192 いいことを思いついた
そうして私達三人がしんみりと話しているところに、見るからに上機嫌のキャサリンがやってきた。
「あ、お姉さま! ふふっ、今回は残念でしたね!」
「キャサリン……随分と嬉しそうね」
「そりゃそうよ! 自分の書いたお芝居をこんな美形二人に演じてもらえるなんて機会、そうそう無いもの。いやもうね、この二人見てると妄想が捗ること捗ること……! 次はハムレットのパロディがいいかしら。いやでも意外と喜劇もいけるかも……」
両腕を組みながら、ブツブツとそう呟くキャサリン。
「おいちょっと待て! 次ってなんだ! なんで私達がやる前提になってるんだ!」
「俺はもう二度とやらないからな!」
不穏な空気を察したギルバート殿下とカイルがすかさず声を上げた。
だがキャサリンは全く悪びれずに満面の笑みでとんでもないことを言い出した。
「あら? これから機会はいくらでもあるわよ? だって、私、演劇部を立ち上げるつもりだから」
「えっ!?」
予想外の言葉に思わず声が出た。
ギルバート殿下とカイルも驚きに目を瞠っている。
「ゲットした『なんでもチケット』を使って、演劇部を立ち上げることにしたの。だってこの学院って演劇部ないんだもの」
言われてみればそうだった。
この学院に演劇部は無い。
というか、そもそもこの学院では部活動そのものがあまり盛んではない。
たしか馬術部とか美術部あたりはあったはずだが、放課後に部活動をやっている生徒が周りにいないので詳しいことはわからない。
それに、私達はいつも放課後の空き教室でダラダラ喋って過ごしているし。
「学院に申請して、部室と顧問と部費を用意してもらうわ! ふふっ、楽しみになってきたわ!」
「おいちょっと待て! 私はそんな部には入らないからな!」
「俺もだ! 勝手に決めないでくれ!」
慌てふためくギルバート殿下とカイルを横目で見ながら、私はあることを思い出した。
文化祭グランプリの副賞『学院長発行特別許可証』、通称『なんでもチケット』
私はそれで生徒会役員からの推薦を拒否するつもりでいた。
放課後の時間を生徒会活動に費やすのが嫌だったからだ。
だが、生徒会に入らなくて済む方法が他にもあるではないか!
そう、それは、部活動で『部長』になればよいのだ!
生徒会役員はそれぞれの最高学年の生徒達の中から選ばれると決まっている。
その選出方法は『推薦制』であり、選挙は一切行われない。
現役の生徒会役員の推薦を受けた生徒のところに話が行き、本人が承諾すれば即決定となる。
そして今までの慣例からすると、上位5名は生徒会役員に推薦されるのがほぼ確定なのだ。
だが、例外があった。
各部の『部長』だけは、生徒会活動よりも部の方を優先できるのだ。
(そうよ、入学式後のガイダンスでそう教わったもの! 私ったら、どうして忘れていたんだろう!)
まあ、部活動に参加すると言う選択肢が全く頭に無かったからなのだが。
とにかく、私もキャサリンのように部を立ち上げて、部長になればいいのだ。
だが、私には『なんでもチケット』が無い。
部員を集め、学院に申請し、顧問と部費をもらうのはかなり大変なことになるだろう。
(あー、せっかく良い案だと思ったのに……そうだ!)
「ねえ、ギルバート殿下、カイルでもいいけど。部を立ち上げてみない?」
「は? いきなり何を言い出すんだ、お前は」
「部を立ち上げてその部に入れば、キャサリンの演劇部に入らなくていいのよ? 名案でしょう? それでね、私が部長になってあげるわ! そうすれば私は生徒会に入らなくて良くなる! お互い助かるでしょう?」
笑顔でそう言った私に、ギルバート殿下とカイルが呆れたような顔になった。
キャサリンは口に手を当てて吹き出すのを堪えている。何故だ。
「お前な……そんな回りくどい事をしなくても、最悪、私もカイルも『学院長発行特別許可証』を使えば演劇部に入らなくて済むんだぞ」
「そうそう、キャサリン嬢の勧誘がしつこかったら、最悪、『なんでもチケット』を使って断ればいいだけだからね。とはいえ、そんなことに貴重なチケットは使いたくないけど」
「失礼ね! そんなことだの最悪だの、随分な言いようじゃないの!」
せっかく名案が閃いたと思ったのに。
ギャアギャアと揉めるギルバート殿下達の横で、私は大きなため息をついた。
「何をそんなに揉めているんですか? って、お嬢様、まだ着替えてなかったんですか?」
メイド服からいつもの制服に着替えたリチャードがやってきた。
本当は私もいつまでも着ぐるみ姿でいないで、さっさと着替えないといけなかったのだが。
結果が気になり、ついつい掲示板の前に来てしまったのだ。
「早く着替えてきて下さい……お嬢様? 何かあったんですか?」
私の顔を見たリチャードが、心配そうにそう言った。
どうやらガッカリしすぎて顔に出ていたようだ。
「ううん、何でもないの」
「嘘ですね。隠さずにちゃんと話してください」
眉を寄せて、じっと目を見つめて来るリチャード。
まずい。リチャードがこうなったら、誤魔化すのは至難の業だ。
仕方なく、キャサリンの演劇部立ち上げ案件から順に説明するはめになった。
黙って頷きながら話を聞いていたリチャードだったが、どんどんその表情が険しくなっていった。
そして。
「……というわけなの」
「そうですか、わかりました。つまりお嬢様は、自分だけ部長になって生徒会活動から逃れようとしたわけですね。俺のことはかまわず、自分だけ」
「えっ、そ、そんなつもりじゃ……」
「お嬢様は言ってましたよね? 私は生徒会に入る名誉なんていらない、それよりも、俺と二人きりでいたいって! 放課後デートがしたいって!」
「えっ? 私、放課後デートなんて言った?」
「ひどい! お嬢様がそう言ったから、俺はメイド服を着たのに!!」
(いやちょっと待って! それだと私がリチャードを騙した極悪人みたいじゃない!)
慌てて周りと見渡すと、ギルバート殿下とカイルが責めるような目で私を見詰めていた。
キャサリンはというと、堪えきれなくなったように、お腹を抱えて笑い転げている。
「リ、リチャード、あのね、落ち着いて……!」
必死に謝ってみたのだが、リチャードの機嫌は一向に直らなかった。
あまりのいたたまれない雰囲気に、私は黙ってウサギの頭部を被り直した。
――その後、私とリチャードは無言のまま迎えの馬車に乗り込んだ。
エリザベスは、一体、何の部を立ち上げるつもりだったのでしょうか。




