第四十六話 「 約束 」
フワリと新緑の爽やかな香りに包まれる。
山樹林神に抱きしめられた俺。
艶やかな緑色の髪が頬をくすぐる。
濡れた肌を包み込む着物は、絹のような滑らかな肌触りが心地いい。
あまりにも心地よくて一瞬意識を失いそうになる。
「ちょっとっ!!勇者に何するのっ!?」
「そうですぞっ!勇者どんを離しなされっ!」
リンとモジャの声で現実に引き戻された。
二人がかりで山樹林神を俺から引き離そうとするが、ビクともしない。
むしろ、俺を抱く腕がさらに強くなる。
「さ…さん…じゅりんしん…さま…く、苦しい… 」
「ほう、ほう。そうか。悶え苦しむイモも最高じゃ」
満足げに呟きながら、俺の顔に頬ずりまでしてくる。
「ちょっっ!勇者が窒息しちゃうわっ!離しなさいよっ!
離さないと魔力ずくでいくわよ!」
「ええいっ!うるさいっ!!」
山樹林神は一喝し、手にしていた扇子でリンとモジャを払いのけるような仕草をした。
すると
バチーーーーンッッ!!!
と大きな音を立て、リンとモジャが吹っ飛ばされた。
まるで見えない何かに弾き飛ばされたように。
「あいたたた… !もうっ!こうなったら神様でも容赦しないわっ」
尻もちをついたリンは、腰をさすりながら立ち上がり、すかさず杖を構える。
紅潮した顔からは、怒りが滲む。
だが、山樹林神はリンのことなど気にも留めない様子で俺を抱擁し続け、耳元で囁いた。
「イモよ。わらわとここで静かに暮らさぬか。魔王ならわらわが追い払ってくれよう」
「そ…そんな…こ…」
「ちょっと待ったァァーーーッ!! 勇者は私たちの大切な仲間よっ! 返してもらうわっ!!
だいたいねえ、山樹林神様だかなんだか知らないけど、初対面で勇者の何がわかるって言うのよっ!!」
リンが興奮気味に捲し立てる。
山樹林神は、フッと軽く笑って言った。
「わらわにはわかる。イモは " 特別 " じゃ」
「何それ?何それ!?どう特別なのか言ってみなさいよっ!」
リンは一歩も引かずに食い下がる。
「ズバリ " 女の勘 " というやつじゃ」
「 … か、勘ですって?」
「そうじゃ。一目見た瞬間にピーンときたのじゃ」
「一目惚れするほどイケメンだってこと?」
「甘いっっ!世間でいうイケメンの類とは異なれど、きらりと光るその心。自然体でありながら、穏便優和勇敢素朴純粋無垢誠実好青年!!
わらわにはピピピーンのピンよっ!恐れ入ったであろう!」
「 … 悔しいけど 仰る通りよっ。山樹林神様、見る目あるわね … 」
リンは毒気を抜かれたように一気に戦意喪失したようだ。
「それでは、山樹林神様は勇者どんに惚れてしもうたということですかな?」
モジャが核心に迫る。
「馬鹿を言うでない!わらわの想いはもっと高尚なものじゃ。この男とならば、共に山々を守ることができるであろうぞ。イモには永遠の命を授けよう」
「 …… さ… さん…じゅりんし… さ… ま」
「どうした?イモよ。嬉しいか?」
山樹林神は、腕の力を緩め、確かめるように俺の顔を覗き込んだ。
だが、俺の答えは最初から決まっている。
「ごめんな… さい。俺は… リンとモジャと行きたい… 。
俺には守りたい人たちが… います… 」
「何を申すかっ!イモよっ!わらわのどこが不服なのじゃっ!!」
山樹林神は怒りを抑えきれない様子で、俺の体を激しく揺さぶった。
「と、とんでもありませんっ!山々の自然を守ってくれる山樹林神様は、美しく素晴らしい神様です」
「ならば、なぜゆえわらわを拒む? 永遠の命を欲しくはないか? " 自然 " という宝を手にしたくはないか?」
「 … 俺は、一度死んだ人間なのです。パンダバ様に救ってもらった時、代わりに " 魔王討伐 " すると約束したのです」
「パンダバ … だと… ?」
「はい」
俺の返答に、山樹林神の表情がこわばる。
「 ……… パンダバは生と死を司る神 … わらわは昔から知っておる。神との約束は破るわけにはいかぬな… 。
残念だが… 致し方ない」
そう言って、下唇を噛んだ。
「イモよ。せめてもう一度だけ抱擁させておくれ」
「 … !?」
俺の返事を待たずして、山樹林神は俺の体を再び強く抱き寄せた。
その瞬間、風が通り抜け、木の葉がサーッと舞い散った。
山樹林神は風のように姿を消してしまった。
唇に生温かい感触を残して。
「 ななななななっ!今、せっ接吻しましたなっ!?」
「えええっ!?」
パニくるモジャとリン。放心状態の俺。
その光景をじっと見ていたクラーネが、ボソッと低く呟いた。
「山樹林神様は五百年ぶりの失恋… 。今夜は嵐になるだろう。さて、山樹林神様を探しに行くか… 」
そして、ひとつ大きなため息をつくと、翼を広げて飛び立って行った。
♢ ♢ ♢
その頃、噂をされたパンダバ様は…
「ハーーーーーックチャーイッッ!!!」
「もうっ!パンダバ様、ちょいちょいおへそ出して居眠りするからですよっ」
「誰かが噂でもしてるんだろちゃい」
「パンダバ様がまた居眠りした間に、なんと勇者様が接吻されてしまいましたよっ!」
「なぬぬぬぬぅぅ。泉月勇者隙ありぃっ!! 魔王討伐の役目を忘れたちゃいかっ?!」
「勇者様は忘れていませんよ。不可抗力と言いましょうか… お相手が悪かったのでしょう」
「なぬ?? 今あそこに映っている魔女ではないのちゃい?」
「はい。つい先ほどまであの場にいた " 山樹林神様です」
「なにぃぃぃーーーっ?! 山樹林神だと?
神ともあろうものが色欲を抑えきれぬのかっ!ぬけがけしおってからにっ!五百年前から変わらないちゃいっ!
今度会ったらお仕置きちゃいっ!フンッ!!」
「パンダバ様、鼻息荒いですよっ。勇者様応援隊長のアノンもその時は加勢しますよ!」
「 ……… 」
「 ……って!? ええっ?嘘でしょ?パンダバ様っ!起きてくださいよ〜!」




