第四十七話 「 恋心 」
「勇者どん!勇者どん!」
「…… ハッ!?」
モジャに肩をゆすられ、我にかえる。
「大丈夫ですかな?」
「あ、ああ… 。山樹林神様とクラーネは…?」
「山樹林神様は風と共に消えましたぞ。その後、怪物も飛んで行ってしもた」
山樹林神が腰かけていた岩へ目を向ける。
今は誰の姿もなく、絶え間なく響く滝の音と、水飛沫が宙を舞うだけ。
まるで山樹林神とクラーネがいた時間ごと切り取られて消えてしまったような錯覚。
俺はしばらくその場から目を離せなかった。
「いったい俺は… 」
「勇者どんに接吻とは… 驚きましたな」
「なっ!? せっ… せせせせせせっせっぷんっっ!!?」
(あの生温かい感触は幻ではなく、山樹林神様の唇…
どどどど、どうしよう… 俺のファーストキッスが… )
全身から力が抜けヘナヘナと座り込んだ俺に、慌ててリンが駆け寄る。
「事故のようなものよ? 一瞬で消えたんだから。かすり傷みたいなもの。セーフセーフ!! カウント0よ」
俺の心中を察したかのように、リンが慰めの言葉をかけながら俺の背中を軽くさする。
「そ、そうか? … そうだな。モジャの見間違いかもしれないしな。うん。そうだ。何もなかったことにしよう。ハハハ… 」
力無く笑って見せると、急にミーコの顔が浮かんで、目頭が熱くなった。
「… 滝のマイナスイオンを浴びてくる」
そう言ってふらふら歩き出すと、視界が少しぼやけて見えた。
モジャとリンは心配そうに勇者の後ろ姿を見つめていた。
「刺激が強すぎたみたいね…」
「あんな勇者どんは、初めてですな…」
「少しそっとしておいてあげましょう」
「うむ」
その時、どこからともなく灰色の雲が渦を巻くように空を覆いはじめた。
昼間だというのに、辺りが急速に薄暗くなっていく。
「おや… 急に暗くなってきましたな。ひと雨来るかもしれん。あそこに見える洞穴の中にテントを張りますかな」
「そうね。私も手伝うわ。行きましょう」
♢ ♢ ♢
滝のすぐ近くに、座るのにちょうど良さそうな岩を見つけた。
腰をおろすとため息ひとつ。ポケットからスマホを取り出す。
震える人差し指でポチッとお馴染みのチャンネルを開く。
『おはみこみー。みんな,元気?』
ミーコ、久しぶり。ここのところ、ゆっくり動画を観る時間がなかったよ。
今日は左右に三つ編みを輪っかにした髪型!そして眼鏡っ娘!なんと可愛らしいっ!
ミーコを見た瞬間、トクンッと胸の中で何かが跳ねた。
そして、胸の中のモヤモヤがトロトロに溶けて吸収されていくような心地良さを感じ始めた。
俺は目を見開いてスマホの画面に釘付けになる。
ミーコの表情、手の仕草、隅から隅まで見逃すまい。
今日のミーコは、淡い桃色のブラウスに紺色のリボンタイ。紺色チェックのプレザーとスカートで学校の制服のような衣装で、よく似合っている。
もしもクラスメートだったら、薔薇色のハイスクールライフを送れただろう、と妄想する。
… いや、いかん。今は妄想している場合ではない。
ミーコは小首を傾げながら話し始める。
『最近、社会全体元気がなくなってきている気がします。
自由なようで自由ではない世の中。まるで大きな籠の中。
現在の状況を変えることは難しいけど、自分の気持ちを変えることはできる!
例えば、美味しいケーキを食べるとか、好きな音楽を聴くとか、自分が嬉しいことをするの。
体も心も栄養が大事!
小さな幸せでも、集めれば大きな幸せになるっ。
それにね、病は気から…と言うように、気持ちって体調に影響するんだって。今、目の前にある幸せに気付いて " ポジティブ " に考えられたらいいよね。
一度きりの人生。たくさん笑って過ごそう!
みんながハッピーでありますように!
… というわけで、今日は " お笑いアイドル・ドリーム学園 " をやっていきまぁーーす!』
ーー ああ… やっぱり癒されるなぁ、ミーコの声。
なんだか初心にかえった気がする。
度重なる失業で自暴自棄になっていた俺に元気と勇気をくれたミーコ。
夢のない生活だったけど、ミーコに出会って
" ミーコを応援する "
って夢ができたんだ。
俺に笑顔を取り戻してくれたミーコに、笑顔でいてほしい。
夢のない俺には、夢を追いかけているミーコがキラキラ眩しく見えて。
応援することで、同じ光の中にいられる気がする。
それが俺の幸せ。
夢や幸せの形は人それぞれ。
俺だけの夢、俺だけの幸せを見つけることができた。
魔物と戦う勇気も、ミーコパワーのおかげ。
ミーコは大切な存在なんだ。
さっき… 山樹林時様にファーストキッスを奪われてしまったんだ。
素晴らしい神様なんだけど、ショックだった… 。
ミーコへの想いは憧れであり、恋。実物のミーコと会えるのは奇跡だけど、魔王を討伐して人間界が元に戻ったら、ミーコのライブに行くのが目標!
だから頑張るよ。
病は気から… ってミーコも言ってたし。ポジティブに気持ちを切り替えるぞ。
よしっ!!
神様からキッスされるなんて、世の中で俺ひとりだぞ?
そもそも、これは恋人同士のチューとは違うんだから。
本当のファーストキッスはこれからだ!
今回は、神様からアイテムを与えられたようなものだと思おう。
元気出せ! 泉月勇者!
「…………… よっしゃあァァァァーーーッ!!」
俺は拳を握りしめて叫んだ。
やっぱりすごい。ミーコはすごい!!
ミーコがいれば何でもできるっ!
勢いよく立ち上がると、同時に雨粒がポツリポツリと降り出した。
「降ってきましたな。勇者どんっ、急いでこちらへっ!」
モジャの呼ぶ方へ走り出すと雨の勢いが一気に強くなった。強風でザワザワと木々が揺れ、テントについた時には全身びしょ濡れ。
クラーネに滝壺へ落とされ、すでにずぶ濡れだったが。
「これはひどい雨ですな」
「雨宿りできる場所にテントを張れて良かったわ」
リンに差し出されたタオルを受け取り、濡れた体を拭くと
二人に頭を下げた。
「モジャ、リン、ありがとう」
「おや、勇者どん。なんだかスッキリした表情をされてますな」
「ミーコエネルギー注入でパワー回復なのであります!」
「ぷふっ… 変な勇者。でも勇者らしくて安心したわ」
「そう。俺は俺らしく、前進あるのみ!レッツムボーン!」
「しかしこの雨が止むまでは足止めですなぁ」
「よしっ!雨が止むまで俺のミーコトランプでババ抜きでもするか!」
「ほお、いいですな」
「賛成ーっ!負けないわよ」
♢ ♢ ♢
木々深く生い茂る山の奥、長い髪の毛を振り乱しながら子供のようにわんわん泣き叫ぶ山樹林神と、その背中を静かに見守るクラーネの姿があった。
自然界 神の叶わぬ 恋心
涙がやまぬ 雨嵐…
山樹林神の想いも知らず
トランプに興じる勇者であった………




