第92話『分断:解析 その1』
【アルベド視点】
〜少し前〜
「ッ……」
体の痛みで目を覚ます。
「ここは……禁忌の大陸でいいんだよな」
霧が深くかかった景色を見渡す。
「一人か……リリスたちは無事なのか?」
人の気配は一切しない。
おそらく認識阻害効果のようなものがあるのだろう。
「ひとまず、誰かと合流するのが先か」
霧に包まれた大陸を踏み締め、霧を分けながら進んでいく。
(なんの手がかりもない……この調子じゃ、人と出会うのは運頼りになる)
目を瞑り、地面に手を当てる。
「近くに……一人、いや二人か?」
影を辿り、人気を探す。
「その先……一人、と物体が数十体か?」
人間ではないことは確か。
そう思い、手を離し、目を開ける。
「合流を優先するか……又は単独で乗り込むか」
だが、どちらの人気が味方かはわからない。
もしくは、どちらも味方ではない可能性がある。
「幻影魔法」
体の左右に影が生え、自分と瓜二つの幻影を作り出す。
(幻影を両方に向かわせて、相手を判断するのがベストか)
俺自身は、その場から一歩も動かない。
その場でじっと待っていると、二人の足音が聞こえる。
(来たか)
影に身を潜めて、警戒する。
「ちょっと。アルベド!待ちなさいよ!」
「ルナちゃん……!疲れたから休もうよー」
「うるっさいわね!アルベドがいるのよ?追わない選択肢なんてないわよ!」
霧の中からルナとカルデラの姿が入る。
(だが、この状況。本人確認の術がない)
(一役演じるか)
影の中に身を潜めたまま、声だけを影の外に流す。
「ルナ・シャロ。カルデラ・ヒューズ。リリス・ハルカという冒険者を知っているか」
声を低く、そして少し掠れたように喋る。
「だ、誰よ!?」
「なんで私たちの名前を……!」
「リリスちゃんなんて……そんな子知らないわ!」
(……即答)
(思考して出した答えじゃない)
(カルデラの性格上、情報を開示する選択は取らない)
一瞬、炎に包まれた光景が脳裏をよぎる。
腹を貫かれかけながらも、「知らない」と言い切ったカルデラ。
(あの時と同じだ)
(……少なくとも現時点では問題ない)
影の中から出る。
「本物で良さそうだな」
二人の背後に立つ。
「ア、アルベド……!?」
「さ、さっきの声は……」
「俺が一役芝居をな」
ゆっくりと二人の前に立つ。
「この先に一人、おそらく敵がいる。リリスやエレナとはかなり離れている」
「先に危険分子を排除するのが優先だ」
二人を背中に、一人を感知した方向へ歩く。
「ちょ、まだ何が何だかわからないんだけどー!」
「とりあえず行きますよ。カルデラさん」
少し歩くと、気づけば建物の中に入っていた。
(建物か……上から見た時はそのようなものは見えなかったのだが)
「警戒は怠るな。常に魔力を出しておけ」
魔力を出し、すぐに対処できる状態のまま、霧の中を進む。
「あの先に何かがあるはずだ」
霧を貫通するような光を放つ扉のようなものが目に入る。
「おそらく敵が潜伏していると思われる……だが、一切気配は感じないな」
「そうですね……気を締めてかからないと」
「そんな張り切らなくてもいいのよ、ルナちゃん」
(カルデラはもう少し気を締めて欲しいのだかな)
そんなことを考えているうちに、気づけば光が差し込む扉の前まで来ていた。
(案外襲われなかった……誘っているのか?)
「待て。まだ入るな」
「なんでよー!」
「考えてくださいカルデラさん。こんなあからさまな罠、誰がかかるんですか」
ルナの正論がカルデラに突き刺さる。
「カルデラくらいだろうな」
「な、なによそれー!」
カルデラの嘆きを横に、地面に手を触れる。
「再探知する……ッ!?」
「どうかしたの、アルベド!?」
「おかしい……」
確かにさっき探知した時、この部屋に一人と、数十体の物体があることは知っていた。
だが――
「なぜ、さっきまで通って来た道に移動している……!」
「な、なんのことよ……」
ルナの言葉を遮るように、背後に膨大な魔力を感じる。
「ッ……」
視界の端には、この世のものとは思えないほどの異形をした顔が覗き込んでいた。
(流石に……恐怖しか感じん……)
三人の心音が静かに響く。
「どうも。久しぶりですね、アルベド・ミラノ」
静寂を裂くような低く、掠れた声が部屋に響く。
「この間は少々手荒な方法でしたが……お陰様でいい情報を得られました」
霧に包まれた部屋に、メガネの反射光が目立つ。
白い白衣に包まれた男は、ゆっくりと俺たちに近づいてくる。
「誰で貴様はッ……!」
「ああ、覚えてませんか。いや、私が記憶を切ったのでした」
男はメガネを正すと、静かに口を開く。
「海の回帰、幹部のリーマン・ノイズだ。主に情報操作や情報調達をメインに活動している」
「ずいぶんと丁寧に自己紹介するんだな」
「ええ、貴方たちは動くことは出来ないでしょう」
視界の端に映る異形は、頭上にある口から唾液をこぼす。
ルナとカルデラは、目を瞑り、その場で震えている。
(女性陣は頼りにならないな。……そもそも期待していないが)
「この異形、貴様の能力か?」
「いえ、これは同じく海の回帰の幹部、ヴァルハラ・リゾットの能力だ」
「そうか」
(おそらく、ヴァルハラという者は他の場所で戦っている可能性が高い)
リーマンを強く睨みつける。
「貴様がいう海の回帰とはなんだ」
「面白いことを聞きますね。いいですよ、答えます」
リーマンはメガネを再び掛け直し、白衣の皺を伸ばす。
「私たち海の回帰は、レイル・シーザーにより『不死を求める』という意思を持った人間が集まった組織です」
「同志レイル・シーザーは厄災として産み落とされた禁忌の魔物には『不死の力がある』という仮説を立てました」
(禁忌の魔物が封印されていることは知っていた。だが、不死の力があるなんて話は聞いたことがない)
「仮説か。なぜ未確定な要素のために世界を滅ぼすような厄災を復活させようとする」
リーマンは後ろを向き、立ち去ろうとする。
「待てッ、答えろ」
「世界は我々に必要ない」
その言葉を残して、霧の中に消えていった。
「ッ……何を考えているんだ」
一瞬でナイフを引き抜き、視界の端に映る異形の頭を裂く。
「カルデラ、ルナ。あの男を逃すなッ」
「……はっ!ね、寝てた……」
「バカが、今はふざけている場合では――」
リーマンの背中を追って走り出そうとしたその時。
霧の奥で、無数の赤い光が同時に瞬いた。
その数――数十では済まない。
(さっきの探知……数が増えている……?)
「……囲まれたな」
――第93話へ続く。




