190 懐かしい母校を訪れたOBの話 後編
本日、2話目です。
「……っ! 貴女はとても優しい方なんですね」
思わずそう口にすると、メイド姿の男子生徒が不機嫌そうに話に割って入って来た。
「……それで、その後、男の身柄はどうなりましたか?」
「騒ぎを聞いて駆けつけたアルドラ王国の王子達が、医者に診せると言って連れて行きました」
「アルドラ王国の王子達が?」
「はい。見た目には怪我が無くても頭を強く打った可能性もあるということで、医者に診せたいと言って急いで学院を出て行きました」
「え? 学院の医務室に行った方が早くない?」
彼女のその言葉に応えるように、彼がニヤリと口の端を持ち上げながら言った。
「逃げたんですよ。今、学院内には兄達がいますしね。木に登って部屋を覗いていたとなれば、取り調べのために王都の騎士団の詰所に連れて行くと言われるのがオチですから」
彼が発した兄達という言葉と、どこかで見覚えのある不敵な微笑み。
さらには彼女が言った、「そうね、アーサー兄様とハリー兄様なら、絶対そう言うと思うわ!」という言葉。
それらがなんだか引っかかった。
何かを思い出せそうなのに、どうにも答えが出てこない。
その後。
部屋を出て彼らの教室へと向かうことにした。
担任教師も一緒だった。
ここまでの騒ぎになってしまったのだから、担任としては放っておけないのだろう。
『生徒達の様子を見に行く』と言う彼は、若いのに責任感がある立派な教師のようだ。
軽い雑談をしながら歩いて行くと、程なく彼らの教室に着いた。
入口の看板を見ると、『もふもふカフェにようこそ!』と書かれている。
中を覗くと、メイド姿の男子生徒や執事姿の女子生徒がいて、優雅に客に給仕をしていた。
彼らの頭には猫のような耳があり、背後に尻尾のようなものが揺れている。
これは客にウケるだろう、よく考えたものだ。
そんなことを思いつつ、彼らの後ろについて教室の中に入る。
その直後、目の前を歩いていた三人の足がピタリと止まり、その場で凍り付いたように固まってしまった。
何事かと思い、慌てて彼らの視線の先を追う。
そこには、口の端に真っ赤なケチャップを付けた一人の男子生徒が、無邪気に笑っていた。
「あ、お帰りー。遅かったね、どこに行ってたんだい?」
「……ねえ、それってもしかして……」
「ああ、ここに置いてあったホットドッグ? 物凄く美味しくてさ! 一口だけ貰おうと思って食べ始めたら止まらなくなっちゃって。気づいたら三個全部食べちゃったんだよね」
「嘘でしょう……!?」
そう言うや否や、ウサギの着ぐるみが弾かれたようにジャンプして――男子生徒の頭をスパーンと勢いよく叩いた。
「痛っ! 止めてよ、エリザベス・フォークナー嬢……って、名前呼んじゃいけないんだっけ?」
「うるさいっ! あんたって子は、どうして……! いい!? 人の物を黙って食べるのは犯罪なんだからね!?」
「いや、一口だけと思って、つい……」
「つい、じゃないわよ! 一口だけでもダメにきまってるでしょう!」
そう叫びながら、ウサギの着ぐるみは男子生徒の頭をポカポカ叩き続けた。
その横では、担任教師が呆れたような顔で二人を見ている。
「それを君が言うのか、エリザベス・フォークナー!」
「あっ、ほら! 先生だって名前を呼んでるじゃないか!」
「名前なんてそんなのどうでもいいわよ! 私の金髪先生のホットドッグを盗み食いしやがって! 絶対に許さないんだからね!」
「君のではなく、リチャード・ベルクが買ったものだがな」
「先生、さっきからグチグチうるさいですよ! ワンワンワンッ!!」
「ひいいっ!!」
「お嬢様! 犬の鳴き真似は止めて下さい! ほらっ! 先生が怯えちゃってるじゃないですか!」
メイド姿の男子生徒が慌てて止めに入るが、暴徒化したウサギの着ぐるみの報復は止まらない。
不思議なことに、頭を叩かれているはずの男子生徒が、時折「痛っ! あれっ? 誰か足を蹴ってる?」と言いつつ脛の辺りを押さえている。
なかなかの修羅場だが、俺は一体、どうするべきなのだろうか――ん? エリザベス・フォークナーに、リチャード・ベルクだと?
