第四十話 「 約束 」
空気が一変した。
さっきまでの笑顔はどこにもない。
「こやつが岩陰に隠れておりましたっ!」
静まり返ったホールにゴブリン兵の声が響くと、ホールにいたゴブリンたちがざわつき始めた。
「皆 落ち着いて」
ピーカ王女の澄んだ声が、一瞬にしてざわめきを包み込む。
先頭のゴブリン兵が王女の前に跪き、後方二人のゴブリン兵は、捕らえた者を乱暴に前へ突き出した。
「しっかり立てっ!」
ずんぐりむっくりな体がよろめきながら一歩前へ出る。
ゆっくり顔を上げると、顔全体を覆い尽くす真っ黒な髪と髭。その隙間から覗くまんまるの大きな目。
キョロキョロ忙しなく動く目は、ある一点で止まった。
「ゆ、勇者どんっ!」
「モジャ! いったいどうして‥ 」
「心配で様子を見に来たら捕まってしもうて‥ 」
モジャは涙目で訴えるように俺を見つめた。
すると、その様子を見て何かを察したのか、ピーカ王女が俺に尋ねた。
「 ‥ この方は勇者様のお仲間ですか?」
「はい」
短く答えると、王女はすかさずモジャへ頭を下げ
「大変失礼なことをいたしました。
‥‥ 手を離してさしあげて」
ゴブリン兵へ即座に指示した。
「は、はいっ!」
ゴブリン兵は慌ててモジャから手を離し、解放されたモジャはヨロヨロ俺の方へ駆け寄る。
「勇者どん、ご無事で何より! お怪我はないですかな?」
「大丈夫だよ。ここの皆は良い人たちだ」
「彼らと‥ 話せるのですかな?」
モジャは驚きを隠せないように目を大きく見開いた。
「ああ、もちろん。彼らはゴブリンの姿をしているけれど元は人間なんだ。‥モジャには彼らの言葉がわからないのか?」
「さっぱりわからんですぞ」
モジャは首を傾げ、左右の手の平を空へ向けるポーズを見せた。
(彼らの言葉が俺には理解できて、モジャにはわからない? 呪いをかけられてゴブリンになっているせいか‥ ?
" 俺だけが理解できる" なんて‥
ーー もしかして俺が話せるのはパンダバ様が与えてくれた音便力のおかげ ?
‥ それならつじつまが合う。前に餓鬼と話していた時も、リンには聞き取れなかったことがあったっけ‥ )
(第十話 「 初陣 」参照)
「これから魔王城へ出発しようとしていたところだ。出発前にモジャと会えて良かったよ」
「わしも安心しましたぞ。 ‥‥ 昨日はわしだけ隠れてしもうて申し訳ない‥ 」
モジャはすまなそうな表情をして身体を縮めるような仕草を見せた。
「ハハハッ。はじめは驚いたけどな。ゴブリン達とは裸のつきあいですぐ打ち解けられたよ」
「 ‥‥ それでその全裸‥ なのですな」
モジャのまん丸い瞳が、俺の頭から足先までをゆっくりスキャンするようになぞる。
ふと気がつくとピーカ王女がすぐ隣に来ていた。
「この方と一緒に魔王城へ行くのですか?」
「はい。他にもう一人仲間がいます。一日も早く魔王城を見つけて呪いを解くと約束します!待っていてください」
「ええ。ありがとうございます」
ピーカ王女は両手で俺の手を握り、にっこり微笑む。
その傍らに、無愛想だが誰よりも頼りになる男、ゴリゴが立っていた。
「行ってきます」
そう告げて、俺はゴリゴへ手を差し出した。
ゴリゴは一瞬だけ目を細めると、ふっと口元を歪める。
「タノンダゾ」
俺の手は力強く握り返された。ゴリゴの手から伝わってくる体温。
会って間もないはずなのに、ずいぶん前から共に歩んできた戦友のような‥ 不思議な感覚を覚え胸が熱くなった。
こうして、王女とゴブリンたちに見送られ、俺とモジャはゴブリンの館をあとにしたのである。
♢ ♢ ♢
それから、モジャの案内で森へ戻ると、リンがテントの周りをソワソワ歩き回っている姿が見えた。
「おーい!リーン!」
声をかけると、弾けた笑顔で駆け寄って来たリン。
「良かったぁ、勇者もモジャも無事で。 ‥‥ って、勇者のその格好はどうしたの?」
リンが眉をひそめて俺を見る。
俺の下腹部でヒラヒラ揺れる葉が目に留まると、リンの耳たぶが微かに赤くなった。
「あわわわ!ごめんっ。すぐ着替える。それから、心配かけてごめん」
急に全裸が恥ずかしくなり、まずはパンツを履いて落ち着いてから話し始めることにした俺である。
「 実はーーーーー 」
‥‥ ゴブリンの館での一部始終、ピーカ王女から聞いた話をリンとモジャへ話した。
「 ーーそう。じゃあ、勇者はゴブリンのお姫様と " 呪いを解く " 約束をしたのね」
「どのみち魔王討伐するから、そのついでって訳だ」
「この先に魔王城があるのは確実ですな」
「ああ。あとは前進あるのみ!
その前に、腹ごしらえといくか。モジャとリンの顔見たら、安心して腹が減ってきたよ」
「賛成〜! 勇者飯お願いしまぁす」
「わしも手伝いますぞ」
モジャが腕まくりをして張り切って準備を始める。
すると、俺の背中にリンがコツンと肩をぶつけて呟く。
「私やモジャがいなくて寂しかったでしょぉ?」
「そりゃな」
肩をすくめて答えると
「わしもですぞ! 心配で眠れなかったですぞ!」
鍋を運びながらモジャが声を張り上げる。
「えーーーっ? 速攻で寝たじゃない。すぐにイビキかいてたわよ」
「な、なんですとっ? そんなはずは‥ 」
「ハハッ。まあ何はともあれ " 仲間 " がいるっていいな。
一晩ゴブリンの館で過ごして、つくづくそう思ったよ。
モジャ、リン、俺。 ピーカ王女と家臣たち。
仲間がいるって‥‥ 胸アツだよなぁ。
よしっ! 今日のメニューは『スペシャルオリジナル仲間丼』だ!」
「わぁお!楽しみ〜」
高らかに 森に響くよ 笑い声 (勇者 心の一句)
♢ ♢ ♢
「パンダバ様、パンダバ様ってば!」
「ほわわわっ!びっくりするちゃいっ!」
ーーー ここは、とある空間。
「また居眠りしかけてましたよっ」
アノンはプクッと頬をふくらませて見せた。
「泉月勇者様のラブロマンス‥ とはなりませんでしたねぇ。残念!」
「もちのロンちゃい!餅だけに〜。餅でゴブリンたちの胃袋はつかんだがなっ!チャーッチャッチャッチャ!」
真っ黒な顔をクシャクシャにして笑うバンダバ様を見て、アノンの顔も緩む。
「嬉しそうですねパンダバ様。勇者様がピーカ王女のプロポーズを断ったからですか? もしかしてパンダバ様も勇者様が好きなのでは?」
「違うちゃいっ! 歳の差ありすぎちゃいっ」
「あら〜ムキになるところが怪しいですよぉ」
「からかうでない!
それより、勇者が " オンビンリョク " にようやく気がついたちゃい。まだまだ可能性を広げるのは勇者次第。
楽しみちゃ〜〜〜〜い!」




