第97話『禁忌の魔物 その1』
【リリス視点】
「何事だッ」
「ちょ、みんな離れないで!」
喧騒が眠っていた私の脳の奥まで響く。
「ん……何事〜」
辺りを見渡すと、エレナやアルベド、全員が集合していた。
「あ、エレナじゃん。やっほ〜」
ゆっくりと起き上がって、エレナを呼ぶが、エレナは聞こえてないのか、地面に屈んでいる。
「ん?エレナ――」
その時、地面が激しく波打ち、瞬きする間もなく、宙に放り出されていた。
(なに――こいつ)
さっきまで私がいた場所は、跡形もなく消えており、そこにはドス黒い鱗を纏った『ナニカ』が地面を覆い尽くしていた。
無意識に杖を構える。
地上には、小さくエレナたちが見える。
「爆破魔法――」
魔力を溜めて、放とうとした時だった。
空気が詰まるような感覚に陥ると、まるで耳鳴りのような『キィィィィィ』という甲高い音が、鼓膜を刺激する。
(うっ……この音ヤバ……)
本能的に鼓膜を魔力で守ったが、それでも脳に響いて、視界が歪む。
(落ち――)
意識が失ったと気づいたのは、少しあとだった。
目を覚ますと、気づけば海の上を漂っていた。
どこのものかもわからない木の板に寝かされ、ただ青い空を眺めていた。
「……どこ、ここ」
起きあがろうとするも、体に力が入らない。
「ん、体が痛い……」
今はただ、ぼーっと青い空を眺めるだけだった。
「さっきまで、なにしてたんだっけ……」
ずっと、独り言を呟いていると思っていた。
「そうね〜、寝てたんじゃないかしら?」
その声は、すぐ近くから聞こえた。
(誰の声……人の気配なんてしなかったのに)
顔を動かすと、誰かの膝が目の前に見えた。
「誰……?」
顔を上げて、顔を見ようとするが、突然目を手で塞がれてしまった。
「見ちゃだめ。今は質問だけ聞いて?」
優しく、包み込んでくれるような声が、耳元ではっきりと聞こえる。
「お友達。助けたい?」
その言葉を聞いて、エレナの姿が脳裏をよぎった。
「エ、エレナは無事なの……!?」
私がそう聞くと、その女性は私の頭を撫でながら、静かに答えた。
「全部、リリスちゃんが決めることよ?」
突然、体が浮いたような気がした。
気づけば、そこはさっきまでいた海の上ではなく、荒れ果てた大地だった。
「今のは……」
太陽の光はなく、ただ薄暗い。
「ここ……禁忌の大陸だよね?」
辺りを見渡し、立ちあがろうとしたその時、強烈な咆哮が再び耳をつんざく。
(うっ……またこの音――)
歯を食いしばりながらも、落ちていた杖を拾い上げて、立ち上がる。
「もう、なんなの――」
ゆっくりと、振り返ると。
そこには影が落ちる――
「へ……?」
ただそれを見つめているしかなかった。
(し、死ぬ……っ!)
そう思ったのも束の間、激しい炎が視界を覆う。
「炎魔法ッ――!」
炎が、強引にヤツの視界を奪う。
私を横目に、真上を通り過ぎていく。
「油断してるんじゃないわよ……っ!」
「リリスッ!!」
その先には、エレナが立っていた。
「エレナ……!」
「鏖炎の流派ッ」
再び炎が激しく舞うと、人影が大蛇のような長い巨体を駆け抜ける。
「第一流儀・炎華楼ッ」
桃色の炎が散ると、漆黒の鱗が枯葉のように散る。
その人影は、残像を残しながら、エレナを抱えて私の背後に立つ。
「リリス・ハルカ。無事だったか」
振り返ると、全身を炎に包んだリアルの姿があった。
「リアル……!エレナも無事だったんだぁ!」
二人を見つめていると、リアルが表情を曇らせながら口を開く。
「ああ俺らはな――」
影が、静かに歪む。
そこから、アルベドが姿を現す。
「ネオンさんとルナ、カルデラ。そしてクロエは安全な場所に運んだ……」
「クロエとカルデラは大丈夫そうだが……ルナとネオンさんが厳しそうだ」
アルベドはそう言い残して、影に沈む。
「リリス・ハルカ。ネオンは気にしなくていい。今は禁忌の魔物に集中しろ」
無意識に杖を握る力が強くなる。
「そうだよね……集中しなきゃ」
けれど、標準が定まらない。
杖が震えて、魔力が歪む。
「リ、リリス……落ち着いて!」
エレナの声も、だんだんと遠ざかっていく。
「私ね、友達が傷つけられるのが」
「大っ嫌いなんだ――」
「待てッ、リリス・ハルカッ!」
リアルが、私の腕を掴んで引っ張る。
「邪魔しないで」
リアルを睨みつけ、リアルの腕を叩き落とす。
「ネオンは死なせないけど」
「ネオンを傷つけた奴は殺すって決めてるんだ」
足を前に、杖を構える。
「私は選択を間違えないよ」
「ダメだッ!このままじゃ共倒れだッ」
もはや、リアルも認識できない。
魔力が渦を巻いて杖に集中する。
「爆破魔法――」
「リリスッ……!」
魔力が震え、空間が歪む。
けれど、その先にいるのは禁忌の魔物じゃない。
「エレナ――」
咄嗟に杖を真上に向けてしまう。
それは、本能ではなく。
確かに、自分の意思で――
ドス黒い魔力が宙を裂くと、音が消える。
「なんで」
首を傾ける。
「なんで邪魔するの?」
エレナに詰め寄ろうとするが、足がふらついて動けない。
「なんでって……」
次の瞬間。
視界が橙に染まり、耳から血が吹き出す。
「リリスは――」
「そんな顔、しないでしょ……?」
その声は、ほぼ聞こえなかった。
「……そっかぁ」
「エレナはやっぱり優しいね」
血が首を伝うなか、再び杖を構える。
「『勝つ』じゃなくて……」
「『負けない』……だね」
魔力がゆっくりと杖に集中する。
「爆破魔法」
――第98話へ続く。




