第四十五話 「 特別 」
勇者のもとへ向かう一行は、箒ちゃんの奮闘のおかげで、ついに滝の近くまでたどり着いていた。
「見てっ! 滝のそば!」
リンが身を乗り出し、地上を指差す。
「さっきの怪物がいるわ!」
「……本当じゃ」
巨大な姿が、滝壺の近くに見える。
「リン、勇者どんも見えるか?」
「勇者ともう一人誰かいるみたい。 ‥箒ちゃん、見つからないように林側に行ってくれる?」
『ハイハイハイーーーン』
箒はゆっくり旋回し、林側に静かに着陸。
「ありがとう、箒ちゃん」
『ドウイタシマシテー。ツカレタケド勇者ノタメナラエンヤコラー』
「ふう‥ 無事着陸ですな」
『ハヤク降リロ、チッコイノッ!』
「なっ‥ わしにはなぜ辛口っ!?」
『 ‥‥‥‥ 』
「ごめんねぇ、モジャ。箒ちゃんは人見知りが激しいの。
でも、話せるということは好意をもってるってことよ」
「そうですかな… 」
『例外モアルダロ』
「リン… わしは嫌われて… 」
「だっ… 大丈夫大丈夫っ!箒ちゃんのブラックジョーク!
… さ、勇者奪還といきましょか」
リンは苦笑いしながら、話を逸らすように前方を見つめた。
(勇者、怪物、着物姿の…あれは魔人?)
「何を話しているのかしら。‥ もう少し近付いてみましょうか」
「そうじゃな」
「あの大岩の陰まで行きましょう」
リンが数メートル先にある大きな岩を指差し、
モジャが大きく頷く。
「箒ちゃんはここで待っていてね」
『ハイーン。オ気ヲツケテー』
こうして、リンとモジャは身体を屈め、注意深く足を踏み出した。
♢ ♢ ♢
山樹林神は、一瞬の沈黙の後
「… イモよ。魔王城へ行く目的は何だ?」
と問うた。
「魔王を討伐して世界を元に戻す… ためです」
「…ほう?」
「大切な人たちが笑って暮らせるように」
「たったひとりで魔王にたち向かう、とな」
「ひとりじゃありません!仲間がいます」
「仲間?」
「はいっ!そうです」
「それは、後ろの岩陰に隠れている連中のことか?」
「えっ?!」
山樹林神が扇子を向けた方を振り返ると、七〜八メートル後方にひときわ大きな岩がひとつ見えた。
「粉粉砕砕 消っ!」
山樹林神がそう言って扇子をヒラリと裏返す。
ーーすると、岩は一瞬にして砕け消えた。
「ありゃりゃっ?!」
「きゃぁっ?!」
岩が消え、リンとモジャが同時に声をあげた。
「リン!モジャ!いつの間に…?」
「勇者どん、助けに来ましたぞっ!」
次の瞬間には、モジャが腰の鞘から剣を抜きながら、一直線に駆け抜け、俺の前へ滑り込むように立った。
その背中は、いつもよりずっと大きく見えた。
抜き放たれた剣先が、まっすぐ“ 山樹林神" へ向けられる。
神の威圧感を前にしても、モジャの瞳には怯みがない。
そして
「モジャ、一人じゃ無茶よ!」
髪を揺らしながら俺の隣を駆け抜けるリン。
両手で杖を握り締め、その先端を天へ掲げた。
「私も戦うから!」
モジャの隣へ並び立つリン。
一人は剣を、一人は魔法を構え、まるで、俺を守るための最後の壁のように山樹林神の前へ立ちはだかった。
「勇者をどうするつもり?あ、あなた達、魔王の手下?」
リンは山樹林神を睨みつけた。
「ほう…。魔女と毛者か」
「獣っ?!わ、わしは人間!ドワーフですぞ!
「そうよっ!私たちは勇者の仲間っ!勇者を返してっ!」
「……フッ」
山樹林神は扇子で顔を隠したが、その口元は緩んでいた。
「面白い… 」
「面白い… ですって?」
リンが杖をさらに高く掲げ呪文を唱えようとした瞬間、
俺は大声で叫んだ。
「二人ともやめてくれ!この方々は魔王の手下じゃないっ!」
「えっ??」
「どういう事ですかな?」
二人が不思議そうに俺の顔を見つめた。
ーー俺は二人に山樹林神様とクラーネのことを説明した。
「……そうだったのね。山樹林神様、クラーネさん、早とちりしてごめんなさい」
「すまなかった」
リンとモジャが頭を下げると、山樹林神は高らかに笑った。
「良い、良い。イモの話を聞いて、悪意がないことは充分理解した。三人で魔王討伐に向かうとは頼もしいことじゃ」
「じゃあ勇者を返してくれるのね。ありが‥ 」
「ならぬっ!」
「へっ???」
俺たち三人は顔を見合わせた。
聞き間違い…か?
「山樹林神様、俺は二人と共に魔王城へ行きます」
「…ならぬ、と申しただろうが」
「それは、なぜですかな?」
「……… 」
モジャの問いに、山樹林神は口をつぐんだままだった。
そこへクラーネが
「もしや、山樹林神様、泉月勇者のことを…」
「皆まで言うなっ!」
山樹林神は厳しい口調で言い放った。
「もしかして、本当に俺のことを食べるおつもりなのですか?」
「ゆ、勇者どんを食べるっ?!」
「そんな、ダメよ!ダメダメっ!」
「腹が減っているのでしたら、鮭とばはどうですかな?
勇者どんのリュックの中には、缶詰もありますぞ!」
「そうではない。イモはわらわの " 特別 " じゃ」
「芋?それなら確か、干し芋もあったわよね?」
「ああ、あるある。ほんのり甘〜くて美味しい芋があります」
「…そうではないと言っておろう!」
山樹林神の一喝で、あたりがしんと静まり返った。
滝の澄んだ水音だけが響く。
山樹林神は険しい表情を浮かべ、腰かけていた岩から滑り降りると、無言のまま俺の方へ歩いてくる。
それから、リンとモジャの間をすり抜けると
俺の濡れた身体を、きつくきつく抱きしめたのである。




