若林から受け取った決済上限なしのブラックカードをパーカーのポケットに滑り込ませた、まさにその瞬間だった。
ブツンッ。
料亭の和室を照らしていた上品な間接照明が、唐突に落ちた。
完全な暗闇。数秒の静寂の後、不気味な赤色の非常灯だけがチカチカと点滅を始める。
「……停電か?」
若林が葉巻を灰皿に置き、眉をひそめた。
「いえ、おかしいです。ここは防衛省直轄の独立電源回線が引かれているはず……ッ!」
坂上真一が素早く立ち上がり、耳のインカムに指を当てた。だが、そこから聞こえてくるのは激しい砂嵐だけだ。
障子が荒々しく開き、警護に当たっていたSPが血相を変えて飛び込んできた。
「幹事長! 坂上司令! 退避を! ……外部との通信が完全に遮断されました! それだけでなく、東京中のインフラネットワークが……何者かに『乗っ取られて』います!」
「乗っ取られているだと!? 魔将機は物理破壊を行うバケモノだろうが! ハッキングなど……」
坂上が叫んだ直後。
和室の床の間に飾られていた高級な薄型テレビが、電源を入れていないにも関わらず、勝手に赤黒い光を放ち始めた。
それだけではない。SPたちが持っている特殊端末、さらには玲王のスマホの画面までもが、ノイズと共に『禍々しい黒い紋章』のマークへと強制的に切り替わったのだ。
『……ザーッ……東京の労働者の皆様。大変お疲れ様です』
すべてのスピーカーから、不気味なほど丁寧で、それでいて背筋が凍るような合成音声が響き渡った。
『私は、偉大なる死鬼王サルバロス様より、このエリアの統合マネジメントを委託された『中間管理職型・魔将機』です。本日は、皆様の働き方改革について重大なお知らせがございます』
「中間管理職……だと?」
坂上がギリッと奥歯を鳴らす。
『これまでの物理的な破壊活動は、リソースの無駄遣いでした。サルバロス様は、より効率的な魂の徴収システムを望んでおられます。……これより、東京の全インフラ、並びに防衛省の自動防衛システムは、我が社(サルバロス軍)の管理下に置かれます』
合成音声が、おぞましい「ブラック企業の論理」を語り始めた。
『労働とは、自己犠牲です。過労とは、忠誠の証です。皆様にはこれより、ご自身の魂がすり減り、完全に消滅するまで、我が社のために無給で働き続けていただきます。……さあ、リミッターを解除し、死ぬまで残業を謳歌しましょう』
「ふざけるなッ……!!」
坂上が怒声を発した。
画面の向こうの敵が行っているのは、東京の信号機、電力網、果ては自衛隊の無人防衛ドローンに至るまでの完全な掌握。
「自己犠牲を強要する電波」を街中にばら撒き、社会システムそのものを内部からクラッシュさせようという、最悪の『論理攻撃』だ。
「幹事長、まずいです! このままでは防衛省のシステムが完全に……!」
「慌てるな、真一。……彼を見ろ」
若林の言葉に、坂上が振り返る。
そこには、赤黒い光を放つスマホの画面を、絶対零度の瞳で見下ろしている特A級社畜エンジニア――百夜玲王の姿があった。
「……『労働とは自己犠牲』? 『過労は忠誠の証』?」
玲王の低く、地を這うような声が、非常灯に照らされた和室に響く。
その背中から、昨夜の新宿で放った以上の、ドス黒い怒りのオーラ(神気)が立ち昇っていた。
「寝言は、コードのバグを全部潰してから言え」
玲王は特注のPCメガネのブリッジを中指で押し上げた。
「無給での残業強要。末端への責任転嫁。……俺がこの世で一番嫌いな、無能なプロジェクトマネージャー(中間管理職)のテンプレそのものだ。そんな腐ったアーキテクチャで、俺の街のシステムを回そうなんて……100年早い」
玲王の目の前に、青白く発光する『仮想キーボード』と無数の『ホログラム・ウィンドウ』が一気に展開される。
「防衛省のセキュリティを抜いた程度のスパゲッティコードが、特A級の俺に論理戦で勝てると思うなよ」
玲王がエンターキーに指をかけようとした、その時。
ガシャァァァァァァァンッ!!!
料亭の美しい日本庭園に面したガラス戸が、粉々に砕け散った。
飛び込んできたのは、犬ほどの大きさを持つ、多脚の小型魔将機の群れだ。
中間管理職型AIが、自らのハッキング作業の邪魔となる「要人(若林たち)」を物理的に排除するために送り込んできた刺客である。
「チィッ!! 物理的な刺客も同時展開か!」
SPたちが拳銃を抜くが、小型魔将機の素早い動きと硬い装甲の前に、次々と弾き飛ばされていく。
「下がっていろ、SP共!!」
怒号と共に前に出たのは、坂上真一だった。
彼は着ていた高級スーツのジャケットを引きちぎるように脱ぎ捨てる。
その下、ワイシャツが破れ、鍛え上げられた分厚い背筋に彫り込まれた『阿吽の仁王像』の刺青が、月光と非常灯に照らされて赤黒く浮かび上がった。
「玲王君! 君はそのまま、そのフザケたハッキング野郎を『駆除』してくれ! ……こいつらは、俺が斬る!!」
坂上の手には、いつの間にか床の間に飾られていた日本刀――『北辰一刀流』の真剣が握られていた。
圧倒的な武力と、特A級の演算能力。
老舗料亭を舞台にした、物理と電脳の同時並行デスマッチ(業務)が、今まさに幕を開けようとしていた。




