第五十話 「 条件 」
「フッ … フフフッ… フーハッハッハ!」
不気味な笑い声を発しているのは、一本の巨樹だった。
周りの木々を圧倒する存在感。見たこともない大きさだ。
「 … こんな大きな木、さっきはなかったわよ… ね?」
「木々の間から前に出てきたように見えましたぞ?」
「木が歩いたって言うのか?」
俺たちは剣や杖を向けたまま、巨樹を凝視した。
何かただならぬ気配を纏っている。
ゴクリと唾を呑み、剣を持つ手に力を込める。
すると、巨樹の葉がガサガサ揺れ始めた。
風 … いや、違う。
次の瞬間、幹の表面がメリメリッと音を立てて裂け始め、長い年月を重ねた樹皮が外側へめくれ上がると、勢いよく桜色の花吹雪が舞い上がった。
ひらり ふわり ひらひら と。
桜色のカーテンが俺たちを包み込み、かすかに甘い香りが漂う。
そして、花びらが舞う中からようやく姿を現した声の主。それは、新緑色の長い髪、鮮やかな着物姿のあの人だった。
「わらわをみくびるな、クラーネよ」
「さっ山樹林神様っ!?
お姿が見えないと思ったらいつのまに … 。
ずっと勇者たちをつけていたのですかっ!?」
「まさか、ストーカー?」
リンが呟くと、山樹林神は声を張り上げた。
「人聞きの悪いことを言うなっ!散歩中に たまたま通りかかっただけだ!」
艶やかな着物に負けないくらい頬を赤らめた山樹林神。瞳もまた、昨夜泣き腫らしたために赤く染まっている。
「散歩ではなく、擬態しておったのでは… 」
モジャの言葉をかき消すように、山樹林神は一層声を張り上げた。
「散歩の途中でひと休みしていただけじゃ!
… イモよ。何か困っているのならわらわが力を貸してもよいぞ? わらわに偶然会えるとは、幸運な奴じゃ」
「本当ですか?」
山樹林神神は勇者のそばへ歩み寄ると、その肩に手を添えほくそ笑んだ。
「何なりと申せよ。わらわは心が広いのじゃ」
「実は、ここから先に進めなくて困っていました。右へ行っても左へ行ってもこの場所に戻ってしまって … 」
「ほう…どれどれ」
山樹林神は目を細めながら左腕を前へ伸ばした。
すると、左手の周りが陽炎のように揺らいで見えた。
「巧妙な術をかけておるな。これ以上は、誰にも足を踏み入れさせないためだろう」
「山樹林神様でも無理ですか… 」
「馬鹿にするな! わらわを誰だと思っておるのだ。
道が進めぬのなら空を行くまでじゃ」
「それは、クラーネに乗って空を飛ぶ、ということですか?」
「 そうじゃ … と言いたいところだが、そうではない。
クラーネは大きすぎるゆえすぐに見つかってしまうだろう。
わらわは、魔王が城を作ったことすら気がつかなんだ。場所もわからぬ。
魔王は、かなり巧妙な術を使う。気付かれずに術を破るのは容易ではないし、クラーネが魔王城へ辿り着く前に見つかれば襲ってくるやもしれぬ」
「やはり無理 … ですか?」
「わらわに不可能はないっ!イモの為なら、不可能すら可能にして見せようぞ!!
ひとつだけ、とっておきの方法がある。 ただし、それには " 条件 " があるがな」
「条件って … 勇者と引き換えに、とか言わないでしょうね? それならダメよ。ダメダメッ!」
リンが慌てて俺を守るように立ちはだかった。
「そうは言わぬ。条件と言うのはな、各々の一番大切な物をわらわに託すのじゃ」
「もしや " 命 " ではないでしょうなっ?」
モジャが不安そうに尋ねた。
「命ではない。今持っている物で " 一番大切な物 " じゃ」
一番大切なもの ………… ?
少しの沈黙の後、先に口を開いたのはモジャだった。
「ならば …… わしはこれですな」
モジャは、腰に下げた巾着から何か小さな物を取り出し、ためらいがちに山樹林神へ手渡した。
「わしが一番大切にしておった妻の … 形見ですぞ」
「ほう… 良かろう」
山樹林神の手のひらの上で、銀色の指輪が優しい光を放つ。
… そういえば、モジャから家族の話は聞いたことがなかった。 その理由がわかった気がする。
「私は… 杖も大切だけど、これの方がもっと大事」
リンはローブの内ポケットから一枚の写真を取り出した。
以前、リンが仮死状態になった時、はずみでチラッと見たことがある。 (第二十八話 『仮面』参照)
「これは、ひとり娘の写真。私にとって娘は宝物よ。その娘が魔物にさらわれているの。私が勇者と魔王城を目指すのは娘を救うため」
「なるほど。それを預かろう。さて、イモは何を差し出すのじゃ?」
山樹林神の問いかけにも気付かず.
脳みそいっぱいに宝物たちを思い浮かべ、必死に " 一番大切な物 " を考えていた俺。
ううーーむ。リュックの中にあるミーコグッズは正直どれも渡したくない宝物だ。Tシャツ、タオル、カードにトランプ、ミーコレトルトカレーの空き箱もろもろ…
一番と言われても、どれも俺にとっては比べようがないくらい大切だしなぁ。
困った。
餓鬼がくれた爪で作った剣も、ピーカ王女の笛も大切だし、
食料だって大切だよな。腹が減っては戦はできぬ、だし。
一番大切な物、一番大切な物………
「 ……イモよ!聞いてあるのかっ?」
「あっ… ハイッ!」
その瞬間、ひらめいた。
俺が大切にしている物、あるじゃないか。
モジャが奥さんを、リンが娘を思うように、俺には母ちゃんがいる。
俺は、首から下げたお守り袋を山樹林神様へ手渡した。
勘違いされる前に一言添えて。
「これは " 安産祈願 " と書かれたお守りですが、安産を祈る為ではなく、母が俺の無事を願って渡してくれたお守りです。母ちゃんの " 愛情 " が詰まっています」
「ほう… この袋には " 愛 " が入っておるのだな」
「はい!」
袋の中身は、愛のこもった干し柿が入っているのだが。
この旅から戻ったら、母ちゃんにお守り袋の中身が干し柿の真意を問うつもりだ。
山樹林神は手のひらに乗せた俺たちの宝物を、着物の袂へ丁寧にしまい込んだ。
「三人とも合格じゃ」
「へ?合格?」
「そうじゃ。神の道を通る者、心清らかなる者。
邪心穢れのある者は地に落ちるのじゃ」
「神の、道… ?」
俺は、パンダバ様に生き返らせてもらった時に通った光の道を思い出していた。
あれが " 神の道 " だったのだろうか。
「そうじゃ。その前に、わらわは " うんこ " する」
山樹林神の言葉に耳を疑ったのは俺だけではなかった。
静寂な山に、俺たち三人の声が同時にこだました。
「うん … こーーーーーっ?」
「んこぉぉーーーーー??」
「こぉぉぉーーーーーーーーっ???」




