16 花冠を捧げます
キャサリンと手を繋ぎ、「花のダンス」と呼ばれるダンスを踊る。
なんて簡単で、なんて楽な振付だろう。
「もう、全てのダンスがこれだといいのに!」
思わずそう言うと、キャサリンが笑いながら言った。
「お姉さま、もしかしてダンス苦手だったりする?」
「苦手なんてもんじゃないから。どうしてもリズムが裏拍子になっちゃうのよ」
「ワルツを裏拍子で踊る方が難しいと思うんだけど……」
「でもね、リチャードとだと、何故かちゃんと踊れるのよ! 本当に不思議なんだけど」
「ふふっ、さすがリチャード様。愛の力は偉大ね!」
「キャサリンったら! からかわないでよ! そんなんじゃないんだからね!」
自分の発した言葉が思った以上にツンデレっぽくて、恥ずかしい。
顔が熱を持ってくる。赤くなってるだろうな。
「それはさておき。ねぇ、お姉さま。このドレス、デビュタント用だからもう着ることないんでしょう? なんかものすごく勿体ないな」
「そうよね、こんなに綺麗なのに。でも、私達って成長期だから、どっちにしてもあと数年で着られなくなるのかも」
「そっか。そうよね。あ、そうだ、マダム・ローリーがお店のディスプレイにしたいって言ってた」
「飾るんだ! まあ、それでもいいけどね。リメイクして新しいドレスにするのも良くない?」
「あー、それいいわね! さすがお姉さま!」
その後、私とキャサリンは、着れなくなった服の有効活用法について語り合った。
いやしかし、このダンスは素晴らしい。
こうして楽しくおしゃべりしながらでも楽に踊れるなんて。
このくらいのテンポなら、高齢者でも踊れるんじゃないかな?
ボケ防止にいいかもしれない。
「ねぇねぇ、キャサリン。寝る時って何着てる?」
「あー、なんかシンプルなワンピースみたいなの着てる」
「やっぱり。私もそうなんだけど……あれって、めくれてお腹が出ちゃわない?」
「あはは! お姉さま寝相悪いんだ! でもわかる! 旅館の浴衣とかって、朝起きたときほとんど脱げてるもん」
「いやいやいや、私はそこまでじゃないから」
そんな風に楽しくおしゃべりしていたら、いつの間にか曲が終わった。
最後に、丁寧に淑女の礼を取る。
これで、デビュタントの儀式は終わった。
「お嬢様!!」
リチャードが、頬を染めながら走り寄ってくる。
ふふふ、なんだかよく懐いている飼い犬みたいで可愛いな!
「お嬢様、お疲れさまでした! 今日のお嬢様は本当にお綺麗です。こんな綺麗な方の従者としてお仕えできるなんて、俺は本当に……本当に幸せです」
「まあ、嬉しいわ、リチャード! ありがとう! でも今日のリチャードだってすっごくかっこいいわよ? 私、リチャードが従者になってくれて本当に本当に幸せよ!」
「うっ……」
思い切り笑顔で答えると、リチャードは顔を赤らめ、両手で顔を隠し上を向いた。
「お姉さまったら。リチャード様が真っ赤になってるじゃないの」
キャサリンがリチャードを指差して笑った。
そんなキャサリンをたしなめるように、現婚約者で元使用人のエリオットが言う。
「ああキャサリン、そんなに無防備に笑う姿を周りに見せないで下さい。男達のあなたを見る目が、さっきからどうにも気になって仕方がない」
「あはは! エリオットは、面白いこというのね!」
エリオットはキャサリンをうっとりと見つめ、腰を引き寄せるようにして隣に立つ。
そんな風に言うエリオット自身も、令嬢達から熱の籠った視線を向けられているのだが。
今日のエリオットは、キャサリンのドレスに合わせたのか、黒いフロックコートで黒いドレスシャツにクラヴァットも黒という、黒一色の装いだった。
彼がうっとりと彼女を眺める様子は、さながら夜の女王に魅入られた高貴な青年のようだった。
「お二人は仲が良いですね」
リチャードが二人を見ながら少し羨ましそうに呟いた。
(はっ!! これはあれか! 私達も仲良くしないとまずいアレか!)
ここでリチャードが「お嬢様は俺に対して結構冷たいよな」なんて思ったらまずい。
あの恐ろしい小説「星空の下の恋人たち」の悪役令嬢と違って、優しい人間なんだと思わせないと。
何がきっかけであの小説のストーリー通りになってしまうかわからないのだから、一瞬たりとも気が抜けない。
ここはひとつ、一緒にダンスでも踊って、私達も仲良しなんだと思わせないと!
「ねえ、リチャード。この後のダンスで、ずっと一緒に踊ってね。私、リチャードとじゃないとダメなの」
「お嬢様!」
「他の子と踊っちゃだめよ」
「はいっ!」
他の子と踊ったりしたら、私が絶望的にリズム感が無いことに気づかれてしまうではないか。
それはできれば避けたい。
それから私たちは、たくさん踊った。
やっぱりリチャードと踊ると、ちゃんとリズムが取れるし、踊っていて本当に楽しい。
踊りながら会場を見渡すと、柱の陰にマシューの姿があったような気がしたが、面倒なので見なかったことにしよう。
ひとしきり踊って喉が渇いた私たちは、給仕から果実水のグラスを受け取り喉を潤した。
「これ、すっぱくて美味しい」
「レモンと蜂蜜の果実水ですね」
「あー、クエン酸は疲労回復にいいもんね!」
「くえんさん……?」
「いやいやいや、何でもない」
思わずぽろっと前世の知識を喋ってしまった。
まずい。怪しまれたかもしれない。
(どうしよう。あ! そうだ!)
私はごまかすように、頭に載せていた白薔薇の花冠を外し、リチャードの頭にふわりと載せた。
「リチャードにあげる!」
その瞬間、リチャードは真っ赤になり、よろめいて後ずさった。
(え? 天使の笑顔の威力? それにしては、いつもより効果抜群じゃない?)
デビュタントの白薔薇の花束は、ごく親しい人に渡すのが習わしだとキャサリンが言っていた。
花束はおじいさまに渡す約束をしているので、リチャードには花冠の方をあげようと思ったのだが。
「嬉しくない?」
「そんなことないですっ! 嬉しいです!! 一生大事にしますっ!」
リチャードが真っ赤な顔で黙ってふるふると震えているので、心配になって聞いてみると、食い気味の答えが返ってきた。良かった。ドライフラワーにするつもりのようだし、とても気に入ってもらえたようだ。
――あとからキャサリンに聞いたところによると
花束は親しい人に送るのが習わしで、花冠を贈るのは――恋人に愛の告白をする時なのだそうだ。
「特にデビュタントの花冠は特別な意味があってね、『私の初めてをもらってください』って意味なのよ。お姉さま、超大胆!!」
ぎゃあああ!! な、なんてことーーーー!!
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。




