18 文通していただけなのに
そんなこんなで。
無事、デビュタントを終えた私は、達成感に満ち溢れて、のびのびと毎日を過ごしている。
そんなのんびりまったりしている私とは対照的に、メイドのマリーの顔色は、日々悪くなっている。
「マリー、あの、その……大丈夫? 目の下のクマがすごいことになってるけど……」
「お嬢様……」
聞かなくてもわかる。あのヤンデレ伯爵ことエリック・ボールドのせいだろう。
「実はですね……」
そうしてマリーが語り出したのは、とんでもない話だった。
2ヶ月前、マリーは『お嬢様のデビュタントの準備で忙しいため、王都のカフェに行くような時間はありません』という手紙を伯爵に送ったのだが。
その手紙に対して、『忙しい貴女の邪魔をするのは本意ではありません。ですがどうか、私の溢れる思いを綴った手紙を送ることだけは許して頂けませんか? 貴女からのお返事は不要ですので』という殊勝な返事が送られてきた。
マリーは優しい。ものすごく優しい。そして押しに弱い。ものすごく。
そんな手紙を送られてしまったマリーは、『まあ、こちらからの返事がいらないのならいいかな』くらいの軽い気持ちで、その後も手紙を受け取ることにしたのだそうだ。
だが、それが間違いだった。
まず最初に、『お忙しい毎日を送っている貴女へ』と言って、安眠できるようにとラベンダーのポプリが贈られてきた。
つぎに、『少しでも貴女の心が癒されますように』と綺麗なピンクの薔薇が一輪。
たしかに、癒された。素敵な贈り物だと思った。なので、律儀なマリーはついつい返事をしてしまったそうだ。『素敵な贈り物をありがとうございます』と。
それから、あれよあれよと言う間に、贈り物はエスカレートしていった。
マリーに似合いそうな緑色のリボンや、マリーが好きな香りの香水はまだ許せた。
たが、サイズぴったりのドレス、サイズぴったりの靴、左手の薬指にぴったりの指輪(エリックの瞳の色と同じ)などが次々と贈られて来るようになったのだ。
堪りかねて、『もう贈り物は止めてください』と返事をしたところ、『あなたからまたお手紙を頂けるなんて嬉しい』に始まり、自分をあまりにも卑下する文面の、読んでいて思わず涙が出てきそうなほどの同情を誘う手紙が届き、それからずるずると、なし崩しに文通再開となり。
何度も手紙のやり取りをした挙げ句、昨日届いた手紙にはついに、『愛しい人。結婚式はいつにしましょうか』という恐ろしい言葉が書かれていたそうだ。
「怖い怖い怖い! どうしてそんなに話が進んじゃってるの!?」
「やっぱりあの方、頭おかしいですよね!?」
一体、何がどうなったらそこまで話が進むのか。
マリーは、平民の自分では、伯爵であるエリックとは身分が釣り合わないと言って断ったそうなのだが。
それに対して、ヤンデレ伯爵はというと。
『あなたの母上オリヴィア様はエルダー子爵の三女で、19歳のとき、国有数の大商会であるカーター商会の会長の跡取り息子ウォルト様に一目惚れされ、大恋愛の末に結ばれ、あなたを産んだと聞いております。カーター商会は先日の大雨の折、国に多額の寄付をした功績で次期男爵に叙爵が決まっているそうではないですか。そうなれば貴女は男爵令嬢。身分差など気にならないでしょう』という返事を送って寄越したのだそうだ。
「うちの家族のこと、ものすっごく詳しく調べていて、本当に怖いんですよ! 叙爵の話なんて娘の私ですら知らなかったんですよ!?」
「うわあ、何それ」
これはもう、私とマリーの手には負えないということで、リチャードにも相談してみることにした。
リチャードはまだ子供だが、同じ男性として何か良い解決策を打ち出してくれるかもしれない。
もうね、三人寄れば文殊の知恵って言うしね。
