第四十四話 「 交渉 」
クラーネへ誠意を伝えるために土下座した瞬間。
ーードサリ。
「グオオーッッ!!!」
ーー クラーネの咆哮ではない。
俺自身の雄叫びだ。
頭を下げた拍子に背中の大荷物が頭にのしかかり、はずみで額が地面の石に打ちつけられた。
リュックサックには、はちきれんばかりの荷物が詰まっていたのだ。
「痛っ‥‥ ぐぬっ‥ お、重い‥頭が上げられない‥ 助けてくれ」
「 ‥ 馬鹿な奴だ」
クラーネは呆れたように呟いた。
「た、頼みます。手でも足でもいいから‥か、貸してくれ」
「 ‥‥フフン。いいねぇ。いいねぇ。苦しみ悶える若い男」
( ‥?! )
背後から聞こえた声。
明らかにクラーネではない。
そいつは俺のすぐそばに立っている。 いつの間に‥?
「こいつはクラーネの獲物かぁい?」
粘つくような甘ったるい声。
「この者は、吊り橋で捕らえた侵入者でございます」
「ほう。どれどれ」
不意にリュックサックがヒョイと持ち上げられ背中が軽くなった。
そして、何者かがしゃがみ込み地面に這いつくばる俺の顎をグイッとすくい上げる。
強制的に顔を上げられ、視界に入った銀色の大きな瞳。
一瞬吸い込まれそうになり、慌ててまばたきをした。
長く艶やかな緑色の髪を結い、花や蝶などが描かれた派手な着物姿。
両膝を大きく広げてしゃがむ姿勢は大胆な印象を受ける(いわゆるヤンキー座りというやつだ)。
俺の顔を見るなり
「フフン。うまそうなイモだ」
と言うと、俺の額から流れた血をペロリと舐めた。
「なっ‥‥?! イモっ??」
初対面の相手に額を舐められるという衝撃!!
それに、イモ? イモって芋?
俺は驚きのあまり目を見開いた。
「クラーネよ、このイモをどう料理する?」
「ままま待ってください!‥もしや芋というのは、俺のことでしょうかっ?」
「他に誰がいる? ここにいるのは、クラーネとわらわとお前だけだ。‥ つまり、イモはお前のことじゃ」
「俺を、た、食べるなんて言わないで下さいっ!
俺の名は 朝月 勇者と申しますっ!
不審な者ではございません。どうか話を聞いて下さいっ」
「ほう‥ その前にひとつ試験をしようぞ。合格すれば話を聞いてやっても良いぞ」
「し、試験?」
「そうじゃ。なぁに、簡単な試験よ。わらわの名、山樹林神と十回続けて言うてみよ」
「あっ‥ あなたが 山樹林神様??」
「いかにも。イモよ、やるのかやらぬのか? わらわは気が短いのじゃ」
( ‥‥ なんか前にも似たようなことが‥ 。神々の間で流行っている遊びなのか? ‥‥ とにかく今はやるしかない。失敗は許されない)
俺は真剣な眼差しで山樹林神を見つめた。
「やります!やらせて下さい!お願いしますっ!」
すぐさま立ち上がり一礼すると、背筋を伸ばして深呼吸。
「よしっ!はじめっ!」
クラーネの号令で、心拍数が一気に跳ね上がり全身に緊張が走る。
「 ‥さんじゅりんしんさま さんじゅりんしんしゃま さんじゅりんちんしゃま さんぎゅりんちんちゃま さんきゅりんちんちゃま さんきゅーちんち‥‥」
「えええいっ!やめぇぇぇいっっ!!」
クラーネが大声で制止し、俺の首根っこをひょいとつまみ上げた。
「待ってくれっ!あと4回でクリアーするのに‥ 」
「たわけぇーーーっ!!2回目からすでに言えとらんかっただろうがぁ!」
「や、やめ‥ ウワァーーーッ!」
俺の体は軽々と宙を舞い、滝壺に放り投げられた。
ーーー バッシャーーンッ!!!
全身を叩きつけるような衝撃とともに、冷たい水が俺を飲み込んだ。
一気に鼻と口に水が流れ込む。
「ゴホッガハッ!アワッ‥ た助けてーっ!」
「フフン。失格の罰じゃ。クラーネ、イモは洗えたぞ。
さあ、どう料理しようかねぇ」
山樹林神は意地悪く微笑んだ。
「ど、どうかもう一度チャンスをーーー!焦って‥早口になってしまって‥ つ‥ 次はもっと慎重に‥言いますからぁーー!」
手足をバタつかせながら必死に叫ぶ。もがけばもがくほど身体は沈みそうになる。
「ププッ‥ フワッはっはっはっ!愉快、愉快! クーラネよ、助けてやれ」
「はいっ」
クラーネに水から引き上げられ無事に着地。
全身グッショリ、心はグッタリ‥。
俺はへなへなと座り込み、あらためて目の前の山樹林神の姿を見つめた。
滝を背に、大きめの岩にあぐらをかいて座っている自然界の女神。
その堂々たる姿は、目を奪われる美しさ。
大自然の " 癒し " の柔らかいイメージとはかけ離れ、むしろ獣のように雄々しく、圧倒的な強さを秘めた存在感がある。
だがその瞳の奥では、俺をからかい弄んで楽しんでいるかのようなドS感を感じるのは気のせいだろうか?
「勇者よ、この山に来た理由はなんぞ?」
山樹林神は袖から扇子を取り出し広げながら言った。
「魔王城を目指しています」
「魔王城? なんじゃそれは。
わらわはこの地を守ってきた神ぞ! 魔王城なぞ作らせた覚えはない」
「魔王は‥ 数年前から 地神 宗玄という人間の姿で現れ、人間界を支配してきたのです。魔物と人間が共存する世界にする‥ と」
「地神 宗玄‥ T-Godグループとやらの‥」
「ご存じなのですか?」
自然界の神が、世間をにぎわした有名人を知っているのが意外だった。
「わらわは自然界を守る神。人間とは遠い昔から共生してきた。時には、村娘に化け人間界の様子を見に行くのじゃ。
ここ数年、山にリゾート施設だのを作ろうとしている奴だな。イケメン面のすかした野郎だ。わらわは好かん!!
わらわはイモが良い」
「いや、その‥ イモが良いというのはよくわからないのですが‥(この神様は本当に俺を食べるつもりか?)」
「わらわの知らぬ間に勝手に城を建てただと?魔界の者が人間界に?どうりでここ数年、山の者たちが住処を奪われているわけだな‥ 」
「山樹林神様、クラーネさんから聞きました。人間への怒りを感じていらっしゃること‥ 。
人間のひとりとして申し訳ないと思います。でも、俺は自然を愛しています。大切にしたいです。そう思っている人間は俺だけじゃありません」
「ほう。自然が無くなれば人間もまた滅びる。人間が滅びても自然は滅ばぬかもしれぬし、共に無くなるかもしれん。
わらわはそれを見守る役目がある‥ それだけじゃ。人間の未来なんぞわらわには興味はない」
そう言った山樹林神の瞳は心なしか寂しそうに見えた。




