17 幸せです
デビュタントの花冠を贈るのは、『私の初めてをもらってください』という意味になる。
――というのは、真っ赤な嘘だった!
私はキャサリンに騙されたのだ。
思わず「リチャード、ごめん! やっぱりそれ返して!」と言ってしまい、リチャードを涙目にさせてしまった。
泣きそうなリチャードに慌てたキャサリンが、「うわあ、リチャード様! ごめんなさい!」
と叫び、本当は、『いつまでも一緒にいてください』という意味なのだと教えてくれた。
「やっぱりこれ貰って!」
慌てて花冠をリチャードの頭に載せ直す。
リチャードはじっとりした目で睨んできたが、なんとか涙は引っ込んだようだ。
危なかった。
一度渡しておいてすぐに取り上げるなんて、悪役令嬢っぽくて最悪だものね。
ちなみにキャサリンの花冠はエリオットが頭に載せている。
そんなこんなでワチャワチャ大騒ぎしていたら、背後から突然、声をかけられた。
「リズ。キャシー。ああ、綺麗だよ。本当に大きくなって……」
この声は!
私のことを「リズ」と呼ぶのは、今現在は一人しかいない。
恐る恐る振り返ると、そこには、私達の父親、ヘンリー・バートン子爵が立っていた。
ヘンリー・バートン。バートン子爵。
端正な顔立ち、すらりとした体躯、気品あふれる佇まい。
女性であれば「傾国」と称えられるであろう美貌は、かつて隣国の王女をも虜にし、ついには隣国に攫われそうになるという大事件を引き起こした。
それが理由で、我が国と隣国ロトリアの間に不和が生じ、現在に至るまで続いている。
現王が王太子だった頃は側近として仕えていたが、その事件の後は表舞台に立つことなく、自領で静かな日々を送っている。
その傾国の子爵こと父は今、細い銀縁の眼鏡をかけている。
確か目は悪くない筈だったので、美貌を隠すための伊達眼鏡だろう。全然隠れていないが。
父は目に涙をいっぱいに溜めている。いつ決壊して溢れ出てもおかしくないほどだ。
そして、掠れたような声で囁くように言った。
「久しぶりだね、リズ。元気そうで良かった。……リズにはまだきちんと謝っていなかったね……本当に、本当に申し訳なかった。私が不甲斐無いばかりに、リズを家から追い出すような形になってしま……ぐはっ!!」
「せっかく私とお姉さまが『仲良し姉妹』だと見せつけたのに、何言ってくれてんの!?」
キャサリンが、笑顔で父に走り寄り抱き着いた――と見せかけて、思いっきり助走をつけて鳩尾に頭突きした。
せっかく私達が『仲良し姉妹作戦』を成功させたのに、ここで父が私に謝罪なんてしたら台無しになってしまう。
キャサリンが父を黙らせてくれて助かった。
「エリザベス様、キャサリン」
「あ! お母さま!」
名前を呼ばれて振り返ると、黒髪黒目の物凄い美人が立っていた。
キャサリンがお母さまと呼ぶこの人は――ドロシー・バートン。現バートン子爵夫人。
かつて一目惚れした父に薬を盛り思いを遂げ、キャサリンを授かった彼女は、母が死ぬまで父に子供の存在を明かさなかった。
その結果、母マーガレットはドロシーのこともキャサリンのことも知らずに亡くなった。
あのつまらない小説では私を虐めるひどい継母だが、現実の彼女は私とはほとんど接点が無い。
「エリザベス様」
継母は、私の目を真っ直ぐに見た後、ゆっくりと淑女の礼を取った。
初めましての挨拶、デビュタントの祝い、そして、多分、私がバートン子爵をを出て行くことになったことに対する謝罪。
そんな万感の思いが籠められた、見惚れるほどに美しい淑女の礼。
それに対して私ができることはたったひとつ。
淑女の礼を返しつつ、笑顔で言う。
「ありがとうございます、おかあさま」
少しこわばっていた継母の顔が、ほっとしたように笑顔になる。
この人も、苦労したのだ、きっと。
この人のしたことは許されないことだったかもしれないが。
でも、今となっては、私はキャサリンと仲良くしているし、フォークナー伯爵家で幸せに暮らしている。
だから、もう良いのだ。
私はもう、あのつまらない小説のドアマットヒロインではないのだから。
なんだかすっきりした気持ちで横を見ると、キャサリンが父に白薔薇のブーケを手渡していた。
父はそれを嬉しそうに受け取ると、めそめそ泣きながらキャサリンに何か呟いて、再び抱き着くと見せかけての鳩尾への頭突きを喰らっていた。
何を言ったんだろう。気になる。
その後、父はよろよろとよろめきながらこちらを見た。
その視線の先には――白薔薇のブーケ。
(えっ、もしかして私のブーケが欲しいの? でも、これはおじいさまにあげるって約束しちゃったからダメダメ。えーっと、他に何か、渡せるものはないかな……)
慌てて周りを見回すと、リチャードと目が合った。
だが、リチャードはさっと花冠を背後に隠し、ふるふると首を振った。
花冠を取り上げられると思ったのだろうか。
(二度も取り上げるなんて、いくらなんでもそんなひどいことしないってば!)
私は安心させるように、笑顔で頷いておいた。
リチャードはそれを見て、ほっとしたような顔になった。
(さて、どうしたものか……そうだ!)
私は父の前に進み出て、スカートの裾を持ち軽く膝を曲げる。
そして、思いっきり「天使の笑顔」を作って言った。
「お父様、一緒に踊ってください!」
父の涙腺崩壊。
キャサリンが声を出して笑いだし、継母が穏やかな微笑みを浮かべた。
周りを見ると、多くの貴族たちが、顔を赤くして胸を押さえている。
やっぱり、注目されていたようだ。
それから私と父は、一緒に踊った。
父は背が高く、踊るのにかなり苦労した。
「ああ、このリズム感の無さ……メグにそっくりだ……」
父は母を愛称でメグと呼んでいた。
笑顔だが涙を浮かべた目でそう呟く父に、私はキャサリンの真似をして頭突きをした。
だが、キャサリンのような威力は無かったので、普通に抱き着くだけになってしまった。
父は再び涙腺崩壊。私もつられてちょっとだけ泣いてしまった。
(お母様、私は今、幸せです)
心の中で呟く。まぶたの裏に、微笑む母マーガレットの顔が浮かんだ。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。