私達からことの成り行きを聞いたリチャードは、腕を組んでひとしきり考え込んだ後、真面目な顔で言った。
「あの伯爵ってマリーさんに一目惚れだったんですよね? それまで一度も会ったことなかったんでしょう?」
「はい、あの時が初対面です」
「ということは、マリーさんの性格とか、人となりを良くわかってないってことですよね?」
「まあ、そうですね」
「だったら、一度会ってじっくり話し合ったらいいんじゃないですか? 意外と向こうが、思ってたのと違うって言うかもしれませんよ?」
リチャードがとんでもないことを言い出した。
「だめだめだめ! マリーのこと深く知ったら、ますます好きになっちゃうに決まってる! だって、マリーみたいに優しい人、他には滅多にいないもの!」
「お嬢様、ありがとうございます!」
マリーが嬉しそうに頬を染めて言う。
こんなに可愛いマリーに会ってじっくり話したら、あのヤンデレ伯爵でなくても好きになちゃうに決まってる。
だが、リチャードは全然引かなかった。
「一度会って、ちゃんと話をすべきだと思います!」
「無理です!」
「だって、このままだと、どんどんエスカレートしちゃって、最後は無理やり攫われたりしそうだから」
リチャードの言葉に、マリーは顔面蒼白になった。
あの小説のことを知らないはずのリチャードまでもが、行き着くところは誘拐だと言うなんて!
(やっぱりあの伯爵は、誰が見てもヤバいヤンデレなんだ! ああ、一体どうすれば……はっ!)
「私に、いい考えがあるの!」
「はい、却下で」
「マリー? なんで!?」
「お嬢様の考えなんて、絶対にとんでもないに決まってるからです!」
「リチャードってばひどい!」
二人のあんまりな態度に心がダメージを負ったが、ひるまずに私の考えを説明してみた。
「ダブルデート?」
「そう。マリーは伯爵と一対一で会うのは怖いでしょう? だからね、私とリチャードも一緒に、4人でカフェに行きましょうよ。……マシューのその後のことも知りたいし……」
そうなのだ。
あの後、マシューがどうなったか聞きたい。
あの時のマシューは、かなりおかしかった
『お前たちなんて、まとめて、ころ』とか言ってた。
『ころ』の後に続く言葉なんて、『してやる!』とかに決まってる。
コロ『ッケ』とかコロ『ボックル』とか、そんなほっこりした言葉なはずがないのだ。
「リチャードの言う通り、一度ちゃんと向き合うしかないと思う。でも、私も一緒について行くから大丈夫よ! 絶対にマリーに手出しはさせないわ!」
「ううう、お嬢様……ありがとうございます」
「そうと決まれば、どこのカフェに行くか決めないとね! 教会の前の店はイチゴのタルトが美味しいらしいし、図書館の隣の店は、チョコレートケーキが評判なの! リチャードはどこがいい?」
「俺はお嬢様が行きたいところがいいです。どこにでも付いていきます」
「ふふっ、リチャードったら」
リチャードの後ろにブンブンと振られる犬の尻尾が見えるようだ。
「お嬢様、ずいぶんと楽しそうにしてますけど、食べすぎて太って仕立てた制服が入らない、なんてことの無いようにしてくださいね!」
「大丈夫! それを見越して、ウエストはゆるっゆるに仕立ててもらってるから!」
「お嬢様……あなたと言う人は」
「えっ、リチャード、太ったらだめなの? 私のこと嫌いになる?」
「……! なら、な、い、です……」
「じゃあ、問題ないわよね! よし、ダブルデートに向けて、気合が高まってきた!」
いくらなんでも、王都のカフェだし、12歳の子供二人の見てる前での拉致とかはないだろう。
一度会わなきゃ話が終わらないんだから、このダブルデートできっちり方を付けてやる!
ヤンデレ伯爵め、どこからでもかかってこい!!




