191 兄(妹)の代わりに謝ります
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短編「魔王と腰元~お松がダンダリオンの妻になるまで~」を投稿しました。
皆様、ぜひぜひ読んでみてください。
「お嬢様、どうか元気を出して下さい。ほら、お嬢様がお好きな料理長特製チーズケーキですよ」
そう言いながら、運んできたワゴンからテーブルの上にチーズケーキの皿を移すマリー。
ベルク伯爵家の領地から今朝送られてきたばかりのクリームチーズを使った、コクがあるのに爽やかな口溶けのレアチーズケーキ。
ごろっとした大きめの粒が感じられるブルーベリーソースは、果実の甘みを引き立てるようにと、少なめの砂糖しか使われていない。
見るからに美味しそうで、思わず目が釘付けになってしまう。
「もう、マリーったら。こんなの持ってこられたら、不貞寝してるわけにはいかないじゃない……」
今日は文化祭の振替休日で、学院はお休み。
それをいいことに、私はずっと自室に閉じこもっていたのだ。
モソモソとベッドから起き出し、寝間着のままテーブルの前の椅子に座る。
とんでもなくだらしない格好だが、今日はおじいさまとおばあさまは所用で家を留守にしているし、使用人達は私が落ち込んでいることを知っているので、誰も何も言ってこない。
マリーが丁寧にお茶を淹れてくれる。
芳醇な茶葉の香りと蜂蜜の甘い香り。
ティーカップから立ち昇る湯気が、ふわりと鼻をくすぐっていく。
その瞬間、お腹がぐーっと大きな音を立てた。
「朝食も昼食も召し上がってないんですもの。お腹が空いてますよね? ケーキはホールでお持ちしましたから、沢山召し上がって下さいね」
そう言われて改めて時計を見る。
もう、午後の三時になっていた。
こんな時間まで寝ていたなんて――おじいさまとおばあさまが留守で本当に良かった。
「心配かけてごめんね、マリー。……ありがとう」
そう言うと、マリーは目を細めてふわりと微笑んだ。
本当に、マリーはいつだって優しい。
「いただきます」
小さめのフォークでケーキを一口分に切り分け、口の中に入れる。
「美味しい……!」
そう。料理長特製のレアチーズケーキは本当に美味しい。
クリームチーズの酸味をブルーベリーソースの甘みがうまく引き立てていて、何度食べても思わず声が出る感動モノの美味しさなのだ。
おそらく、料理長も元気の無い私を気遣ってくれているのだろう。
なんだか申し訳ない。
さて。私が何故こんなにも落ち込んでいるのかというと――
文化祭グランプリで、1位になれなかったのだ。
しかも、悔しいことに1位はキャサリン達のB組。
我がA組は、惜しくも2位だった。
(いやもうほんとに、ほんっとうに惜しかった……!)
1位との差は、なんと僅か2票。
そう、たったの2票だったのだ。
アルドラの双子王子達に邪魔されずに、リチャードがちゃんと接客していたとしたら、2票どころかもっと大差をつけてA組が1位だったかもしれないのに。
結果を知った時の絶望感たるや。
今思い返しても悔しくて悔しくて堪らない。
結果発表は、掲示板に結果が書かれた紙を貼り出すというシステムなのだが。
貼り紙を見た直後、あまりの悔しさに、両手に持っていたウサギの着ぐるみの頭部分を、力任せに地面に叩きつけてしまった。
「その、兄達が、申し訳なかった……」
ばいーんと跳ね返ったウサギの頭部をワンバウンドでキャッチしたギルバート殿下が、申し訳なさそうに頭を下げて来た。
何故だろう。若干、怯えているように見える。
「エリザベス嬢、言い訳に聞こえるかもしれないが、ギルは彼らがフォートラン王国にいることを知らされていなかったんだ」
「だからと言って、許されることではないだろう。弟である私からの謝罪は、当然のことだ」
横から庇う様にそう言ってきたカイルに、ギルバート殿下が首を左右に振る。
前から思っていたが、ギルバート殿下はこういうところはちゃんとしている。
確かに諦めが悪くて我儘なところもあるが、迷惑をかけたと自覚した時は、きちんと素直に謝罪できる人間なのだ。
「いやいや、ギルバート殿下はちっとも悪くないわよ。むしろ、あんな我儘なお兄さん達がいるなんて、気の毒だと思っちゃったし」
「エリザベス嬢……ありがとう」
「許してもらえて良かったね、ギル!」
ほっとしたような顔のギルバート殿下が、そっとウサギの頭部を手渡してきたので、苦笑しつつ受け取る。
そんな私達を見て、カイルが安心したように微笑んだ。
うん、この主従は、本当に仲が良い。
そう。ギルバート殿下とカイルは何も悪くない。
この話はもう終わりにしよう。
そう思った私は、話を変えようと笑顔で二人に話しかけた。
「それより、二人の劇、最高だったらしいわね! 皆がすごく褒めてたわよ。あー、見逃しちゃって本当に残念! 今度、何かの機会に再演して欲しいな!」
「…………」
「…………」
驚くべきことに。
何気なく発した私の言葉は、ギルバート殿下とカイルに劇的な変化をもたらした。
二人の瞳から一瞬で光が失われ――死んだ魚の目のようになったのだ。
「あ、あれ? えっと、私、何かまずいこと言った?」
「お前の妹は、本当に悪魔だ……!」
「俺、この先どんな顔して学院に来ればいいのか……」
文化祭グランプリで1位を取ったB組の出し物は、キャサリンが脚本演出を担当した劇だった。
キャサリンの前世は演劇部所属の女子高生。
オリジナルの脚本を書いたりもしていて、将来は脚本家を目指していたらしい。
そんなキャサリンプロデュースの劇は、ロミオとジュリエットをベースにした悲恋の物語。
タイトルは『月光のバルコニー~その唇に薔薇の毒を~』
伝え聞くところによると、当初の予定はギルバート殿下が悲劇の恋人の男役で、カイルが女役だったのだそうだ。
ところがカイルが頑なに女装を拒んだため、キャサリンはギルバート殿下を女装させようとした。
だが、ギルバート殿下も女装を嫌がった。
素直に従わない二人にキレたキャサリンは、なんと二人とも男役ということで脚本を書き換えた。
つまり、男同士の恋人という設定にしたわけだ。
キャサリンがBでLなあれこれをこれでもかと詰め込んだ脚本を、美形二人が演じるのだ。
結果として、それは多くの女子の心に刺さった。
おかげでB組は見事に文化祭グランプリ1位に輝いたわけだが、ギルバート殿下とカイルの心はかなりのダメージを喰らったようだ。
「あー、えっと、キャサリンが申し訳ないことを……ごめんなさい」
姉としていたたまれない気持ちになってしまい、思わずそう謝ると、カイルとギルバート殿下が遠い目をした。
「いや、エリザベス嬢は何も悪くないよ……」
「でも、お前がそう言いたくなる気持ちはよくわかる。お互い、とんでもない兄妹を持ったものだな……」
それから私達は、しんみりと頷き合った。




