第四十一話 「 難関 」
食事を終え少し休憩した後、俺たちは出発した。
魔王城までの距離は定かではない。地図があるわけでもない。ここまでどれだけ歩いてきたのかも曖昧だ。
けれど、この先にあると確信できただけで、気持ちも足取りもいくぶん軽くなった気がする。
しかし、奥へ奥へと進むにつれ、まるで俺たちの行く手を阻むかのように道は険しくなっていく。
「リン、勇者どん、気をつけるんですぞぉぉっとっとお!」
モジャが勢いよく前のめりになる。
「おっと危ない! ‥ 大丈夫か?」
間一髪で素早くキャッチ。
「だ、大丈夫じゃ。‥ 勇者どんのおかげで助かりましたぞ」
そう言うと、モジャは大きく息を吐いた。
「怪我がなくて良かったわ。この先、もっと危険かもしれないから、気をつけないとね」
「そうだな。油断大敵だ」
ーー それからしばらく進むと、切り立った崖にさしかかった。
向こう側の崖まで吊り橋がかかっている。
だが、ただ板を並べただけの簡素な作り。両側のロープもなんだか頼りない。
この古びた吊り橋、俺たちの重さに耐えられるのだろうか。
下を覗けば川。思ったよりも流れは速い。笑えない高さだ。落ちたらひとたまりもないだろう‥ 。
思わず身震いしてしまう。
「えーと、引き返してまわり道をしないか?」
俺は二人に提案した。
「え?どうして?」
「こ、この橋は危険だからである。落ちたら一巻の終わりだぞ」
俺は吊り橋の下を指差して言った。
「 ‥ 怖いの?」
リンが探るような目つきで俺の顔を覗き込む。
「いや!そういうわけではない。この橋は古そうだし危ない。俺たち三人が無事に渡れるとは限らないぞ」
「確かにそうですな。しかし、ここまで来た道で、まわり道できそうなところはなかったようですぞ。前進あるのみ‥ ではないかのう?」
「私たち三人ならなんとかなるわよ。どうしたの?急に弱気になっちゃって」
「 ‥‥ さっきは強がったが、正直言うと怖い。 ‥‥ ごめん」
俺はしょんぼり頭を下げた。" 勇者 " なんて立派な
名前なのに、我ながら情けない。
「前までは、高い所が苦手 だったわけではなかったんだけどな‥ 」
俺は、ポケットに入れてあるキーホルダーを無意識に握りしめていた。セーラー戦隊セルカのキーホルダー、亡き友の形見だ。トラウマ‥ みたいになっちまったのかな‥ 。
「誰にだって苦手なものはあるわ。話してくれてありがと」
「 ‥リンの魔法でなんとかなりませぬかな?」
「極力魔法は控えたいところなのよね。けど、ここを抜けないと先へ進めない。
‥‥そうだ!いいものがあるわ」
リンは肩から下げたポシェットから小さなアトマイザーを取り出した。
「香水か?」
リンが手にしているアトマイザーには薄紫色の液体が入っている。
「これは夢見スプレー。自分が見たい夢が見られる魔法薬なの。
催眠術‥ とか 自己暗示みたいなものかな。
この橋を " 恐怖 " と認識しないように、楽しいものへ意識をすり替えるのよ。例えば、大好きな人と散歩している幻覚を見ながら進む、とかね」
「ほうほう。それは楽しそうだな」
脳内には瞬時にミーコが浮かんだ。
『いざ進め、だよ。ゆ・う・しゃ』
と、笑顔のミーコがポワワワワーン‥ と。
「急にニヤけて気持ち悪いわね。
まあいいわ。私がスプレーをかけるから、楽しいことを思い浮かべてね。効き目は三分間。橋を渡り切るには充分だと思うわ」
「よしっ!雲外蒼天、一味同心、ともにこの橋を越えようぞ!」
「‥ 勇者、たまに武士気取りモードになるわよね。
それじゃ、いくわよ。目を閉じて」
シュシュッ シュッシュ
目を閉じたと同時に、夢見スプレーから魔法薬が噴射され、ほんのりフローラルの香り。
桃色のワンピースを着たミーコがポヨヨヨーンと浮かぶ。
『さあ、行こっか』
ミーコが差し出した手を握る。柔らかな温かい感触に胸が躍る。
ミシリッ
足を踏み出すと板が軋む音、揺らぐ橋。
だけど怖くない。なぜならミーコと一緒だから。
まるで雲に乗って歩いているような夢の時間。
「いざ進めーいざ進めーいざ進めレッツムボーン」
思わず口ずさむとミーコも微笑む。
こんな夢のような思いができるなんて‥ この上ない幸せ!
ミーコが俺に語りかける。
『ほら、もうすぐです‥ ぞ』
「ぞ??
‥‥ はわわわわっ!ぎょえっ!モジャじゃないか!」
後少しというところで我に返った。
どうやら三分経ってしまったようだ。
手を握っていたのはモジャだったのである。
「あと少し。無事に渡りきれるわよ、頑張って」
渡り切るまで残り二メートルほどだ。
リンが声をかけて励ましてくれたが、現実に戻ってしまった俺に否応なしに恐怖が襲いかかる。
ミーコの姿は消えて、目に飛び込んできたのは橋の下に見える川。
ゴウゴウ音を立て、俺を誘うような。
風が橋を揺らし「行かせてなるものか」と意地悪く笑っているような。
‥ 足がすくんで前に進めない。
「勇者どん、わしの手につかまって」
この際かっこつけている場合ではない。藁にもすがりたい思いだ。
俺はモジャへ手を伸ばす。
ーーーその瞬間、無情にも突風が俺を襲うーー