遅ればせながら、そこでようやく気づいた。
目の前で大暴れしているウサギの着ぐるみの中の人間は、アルドラの神託の乙女の条件を満たした伯爵令嬢。
そして、彼女を必死に止めようとしているメイド姿の男子生徒は、『黒い狼』の名で有名なベルク伯爵の子息だという事に。
さっきからずっと思い出せなかった何か。ようやくそれがわかってスッキリした――のだが。
今はそんなことを考えている場合じゃない。
どうやってこの騒ぎを止めたらいい? そうだ、アレがあった!
「あの、よろしければ、俺が買ったホットドッグをお譲りしましょうか? 三個しかありませんが、守衛室に置いてあるんです」
俺の言葉に、暴れていたウサギの動きがピタリと止まった。
「ほんとに? ほんとに譲っていただけるんですか? やったー!! ありがとうございます!!」
「お嬢様、良かったですね!!」
今度は嬉しそうにぴょんぴょんと飛び跳ねるウサギ。
この中身があの美少女だとは、到底信じられない。
そんなことを考えていたところに、思いがけない声が聞こえて来た。
「おや、どうしたんだいエリザベス。そんなに喜んで」
「ははっ、本物のウサギも負けるくらいのジャンプだな」
振り返った先に居たのは、宰相補佐のアーサー・ベルクと王妃の護衛騎士のハリー・ベルク。
二人とも、王宮で働く者なら誰でも知っている有能な人物であり、貴族女性達から絶大な人気を誇っている。
そんな今をときめく貴公子達が、にこやかに微笑んでいた。
「何があったんだい? リチャード」
「ええと、こちらの守衛の方が、俺達にホットドッグを譲ってくれると仰って」
「リチャード、こちらは学院の守衛ではないよ。王宮の衛兵の……ロイ・ハミルトン殿だったね?」
信じられない。
俺のようなたかだか一介の衛兵ごときの名を、文官であるアーサー・ベルクが知っているだなんて。
「ロイ・ハミルトンか。腕が立つ上に、責任感が強く、人情味もある男だと守備隊長が話していたな」
嘘だろう!? 普段、あまり接点の無い近衛騎士であるハリー・ベルクまで!?
それより何より、守備隊長は俺のことをそんな風に見てくれていたのか。
「アーサー兄様、ハリー兄様! 私、この方には大変お世話になったんです! あの、アルドラの護衛に追われていたので……」
「そうなのかい? それは怖い思いをしたね、……ハミルトン殿。この度は弟とエリザベスが大変世話になりました。心から感謝申し上げる」
「俺からも礼を言わせて欲しい。本当にありがとう」
「お二人とも、頭を上げて下さい!! 俺は特に何もしていませんから!」
そうだ。俺は別に何もしていない。
誰かと戦ったわけでもないし。
ただ、金髪先生のホットドッグを譲ろうとしているだけなのだ。
そんなに丁寧に礼を言われるようなことはしていない。
なのに――なのに!
「あ、そうだアーサー兄上。たしか、宮廷騎士を何人か増やすって話があったよね?」
「そうなんだ。今は公女の護衛に何人か回しているからね。人手が足りなくて困っているんだよ。誰か見付けて来いと上から言われているんだが、なかなか良い人物が見つからなくてね」
「だったら、彼はどうだろう」
「ああ、それは良いことを思いついたね。さすがハリーだ。……どうだろう、ハミルトン殿。君さえよければ宮廷騎士にならないかい? 私から宰相閣下に推薦しよう。もちろんベルク伯爵家の推薦状をつけるよ」
「え? ……ええっ?」
平民の俺が騎士になるには、仕事で功績を挙げるか、力のある高位貴族の推薦を得るかの二択。
後者は到底無理なので、仕事で手柄を挙げようと必死になっていたのに。
まさか、こんなところで高位貴族との縁ができるだなんて。
「も、もちろんです! 喜んでお受けいたします!」
宮廷騎士になれば騎士爵を得られる。
そうすれば、サラの家に婿入りすることも夢じゃない。
ああ、サラ! やったよ! これでようやく君にプロポーズできる!
嬉しさのあまり興奮し、思わず呼吸が乱れてしまった。
そんな俺よりもさらにハァハァと荒い呼吸を繰り返す男がすぐ横にいてこちらの様子を見ていたのが気になったが、今はそんな些細なことを気にしている場合ではない。
急いで守衛室に行き、ホットドッグを取ってこなければ。
せっかく掴んだ幸運が、誰かに横取りされてしまったら大変だから。
エリザベス「このっ! このっ!」
チャールズ「痛っ! あれ? 足も痛いのは何でだ!?」
ニャー様「この泥棒め! ワシの尻尾のムチを喰らえっ!」




